第35話 集落の危機


「とりあえず後ろをついて来てくれって、これじゃ仕方ないな」


「うん、これって農道だよねー。向かいから馬車が来たらどうするんだろ?」


「ユキちゃん、そういうときは窪地に近い方が戻ればいいの」



 さっきのオッちゃんと爺さんの名前は、ガンソさんとギンムさんとのこと…… 何となく似ていて覚え難いな。

 そのガンソさんたちの向かう先は、予想通り街道から外れたところに見える集落だった。


「しかしこのサイズの馬車で良かったよな。あれっ? 二頭とも驢馬だけど馬車でいいのか?」


「トモくん、驢馬でも馬車でいいわ。ところでユキちゃん、あの子の名前はどうするのかな?」


 そう言えばまだ決めて無かったな。

 今度はマッチョなんて恥ずかしいネーミングはやめさせて……


「あのね、シロにする!」


「おい、犬か! もう少し可愛いのにしろ」


「えー、でもシロだと犬かぁ。ならミケ」


「おい、猫か!」


 俺たちの会話にピンと来ないスムレさんが、困惑顔でこっちを見る。

 いけないいけない、疎外感を与えちゃいけないよな?


「スムレ、俺は白いからホワイトかスノーが良いと思うが、どうかな?」


「それならねー、チョコ!」


「白いって言ってるだろうが!」


「あっ! チョコっていい、響きが可愛い……」


 驢馬の名前ということで、語彙は自動で翻訳されないようだ。

 嬉しそうなスムレさんの表情を見て、俺は不本意ながら同意するしか無かった…… 不本意ながらだ……



 それからも農道は続くが、何せ狭いからゆっくり進むし、見えていた建物は意外に大きくて思ったより遠かった。

 そして体感4時間をかけて着いたそこには、村くらいの数の建物が建っている大きな集落だった。


「ご夫婦、ちょっと遠くてすまなかった。裏に馬車置きがあるからな」


「婆さーん、帰ったぞー! お客さん付きだぞー!」


 表で由希とスムレさんを降ろし、ガンソさんと俺だけで馬車を置きに行く。ついでに驢馬たちも屋根付きの小屋…… というには大きな建物に入れされてもらった。


「マチ、チョコ、暫く待っていてくれるか?」


「グヒッ」


 チョコはすぐにマチに擦り寄って行き、俺の言葉は聞こえていない様子だ。

 そして、マチはちゃんと俺の顔を見てから返事をする。この違いって年齢の差だけなのか?


「よし、じゃあ裏からですまないが、中に入ってくれ」


「では遠慮なく。お邪魔します」


 俺は馭者席で縮こまった身体を伸ばしながら、ガンソさんの後ろから裏口を入って行った……



………………………………



「あら〜、爺さま。ご主人も若くて可愛いのね〜。何も無いところだけどゆっくりしていってね〜」


「そうだなぁ婆さん。ワシらもこんな頃があったなぁ」


 勧められた畳のベンチみたいな椅子に横並びで座る。

 俺が端に座ろうとしたら、スムレさんに腕を引かれて真ん中に誘導される。どうやら、左側にスムレさん、右側に妹にするのが順序らしい。


「クスッ」


「ダメですよユト、失礼でしょう」


「だってー、お嫁さんの尻に敷かれてそうなんだもの」


 あらためて見てみると、娘さんのユトさんは上背こそあるものの中学3年の妹より幼く見える。

 そしてガンソさん、マトさんは…… ちょうど俺たちの両親くらいなのか?


