【完結】元召使いと不老、旅に出る

あお365

第1話 ルーベンゼル王国


 ある日、大量の瓦礫と焦げた匂いを残して、


 その国は輝かしい功績と共に姿を消した。




 豊かな資源と穏やかな気候のルーベンゼル王国は、生命産業が盛んだ。特に、主の命令に忠実な人工生命体を作ることに初めて成功した国である。


 「フィノリシア」という名前を与えられたそれは、建築や医療、接客など幅広い分野で人々の暮らしをサポートする役目を担っている。


 フィノリシアと人類が協力してより明るい未来を創り上げる–––––


というのが当初の目標であったが、楽な方に流されるのが人間というものだ。


 仕事も都合の悪いことも全てフィノリシアに押し付け、良いことがあった時は人間のおかげ、悪いことがあった時はフィノリシアのせいだと考えることが当たり前の社会がつくられるのは遅くなかった。


 人間ではなく人工生命体なので、扱いは物と同じだ。休みや給料といったものは無く、皆、個人か企業の所有物である。


...いや、人間に近い分、物よりも扱いは酷いだろう。人権も何もないので、理不尽に拷問まがいのことをされても抵抗できない。


 運悪く八つ当たりの相手に選ばれた物は、翌朝にはボロボロの状態か、壊れて捨てられるかのどちらかが多い。


 そんなフィノリシアであるフォルは、ある貴族の屋敷で、召使いとして働いていた。––––––



 後ろから足音が近づいてくる。箒の手を止め顔を上げると、そこには眉間に皺を寄せながら早足で歩く主人がいた。


「おい、来客用の部屋の掃除もしておけ。三十分以内に終わらせろ。」


通りすがりに言われたフォルは相手を刺激しないよう柔らかな表情で丁寧にお辞儀した。


 しばらくしてから離れたところで何かが割れる高い音と悲鳴が上がる。


 (大方、主人が別のフィノリシアに八つ当たりでもしているのだろう。今日の主人は苛立っていたからな。)


 そんなことを考えながら掃除を進めるフォルは換気のために窓を大きく開く。


 気持ちの良いそよ風が吹き込むと、大きく息を吸い込み、青空の広がる景色を眺める。そのまま寝たくなるのを抑え、再び掃除に専念する。


 掃除が終わったら食事の準備もしなければ。食材は何があっただろうか。


 こうしてフォルの一日はあっという間に過ぎていく。


 屋敷が静かになる頃、やっとフォルは自分の部屋に戻った。


 狭い部屋に置かれた、冷たく硬い寝台に横になって目を閉じると、我慢していた眠気が一気に押し寄せてくる。


 首筋にある製造番号をなぞりながら、彼はそのまま身を委ね、深い眠りに落ちていった。–––––––


 彼は声が出せない。耳障りな音を出すなと言われ続け、いつの間にか声の出し方を忘れてしまった。


 彼の身体には無数のあざや傷がある。これらは日々の八つ当たりや、罰という名のただの暴力によってできたものだ。何度も積み重ねられてきたそれは、消えることのない過去として彼の身体に深く刻み込まれている。


 いつ壊れてもおかしくない扱いを受けてきたが、持ち前の運の良さと身体の頑丈さのおかげで今日まで生きてこられた。今ではこの屋敷の中で一番長く働いているフィノリシアだ。


 最初の頃はよく主人の標的になり、様々な方法で苦しめられてきたフォルは、次第に感情を殺して、主人を刺激しないような振る舞い方を身につけた。–––––––––



 いつ壊されてもおかしくはない。この状況は彼から離れることなく、今日という日が終わり、明日を迎える。



 彼の一日は太陽が昇る前から始まる。厨房に立ち、慣れた手つきで朝の食事の準備を進めていく。

 

 パン、スープ、色とりどりのフルーツ、そして最後に紅茶。広いテーブルには次々と美味しそうな料理が並ぶ。


 (この後が一番大変なんだよな。今日は何事もなく過ぎるだろうか。)


スープから立ちのぼる湯気を見ながら、ぼんやりと考える。


 準備が終わっても気は抜けない。主人が食事を終えるまで、フォルは横にいなければならない。料理が主人の口に合わなかった時のためだ。


もし料理が主人の口に合わなかった場合、どうなるかは、想像に難くないだろう。主人の一日の機嫌を左右することもあるこの時間は、フォルにとって最も耐え難い時間でもあった。


 恐怖で浅く、早くなっていく息を必死に抑え、何も考えないようにする。


 幸いにも恐れていたことは起こらず、主人は食事を終えた。



皿を片付けながら無事に終わったと安堵していた時、それは突然起こった。



 最初に感じたのは、視界が真っ白になり身体の感覚がなくなるほどのほどの眩しい光。


 何が起こったのか理解する前に、耳をつんざくような爆発音と同時に屋敷中の窓が割れ、衝撃波がフォルを襲った。


 傷だらけで軽い彼の身体は簡単に吹き飛ばされ、壁に容赦なく叩きつけられる。


「ゔっ、、、っ!」


叩きつけられた衝撃で肺の中の空気が押し出され、ガラスの破片が降りかかり、身体の至る所が切り付けられる。


(痛い、、、何が起こったんだ?)


息を整えて顔を上げ、割れた窓の外を確認すると、そこには炎に包まれた街並みが広がっていた。


 フォルが驚きながら見ている間にも街の建物はどんどん炎に巻き込まれ、人の悲鳴や泣き声、建物が崩壊する音、爆発音が鳴り響いている。


(早く逃げなければ)


屋敷から出ようと足を動かし始めた時、もう一つの考えがうかんだ。



(このまま、動かなければ、楽になれるかもしれない。)



それは、フィノリシアという残酷な運命を何十年も耐えてきたフォルにとって、唯一の希望だった。


 炎と爆風に耐えられなくなってきた屋敷は、ミシミシと嫌な音をたてながらヒビを増やしていく。


 しかし、恐怖はもう消えていた。逃げる必要もない。


(崩れる、、、)


避ける素振りを見せることなく、フォルは炎と瓦礫の山に埋もれていった。


(やっと、、、終わる、、、)




その日、大量の瓦礫と焦げた匂いを残して、


その国は輝かしい功績と共に姿を消した

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