第21話 建国の真実

 そう言いながら叔母は侍女を呼んだ。するとジョン様がおっと声を出してポケットのから魔石をはめ込んだ石板を取り出した。そして辺りを見回して侍女を見た。

「失礼ながら、その侍女さん、魔石をお持ちですか?」

 呼び止められた侍女は驚いたように、ジョン様を見つめた。

 叔母様はそれの光景を見て、ほほっを笑った

「ごめんなさい、貴方の勘違いを誘ったのは、侍女の魔石ね」

「えっ?」

「この敷地内の警備にも、魔石を利用しているのよ」

 叔母様は、自分の指に嵌まった指輪の一つを示した。それも魔石らしい。

「侍女さんの魔石を見せてもらえますか?」

 侍女はその言葉を聞いて困ったように叔母様を見た。

 叔母様はやれやれという顔をして言った。

「魔石は、侍女の左乳房のやや下、心臓の上に辺りに埋め込んであります。それをご覧になりたいと、仰るのですね」

 それを聞いて私も驚いた。それって叔母様を裏切ったら死ぬって事よね。

「見せて差し上げなさい。ん~、座興としてジョン殿にも全裸になっていただきますよ」

(それって、ジョン様にとって、ご褒美じゃないの!)

「見終わったら、お知らせください」

 私は、慌てて応接室を抜け出した。


 扉越しに歓声や奇妙な声が聞こえてくる。でもこの事は忘れてしまおう。

 私は、その間にお手洗いを済まし、待機していたアンと少し話した。

「ここに、ダリウスの匂いはする?」

 獣人族のアンの嗅覚なら、魔石に頼らずともわかるかもしれない。

 アンは鼻を少し上に向けて、眼を瞑っている。そんな彼女を連れて叔母様に気付かれないように、少し近くを歩いた。

「多分、いらっしゃったと思います」

 アンの言葉を聞いて、表情を少し硬くした。

 応接室に戻ると、叔母様は侍女に化粧を直させていた。

「なぜ、こんな人が、騎士団の上層部にいるのかしら、並みの道化よりよほど愉快な方ね」

 どうやら、涙を流すくらい笑ったらしい。

 一方、マルセラ様、そして数名の侍女は私に気が付くと、わざとらしく真面目な顔をした。でも頬は赤いんですけど…

(いったい、ジョン様は何をしたのか、されたのか)

「いいわ、騎士ダリウスがいると思うなら、屋敷を探しなさい。ただし四つ足で」

 叔母様は、手を叩きながら、ジョン様に言った。どこでそういう話を付けたんだろう。

 私はジョン様を見た。ちゃんと服を着ている。それでも変なのよ、彼は四つん這いになっている。

「行きなさい、ジョン!」

 叔母様は、ジョン様に言って、また笑っている。まあ、悲しんでいる顔より遥かにいいけど。

 どうやら、ジョン様も私と同じように、この邸宅にダリウスがいると思っている。

 そして叔母様が、私達が来る事への準備を怠らなかったとも思っている。

(なかなかな策士だわ)

 でも、ジョン様がそこに綻びを作ったのは間違いない。

 それでも叔母様はタカを括っている。その余裕は一体何だろう。

 応接室から出られない私は、叔母様に話かけるしかなかった。


 私は叔母様に声をかけて、そして静かに言った。

「ダリウスがここにいたのは、私は知っています」

 その言葉に叔母様は驚いて目を丸くした。

「騎士ダリウスではなく、ダリウスと呼ぶのねリアーナちゃんは」

 そう言って叔母様はマルセラ様に微笑んだ。

「乳兄弟ですから、無事なら何も言いません、一度返してください」

 そう言った私を叔母は、じっと見つめている。

「では、探してらっしょいよ」

 ティーカップを手に取り叔母様は口を付けた。

「ジョン様はまさしく身体を張っての懇願でしたけれど…」

 小首を傾げながら、笑みを浮かべて言った。

「王女の貴女にあんなことをさせるわけにはいかないものねぇ」

「だから返してって、言ってるでしょ!」

 バタンと全ての窓がいきなりの突風で全開した。部屋に入った風が室内の小物を揺らし、叔母様のティーカップが倒れた。

 紅茶がテーブルに拡がっていく。

 侍女達が頭を庇いながら屈んだ。

「あらあら、そんなに感情的にならなくても…」

 叔母様は、平然と風でなびく前髪を手で抑えている。

「お母様…」

 マルセラ様が叔母様を庇うように立ち上がったけど、叔母様に手で制される。

 叔母様は、私を咎めずに怖い笑顔を見せる。それでも引かない。

「何も知らないリアーナちゃんに教えてあげる」

「何の事でしょうか?」

 私は震える唇で尋ねた。

「ふぅ、知ったら同じことを言えるかしら」

 叔母様が、静かに指輪に触れた瞬間だった。

 風がやんで立ち上がりかけていた侍女たちが、まるで糸が切れた人形のように次々と床に倒れ込んだ。

 誰も叫ばず、誰も抵抗せず、ただ静かに意識を手放した。


「中途半端に、マルセラを責めるのは、やめてね」

 叔母様は、侍女たちの倒れた姿を一瞥しながら、静かに語り始めた。

 その声は、まるで遠い昔の記憶をなぞるようだった。


「この大地に最初に生まれた国は、王都アヴァロンを中心としたアヴァロン国。

 その王都を守るように、王の子供たちが四つの国を築いた。

 それが今の聖約諸国連合。このフォルティシアもその一つよね」


 私は黙って聞いていた。何が言いたいけどわからない。

 でも、次の言葉で、私は目付きが険しくなった。


「この大地には、かつて“名も無き悪しき者”がいたらしいの。

 人の言葉を理解する気もなく、姿も定かでなく、ただ力と欲望だけを持つ闇の存在と聞いているわ。初代アヴァロン国王、アルトリウス一世は、…その者と契約を結んだの、そして彼はこの大地に建国したのよ」

 それは、私は聞いていた建国の話とは違った。

「そうよ、貴女が知っている輝かしい建国の話じゃないの」

 叔母様は、私を慰めるように言った。


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