第6話 公務完了(豊穣祭参加の件)

ドスッと鈍い音がして、シルフィアの一撃が神官の脇腹を捉えるのが見えた。

あばらが数本は折れた音に私は顔をしかめた。

彼女の最速ではなかったのは、相手が見た目こそ神主だったからで、それは仕方がない。


次の瞬間、シルフィアは後方に跳んでいた。神主の横殴りの剣が、寸前まで彼女がいた空気を斬る。神主が振った袖にまとわりついた風が、本殿の壁をドンッと叩いた。

横目に音のした壁を入れながら、シルフィアは神主と対峙している。

「あの力では、木剣も鉄剣も変わりはないですな」

私の隣で見ている市長が唸った。

「いいぞ、小娘。我にお前の全力を剣を捧げよ」

シルフィアは神主を見たまま動かない。

恐ろしいほど集中力が増しているのが分かる。

「来よ、お前の全ての連撃を我に捧げよ」

その言葉で、シルフィアが跳んだ。

「二式」

神主の木剣がシルフィアの木剣を弾く

「三式」

神主の木剣の柄でシルフィアの木剣の方向を変えた

「四式」

神主の木剣が、シルフィアの木剣を絡め取った。

木剣は宙を舞って私の手前に落ちた。

呆然と立ち尽くすシルフィアは、異常な位の汗を流し肩で息をしている。

一方、神主は笑みを浮かべたまま。

技量がここまで違うと、助言も何もない。

「早く、剣を取れ、まだ技はあるのだろう?」

そう言うと、神主はシルフィアに片手を伸ばして掌を拡げた。

その掌から何かが出て白いモヤが彼女を包む。

「シルフィ…」

私は叫びかけてやめた。

白いモヤが彼女に何をもたらすか知っていたから。

それは、信じられないという顔をしているシルフィアからも分かる。

体力が回復した上に活性化しているのだ。

私は、地面に落ちた木剣をシルフィアに投げた。

彼女は無造作に片手でそれをつかみ、私に視線を向けた。

「全力で奉納しなさい。こんな機会、滅多にないから」

神主の中の人(神?)の言葉に嘘偽りはないと思ったから。

「はい!」

彼女は木剣を握り直すやいなや、神官に向かって跳んだ。

シルフィアが攻撃を繰り出すたびに、カンッと乾いた音が本殿に響き渡る。

ぶつかり合う木剣が焦げているのに、漂う匂いで気がついた。

明らかに彼女の動きが速くなっている。

最初と比べ物にならないほど速い。

無駄な動きが減り、狙いが正確になる。


それでも、神主は苦もなく対応していた。しかし、それは当然と言えば当然だろう。

離れて見ている私のところまで、神の圧がひしひしと伝わってくるもの。

(勝ち目は元々ない)

改めて、これは奉納なのだと気が付いた。

そして、これは神自らが与える指導に他ならない。

そんな経験をした人が、この世界にどれほどいるのだろうか。

「私には、まったく剣が見えない」

横にいる市長のその呟きで、普通の人ならそうかと思った。

「これでも昔は騎士団に推薦されるくらいの腕前だったのだが…」

私にはかろうじて見えている。

「あの剣は速すぎますね」

「あ、はい、今にして思えば、推薦を辞退した私は正しかった」

その言葉に少し腹が立った。

多分、市長の言い分は正しい、ただ推薦もされず人並み以上の努力をした友がいる。

それが今、目の前でより一層の高みにあがろうとしているのよ。

「それは貴方に覚悟がなかったからでしょう。結局、辞退は正しかったけど」

市長には、意地悪に聞こえただろう、でも覚悟が足りないのは私も同じ。

「ごめんなさい、忘れてください」

目の前で、明らかに格上相手に攻撃を続けているシルフィアをじっと見つめながら言った。

そして言葉を足した。

「私は、悔しいです」

「王女様が、何を?」

「彼女に届きそうな気がしていたのに…」

カンッと音を立てて木剣が宙に舞った。それは、シルフィアの木剣ではなかった。

「覚悟!」

彼女の高速の剣が、神官の袈裟斬りに振り下ろされた。

瞬間、シルフィアが後ろに吹っ飛ぶ。

神主が右手で彼女の斬りかかる木剣をつかむや、左手の掌で彼女の腹に打撃を与えたのだ。そこまで見ていた。それ以上は見ていられなかった。


私はためらわずに床を蹴っていた。落ちてくる彼女と本殿の床の間に身体を滑り込ませる。

右手で彼女の後頭部を支えるまでは、上手くいった。けれど…

「グフッ」

と唸ってしまった。彼女の無意識の肘打ちが、私の脇腹に刺さったのだ。

ズキズキと脇腹が痛む。それでも私は、気絶しているシルフィアに膝を貸しながら、神主(の中にいる神?)を睨みつけた。

最後のシルフィアへの一撃が、どうしても気に入らなかったから。

だから、立ち尽くしたままの神主の様子が変だと気が付いたのはたった今。

神主の口から白いモヤが現れると、次第にあの丸坊主の男の子の姿になった。

今更、驚く事でもないし、この男の子を私は待っていたのだもの。

「負けたくなかったんだ」——ガキかと思ったが、目の前の男の子は確かにガキだ。

男の子は片手を前に出し、私の方へ白いモヤを向けた。

「舞の奉納は、貴方に届いたと思っていいですか」

「いいよ、楽しかった」

白いモヤが私とシルフィアを包み込んでいく。

脇腹の痛みが消える中、丸坊主の男の子が青年へと姿を変っていた。

丸坊主が髪を後ろに束ねている。顔は少し光っていてよく見えない。

「ただ、私へは届いちゃいない」

「……」

「また、来るが良い」

青年が神主の前から消えかけていく。私は慌てて尋ねた。

「ちょっと待って、お待ちください! 私は懐妊したのでしょうか?」

「ははは」と笑い声を残しながら、「ない」という言葉を残して彼は完全に消え去った。


「ありがとうございました」

深々と私に市長が頭を下げた。

それの言葉で、やっと公務は終わった。ただし、予定より時間が掛かったため、市長の用意した宿で一泊し、翌朝、帰途についた。

そう言えば、侍女二人に結果的に長い自由時間を与えたのだけど、どこで何をしていたのだろう。覚えていれば、いずれ尋ねてみようと思う。


## 国王陛下への日報:第零号(仮番)


**発信者:第三王女リアーナ**

**日付:【豊穣月 7日】**

**件名:ヴェルデリアでの豊穣祭における異常体験のご報告**(追記)


父上、国王陛下。


恐れながら、ご報告申し上げます。

ただ、追記事項のみを記載する事をお許しくださいませ。


〇剣による奉納と帰国遅延について

この一連の異常体験の後、ヴェルデリアの大神官と思われる存在が、私の侍女であるシルフィアに対し、剣による奉納を要求いたしました。

これはその場に居合わせた市長の懇願もあり、大神官の要求に応じる形となりました。


この奉納は、大神官が自ら指導を行うという非常に稀有なものであり、シルフィアの限界を超える鍛錬となりました。結果、彼女は神と相対し、剣技において飛躍的な成長を遂げたことを、この目で確かに確認いたしました。 このため、当初の予定を大幅に超過し、本日中に帰国することが叶いませんでしたことを、深くお詫び申し上げます。


以上の出来事も加えて異常体験と記した点は全て明らかとなり、私の公務は滞りなく進んだ事を改めてご報告いたします。どうぞご安心くださいませ。













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