8話 丘の守護者

「行くのなら昼間よりもあたりが静かな夜のほうがいいんだけど」

「それなら十分に気を付けたほうがいいな」

「植物たちに話を聞くだけなら裏庭でなくてもいいと思うわ」

「では森まで行ってみるか?」

「いいわね。じゃあ、魔物除けのハーブのお守りを作るわ」


「朝露で作ったアイテムを持っていけばいいぜ」

 黙って二人の話を聞いていたルクスが工房の隅を指さす。そこには試作品のアイテムが置いてある。濁りのない朝露を少しづつ溜めて作ったアイテムは数がたくさん作れない。それ故に売り物にはできないと思っていた品だ。

「物知りな精霊たちは珍しいものが好きだから。交渉に役立つと思うよ」

「わかったわ。助言ありがとうね。ルクスの言うとおりにする」

「うん。オレも少し離れてついていくからな。魔獣除けはオレにも臭すぎるんだ」

「ごめんねルクス」

 

 夜になって工房をでると、彩葉のあたりを淡い光が舞い始める。まるで蛍のようだった。森に近づくにつれ光が増えてきた。

「すごいわね」

「どうした?何がすごいのだ?」

「え?見えていないの?」

 どうやらこの蛍のような光は彩葉にしかみえていないようだ。よく見ると光たちは彩葉の手に持っているアイテムの周りを飛んでいる。

「シュバルツ。小さな淡い光って何だと思う?」

「小さな光?おとぎ話にでてくるようなやつか?」

「えっと。多分私の目がおかしくなければ、私の周りに今淡い光が漂っているみたいなんだけど…」

「本当か?…そうか、俺には見えないのか」

 いかにも残念そうな顔が何とも言えない。きっと耳やしっぽが生えていたら、かなりぺたんとしょぼくれていただろう。

「それはきっと、妖精たちだと思うぜー」

 かなり後方からルクスの声がする。ついてきてくれているのだということがわかるだけでも嬉しい。

「そうなのね。ありがとうー!ルクスー!」


 ふと足元の草花がざわざわと揺らいだ気がした。目の前の大木の根元が光っているように見える。彩葉は根元にしゃがみ込むようにしてアイテムを差し出す。

「朝露のしずくで作りました。これを対価に工房の裏庭の魔法陣の秘密を教えてください」

ぽわっと辺りが輝くと透き通るような肌の精霊が現れる。薄緑の長い髪が木々と一体化しており、男でも女でもない中世的な美しさを纏っている。細い腕がアイテムを受け取ると嬉しそうにほほ笑んだ。

【わたしは精霊ネフリティス。上質な朝露の雫をありがとう。あの丘の魔法陣の歴史はこの森の歴史に通じます。いいでしょう。あなたの望みをかなえましょう】


 月光の下、ネフリティスが魔法陣の歴史を語りはじめる。精霊の声は風の音に溶け、草花が共鳴するように揺れ、辺りには妖精たちの淡い光が舞い踊った。


 工房の裏庭に現れた星の魔法陣は、古代の星詠み魔女たちが作り、星の力を制御するものだったらしい。時は流れその重要性が軽視され、人々が魔法陣のことを忘れても、存在し続けていたものだった。

「星の力とはどのようなものなのでしょう?」

【星の運行と世界の魔力を調和させるための力です。これは貴女がここに来るきっかけにもなりました】

「え?私が関係しているのですが?」

【貴女の世界での言い方で答えれば、異世界とこの世界の生態系を安定させ、災害や魔獣の暴走を防ぐ「調停の装置」として機能しているといえるでしょう】

「じゃあ、もしかして私が転移したのって魔法陣が機能したってことなの?」

【何らかなの力が働いて貴女とこの世界がつながったとしかわかりませんが】

 彩葉はまさか自分が転移してきたことと魔法陣がかかわりをもっているとは思っていなかった。では今自分が使える植物共感や工房魔法もすべて魔法陣があるからなのだろうか?

「わたしは、どうしたらいいのでしょうか?」

【星詠みの魔女に聞いてみるのがいいでしょう】

「その星詠みの魔女はいまどこにいるのでしょうか?」

【人の時間は短すぎます。今はどこにいるのか私にもわかりません】

「そんな…なにか手立てはないのでしょうか?」

【星の魔法陣は護りでもあり脅威でもあります】

「使い方を間違えるなということでしょうか?」

【私が答えれるのはここまでです】

「そうですか…わかりました」

【最後に…そのものをこちらへ】

 ネフリティスは彩葉の背後にいるシュバルツを手招きした。シュバルツには何も見えていないのか不思議そうに彩葉を見つめていたが、次の瞬間、引き寄せられるように大木に足を進める。

「イロハ?なんだいったい?体が勝手に…」

 淡い光がシュバルツを包み込むと、数回目を瞬かせた。

「は?これは…?」

 ネフリティスと視線を合わせるようにしているところを見ると、精霊の姿が見えるようになったのだろう。

「その方は精霊ネフリティス。シュバルツに話があるみたい」

【其方、その剣はどうして身に着けている?】

「これは、我が家に伝わる剣だ」

【そうか。では其方は星詠みの一族の末裔なのかもしれぬな】

「星詠みの一族?」

【その剣の柄にある文様は星の魔法陣と同じだ。星の魔法陣はこの森の一部でもある。加護を与えよう】

 ネフリティスの手がシュバルツの剣にふれるとぱああっと剣が輝いた。

【大きすぎる力は畏怖するものでもある。いづれまた会うときもあるであろう】

 ネフリティスは最後の言葉を残し大木の中へと消えていった。


 唖然としたシュバルツが我に返り、きょろきょろしながら腰に差した剣を確認する。さきほどの光は消えており、普段とかわらないままの剣があった。

「今のは…夢なのか?」

「夢じゃないわよ。シュバルツは星詠みの一族だったの?」

「わからない。少なくとも、俺の両親や祖父たちからはそんな話は聞いたことはない。そもそも星詠みの一族がなんだかさえ知らない」

「そうなのね。では遠い祖先かもしれないわね」

「祖先か。この剣は代々受け継がれてきた剣なんだ。騎士となる者にだけ壌渡されていく。その代に騎士がいなければ、騎士が現れるまでは保管していくという品だった」

「私達の出会いは偶然ではなかったのかもしれないわ」

「そうなのか?」

「…いえ。やっぱりわからないわね」

「おーい。イロハー。もう終わったのかぁー」

 離れたところでルクスがぴょんぴょん跳ねているのが見える。

「ふふ。ルクスが待っているから。帰りましょうか?」

「そうだな。帰ったら、ハーブティーをいれてくれないか」

「ええ。いいわよ。私も今聞いた話を説明したいわ」


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