第14話 遭遇
ふぁっと欠伸を一つこぼしながら、私は朝の鍛錬場へと続く通路を歩いていた。
突然、肌を刺すような冷たい風が前から吹き付け、私の身を震わせる。
おそらく鍛錬場への扉を誰かが通ったのだろう。
陽が上っているのは寝室の窓から見たけど、冬が近い空気はまだ暖まっていない。
朝練前だから、下着は薄目にしたのは少し後悔している。
また風が来た。思わず両腕を組んで、前かがみで歩いてしまいそうになる。
だけど、うら若き王女たるもの、そのような見苦しい真似は許されない。
私は背筋を伸ばし、冷たい風に対しても毅然とした態度で歩を進める。
「あの人との会談は、昼からでしょ」
私は、後ろを歩く侍女のアンに非難がましく言った。こんな日に、朝から鍛錬をする必要はないと思うのだけれど。少し鼻水が…
「体格とか、いろいろ負けているのですから、やる気くらいは出しましょう」
「今、いろいろって言った?」
少し鼻声になって、言い返す。
「言ってません」
最近私の侍女になったばかりのこの赤毛の小娘に、タメ口を許した覚えはない。
面倒だから何も言わないのは容認になってしまうのだろうか。
いずれ誰かにこっぴどく叱られるだろう。
さすがに鍛錬場への扉は、侍女が開ける。そこから少し歩くと、多くの騎士団員が鍛錬に励んでいるのが見えた。近くにいた団員が私たちに気が付いて、手を止めて挨拶をする。それに応えながら、私は彼らを見回す。ここは騎士団の中でも王家近衛騎士団の鍛錬場で、シルフィアの姿があるはずがない。
「王女様、あの方がいらっしゃいますよ」
アンが指差す先を見て、私は小さく息をのんだ。
訓練する団員達の向こうにいる女性と眼があったのよ。
一目みて、アルティナ、そう騎士団総監部のアルティナ・オーク様だと分かった。
艶やかな黒髪は、高い位置で力強くまとめられている。
その黒髪には一筋の白い流れが混じっている。それは、かつての激しい戦闘で頭部に負った傷の痕だと聞いたことがある。
(わぁ、私に向って駆けだしてくる!)
笑みを浮かべたその顔立ちは、かつて神話の戦姫に例えられ、敵からは恐怖の対象であったとも聞いた事がある。それが誇張したものだと思っていたけど、考え直さないといけないみたい。
彼女にとってあれは小走りなのだろうか。
大きな鹿を思わせるような、しなやかでありながら弾むような筋肉。その隆起した胸は、鍛え抜かれた筋肉の上に、大人の女性らしい丸みを帯びた脂肪が乗り、力強さと美しさを兼ね備えていた。それが証拠に、周りの団員が手を止め彼女を躍動を見ている。私からすれば、その中に彼女を止められる力量の団員はいないように思えた。
私は、眼を見開いて両手で口元を抑えてみせた。
これは私の防御本能のなせる技なのよ。
「ア、アルティナ様」
そう、憧れのお姉さまとの突然の再会に胸躍らせる小娘を演じ切る私。
彼女の琥珀色の瞳が私を捕らえると、次の瞬間、私は宙を舞っていた。
そして、私は彼女の胸に抱きしめられていた。
彼女の筋肉の壁に押し付けられるかと思ったけど、壁に女性らしい丸みを帯びた脂肪が乗っている事をまさに肌で感じた。
「大きくなったわね、リアーナちゃん」
少し低くなった彼女の声が胸から聞こえた。
いかに顔見知りとはいえ、立場が違うとそうはいかない。
今回の遭遇も見る人が見れば密談と勘ぐられてしまう。
実際は、偶然なんだけど、そう思う事情通は、ここのもいるだろう。
この雰囲気では、やはりアルティナ様の提案は正しいのだろう。
私を胸から解放した元師匠は、私の腕前を見たいとおっしゃる。
「シルフィアの腕は相当上がっていたけど、王女様はどうかしら」
その上からの口ぶりからすると、私は失望させそうね。
「私は騎士団ではございません。王家としてのたしなみの域を出ませんわ」
私は、アルティナ様の術中に嵌った事に気が付いた。
後ろをチラ見すると侍女のアンが渋面を作っている。
「そのたしなみの域の王女様に、倒される殿方は弱いって事でよろしいかしら」
誰の事を言っているか分かってます。
「しかも、こそこそ王女のドレスの陰に隠れて、男らしくない」
騎士団総監部の上司の発言だから、私から侮辱とはいいづらい。
「私はダリウスに頼まれたわけじゃないわ」
後ろであちゃという声が聞こえた。
アンの思いが声に出たみたい。確かに私の軽率な発言だわ。
「利発な侍女さんね」
アルティナ様は笑って、そして、いきなり真顔で私に言う。
「勢いでできる仕事とそうでない仕事がございますのよ」
「じゃ、手伝ってよ」
「そう簡単には行きませんのよ」
そもそも、私はダリウスの面子とかどうでもいい。
やれと言われたからやってるだけ、揉め事はごめんだわ。
「王女様が仕切る件に同じ騎士団が手を貸せないのですか?」
この発言に私は驚いて後ろを振り向いた。
(アン)
「・・・・・」
その言葉に、呆気に取られたのは、アルティナ様も同じだ。
騎士団総監部のトップクラスに侍女風情が口答えをするのは非常にまずい。
斬首とかはないし、絶対させない。それでも、鞭打ちはあり得るか…
それは暗黙の規則だから、それでも私は、私の侍女を守りたい。
少なくとも本件では絶対に。
「ごめんさいアルティナ様、この侍女は、物の言い方を知らないのです」
「そのようね、それでも過ぎた物言いだとは思わない?」
「私がどうすれば、侍女の行いを忘れてくださいますか?」
「えっ、リアーナちゃんに罰を与える事なぞ滅相もない、そうですね…」
アルティナ様は顎に手を当てて嬉しそうに私の身体を上から下まで眺めている。
わぁ、アルティナ様の考えが想像できてしまう私。
添い寝かな、一緒にお風呂かな、もしよ、もし女同士ならどこまでなら純潔を守ったと言っていいのかしら。
そんな中、アンが私の横に来て私を笑顔で見た。
「姫様が身体を張る必要はないですよ」
「えっ?」
「姫様のお気持ちはとても嬉しかったです」
「鞭打ちってとても痛いのよ、分かってるの?」
「私も鞭打ちはごめんです、だから…」
アンはアルティナ様に向き直って言った。
「私との手合わせをお願いします。それで許していただけませんか?」
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