第24話 明日の前の夕暮れ
「私の案は、王女に豊穣を司る神にお願いして助けていただくという案です」
侍女の拘束を解かれたジョン様は身体を動かしながら答えた。
「ちょっと待って、神様が御誘いを断った娘の頼み事を都合よく聞いてくれるかしら」
マルセラ様も私をじろじろ見ながら言った。
「そもそも、リアーナちゃんを誘ったものの、手を出さなかったとは考えられないかしら?」
率直な意見かもしれないけれど、嫌われている、いや違うな、女性としてマウントを取られているんだわ。
「まあ、それでも神と縁を持ったのは王女だけですし…お口直しにマルセラ様が参加されれば…」
目に光のない侍女が静かにジョン様に近づくと彼の股間を蹴り上げた。
「ぐぇっ」
暴言を吐いた道化は、床を転げ回っている。
「藁をもすがる思いなのです。殺さないだけありがたいと思いなさい」
叔母様は静かに、私を藁扱いにしてくれた。
それより少し気になっていた事を足下で転がるジョン様に尋ねた。
「まだ、神様は社にいらっしゃるのかしら?」
そう、豊穣祭は少し前に終わったのよね。まさか社に住まわれてないでしょ。
「そう、そうなんですよ。急がないと」
「それを早く言いなさい」
叔母様は侍女に命じて、馬車の準備を命じる。
それを足下のジョン様は冷静に言った。
「今からではヴェルデリア市への夜駆けなります。夜道は危険です」
「確かに暗いと慣れた御者さんでも危ないわね」
私は経験者ぶってジョン様に同意する。ふとジョン様が静かになのに気が付いた。
「ジョン様!」
いかにタフとはいえ、ダメージの蓄積は有るはず、まさか…
私は慌ててジョン様を見た。
ジョン様は、ジョン様は…芋虫は私のドレスの中を静かに覗いていた。
犬に裸を見られてはずかしい?もしかしたら、裸を見た犬も気まずいかもしれない。
私は試した事がない。犬の感情も私は犬じゃないからわからない。
ならばジョン様にドレスの中を見られたら恥ずかしい?
当然、私は下着を付けている。
しかも足を伸ばしていないと、そもそも下着まで見えない。
その前にドレスの中に灯が点いているわけじゃないから暗いし全貌は脚あるから見えない。
つまり、彼は覗くという行為が好きなのだ。正しくはその後の私のリアクションまで含めて好きなのだ。
もし叔母様が覗かれたら?叔母様のリアクションは、ジョン様に対して好意的だと思う。
じゃあマルセラ様はどうか、きっと困った顔をするけど赦すだろう。二人にしたら屁でもない。いや、おなら以下だわ。ならば私はどうか?”きゃあ”と叫んで顔を赤らめるか?あるいは”ジョン様何をするのですか”なんて言いながら傷付けないように優しく叩くかの二択?違う、それは周りに意識する人が居る時の場合の話、今はそうじゃないの。
だから私の取るべき行動は…
「いつまでも寝転んでいないの!」
まず無表情に彼を叱責するの、そして…
「城に戻って、明日出掛ける馬車を手配しなさい!」
用件を明確に指示して行動に起こすまでちゃんと見ている。
「寄り道せずに戻りなさい」
そして一つ、指示を追加する。
「国王に私の外泊の説明をしておいてね」
夕陽の中、街道を城に向かう馬車を伯爵邸のテラスから見届けると私は部屋に入った。
「思ったよりしっかりしているのね」
待っていた叔母様は私にそう言った。
彼女にすれば私はまだ頼りない小娘のままなのだろう。
(いまでもそうなのだけどね…)
「もう少し教えて頂けないかしら、豊穣祭であった事、神様と会った時の話を」
ジョン様がいる時は、ほとんど説明しなかったから、少しでも安心したいのだろう。
マルセラ様は席を外しているけれど、まあ、いいか。
私は頷いて、思い出しながら、とぎれとぎれに話すと叔母様がその都度尋ねてくる。
これは明日、私がするべき事が少し見えた気がして良かったと思う。
「ね、私、神様とやってないでしょ」
「だから、やってないは、お下品って言ったでしょ」
ふたりで笑った。もともとそういう関係だった事を思い出していた。
椅子に座って話していると、扉が開く音がした。
(マルセラ様…)
私は目を見開いた。彼女の横に誰かいる。
侍女に肩を借りながらガウンを羽織った男性がいた。
「ダリウス!」
私は立ち上がって、走り出していた。
ダリウスの前に立って見上げた、そこには日焼けした精悍な顔つきは無かった。
伯爵の紋章の入った茶色のガウンを着て侍女に肩を借りている
明らかに精気がなく、頬がこけて衰弱している。
思わず、ギリッと歯噛みした。
その音にマルセラ様が視線を逸らし、ダリウスは私を見つけた。
「…リアーナ王女、どうしてここに?」
その言葉に力は無かった。
「ここは、叔母様のお屋敷なのよ、マルセラ様は従姉だもの」
「そう、か」
私は彼の手を取って、両手で包んだ。
光の泡が彼の手を包む。
けれど、回復魔法は半分も効いていないみたいだった。
(…やっぱり、深いところが傷んでる)
「マルセラ様が…ずっと看病してくれてたんだ…」
「そう…だったのね」
今は、それでいいわ。
彼が生きている。
それだけで、十分だった。
「これ以上、マルセラ様に迷惑をかけないの!」
ダリウスの後ろに、複雑な顔をしたアンが見えた。
「大人しく寝てなさい!あんたのために、明日お祈りしてきてあげるから」
そう言って、私は彼に背を向けた。
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