第2話

「酷いな」

 被災地にさしかかると、車窓に目を遣って、総理はぽつりと言った。

 発災まで市街地だったところは、泥と岩石の荒野がいちめんに広がり、その面影はまったくない。ところどころに突き出た鉄骨や、土砂に混ざった木材や家具の残骸だけが、ここがかつてひとが住んでいたところであることを物語っている。


「膨大な火山灰が山肌に降り積もりました。その厚さはところにより数メートルに達しています。それが集中豪雨で一気に流れ出たのです。土石流の発生は、今後数年間は続くと思われます」


 同行した伊沢玲子防災担当大臣は首相に状況をレクチャーする。

 伊沢は東京科学大学で地球科学を専攻し、研究者への道を歩んでいたが、政治家である父が急死し、後援会に乞われて政界入りした。一貫して文教畑を歩み、前の内閣では文部科学大臣を、いまの内閣では防災担当大臣として入閣している。この国の政界には珍しく科学技術に明るい人物という定評がある。

「ハザードマップによれば、この一帯は災害の危険性が高いところです。この地域での、集落の再建は困難かと思われます」

「うむ……これでまた、立ち退きをせねばならないか」

 総理は眉根にしわを寄せた。

 頻発する自然災害の脅威は地方において、より深刻だった。

 二一世紀中盤になって温暖化はいよいよ進行し、気候変動は甚だしくなっていった。梅雨末期の集中豪雨や夏場のゲリラ豪雨、大型台風の襲来により、日本列島は毎年のように災害に見舞われた。そのたび道路や鉄道路線のような地方のインフラはダメージを受け、修復は追いつかない。破壊されたまま放置されている鉄道路線や道路が、地方では珍しくない。


 二○世紀末から二一世紀前半の少子化でこの国の人口は激減し、この時点で一億人をほんのわずか上回る状況になっている。育児に対する公的援助の拡充と生殖医療の発達、それに移民の受け入れによって減少は二〇二〇年代の予想よりもいくぶんゆるやかになったが、それでも人口ピラミッドは老人が多いキノコのような形だ。


 人口減少は過疎地において著しかった。政府はインフラ整備の効率化の観点から、地方の限界集落をなるべく整理する方針を採っていた。崩壊したインフラは復旧させず、農業を集約化し、人口を地方の主要都市に集中させる。自然災害の被災地に対しても、被災地域を復興させるよりも、より安全な地域への移転と集住が進められていた。

 北海道や九州南部――宮崎、鹿児島などでは、それが深化し、人口五万人以上のいくつかの都市以外は、ほとんど居住者のいない地域となっていた。

 おそらくここも再建されることはなく、無人の地となるだろう。


 一方、経済は二〇二〇年代までの停滞と混迷を脱し、着実に成長を続けていた。

 格差社会を生んだ、行きすぎた新自由主義的政策は改められ、高負担だが高福祉の北欧型国家へと変容を遂げていた。

 消費税の税率は大幅に上がったが、かわりに社会保険は税金で賄われ、破綻した年金制度にはベーシックインカムが取って代わった。生涯にわたって一定額が支給されるベーシックインカムは、低所得者層の生活を安定させるのに役立った。


 社会ぜんたいは、一頃よりも落ち着きと活気を取り戻していた。停滞していた大規模国土開発のいくつかを、国家プロジェクトとして推進する余裕も現れてきたのだ。

 結果として「栄えるのは大都市ばかりだ」という批判も多いのだが――。

 被災現場では、瓦礫や火山灰、岩塊をどかすため、自動運転の重機が動いている。白皙の男たちが、身体中泥まみれになって民家の残骸からスコップで泥を掻き出し、瓦礫の撤去をしている。行方不明者が瓦礫の下敷きになっている可能性があるという。


 作業着に表記された名前はスラブ系のものだった。ロシア系かウクライナ系か。二〇二〇年代以降の、かの地の混乱を逃れてこの国にやってきて、根付いたひとびとは、この地方でも少なくなかった。

「あぶない! あしもとに きをつけましょう」

「きかいが うごいているときは ちかづかないようにしましょう」

 注意喚起の張り紙やホログラフ表示は「あたらしい日本語」で書かれている。ニューカマーの外国人労働者や観光客に向けて、文法を簡略化し語彙を制限して可読性を高める試みである。

 二一世紀初頭から同様の趣旨で用いられていた「やさしい日本語」から発展したもので、外国人向けという枠を超えて、近年では初等教育にも取り入れられつつある。

 災害発生時などの緊急時には、誤解を来さない表現が求められる。人工知能によるアシストに頼ることのできない場所、状況では、積極的に使用されているのだ。

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