「ユトちゃん。私たちの旦那様は優し過ぎるから、すぐ遠慮するんですよ? 私はそんなトモくんにメロメロなので、尻に敷くなんてことは考えられないの」


「あっ、ごめんなさい。そっかー、新婚さんなのかー」


「そうそう、愛しの愛しの旦那様だからねー!」


 もうこの二人は放っておこう……

 マトさん、ユトさんはこの手の話が大好きのようで、早速4人は姦しくなっていた。


 そして俺は座席の位置を見て、まだ家長なのであろうギンムさんに挨拶する。


「馬車を押しただけの縁で、食事にお誘いいただきありがとうございます。俺はトモ、左右が妻のスムレとユキです。長居はしませんが、有り難くお邪魔させていただきます」


「丁寧なご挨拶ありがとうなぁ。でもなぁ、あの街道は女連れだとかなり危ないから助かったよ。こんな田舎だから大したもてなしは出来ないが、婆さんのメシは美味いぞ」


「あらあら〜、爺さまったら。ワレはコト、婆ちゃんでいいからね。ご夫婦は香草が苦手なんだって? じゃあ塩味になるけど〜、あっさりしたもの作るからね〜」


「ワシも爺ちゃんでいいぞぉ」



………………………………



「すまないな、麦刈を手伝って貰って」


「いえ、普段はこういう事をやらないので。楽しいですよ」


「トモさんは都会の生まれか? 嫁さんたちも垢抜けてるしな」


「それを言ったら、ガンソさん一家は全員顔が整い過ぎていますね。元はここの生まれでは無いのでは?」


 俺の一番の違和感はそれなんだ。

 田舎の農民にしては美男美女すぎる。婆さんのコトさんを含めて全員街の人間で通るし、訛りも少ないらしい…… 言葉はスムレさん情報だ。


「そうか…… 後で話すよ。あまり面白い話しじゃないから、やめておいても良いからな?」


 ここで一旦この話は終わりだ。そのあとは二人で麦刈を黙々と続けていく。


 その後に脱穀をすると麦ではない黄色がかった穀物となる。脱穀後の麦わらは柔らかいので飼葉に使えるから、束ねて稲架掛けをして乾かすらしい。


 本来なら中腰での作業は疲れるのだが、身体能力が上がったお陰なのか、何ともないようだった……



「おい、マト。トモさんは凄かったぞ。素人とは思えない鎌捌きでオレとほぼ同じ量を収穫して、稲架掛けまでやってもらったんだ!」


「お母さん、ユキさんも! おまけに兎まで狩ってくれたから、お婆ちゃんお願いしてもいい?」


「あらあら〜、じゃあ兎は締めてくるわよ〜 マト、ユト後は頼んだよ〜」



………………………………



「あ、おいしい……」


「何だか懐かしい味だよな」


「あとは、お醤油かお味噌があればなんだけどね」


「トモくんユキちゃん、それって何?」


 俺は故郷の調味料で、一般的では無いものとだけ言っておく。


 ある訳のないものを探す気はないし、塩味の焼き鳥っぽい兎モドキや、ちょと味変したポトフのような食事は正直嬉しかったから……


 俺たち…… 特に俺と妹ががっついて食べるのを見て、コト婆ちゃんが嬉しそうに微笑む。


 少しだけ遅れて、マトさんがほろ苦いライ麦パンらしき主食を持って来て、ポトフは一緒に食べるのだとわかったので少し恥ずかしくなった。



「ところで、みなさんはここの生まれなんですか?」


「いんや〜、セーベル領のタラワラの街からだな〜」


「やはり街の方でしたか、みなさんからは田舎臭さが感じなかったので、ちょっと不思議だったんです」


 俺がこの話をした途端、何とも言えない雰囲気になる。

 別に些細を聞きたい訳では無いことを伝えると…… 俺たちの行き先を聞いて来た。


「俺たちも北に向かって、セーベル領に向かう予定です」


「悪い事は言わない…… やめておいた方がいい」


「あの、ガンソさん。理由を伺っても?」


「ああ……」


 どうやらこの集落自体、タラワラから逃げて来た集団らしい。

 纏まって逃げてきた理由は、街長と衛兵がグルになって警備兵に盗賊紛いの奴等を雇ってから安心して住めなくなったらしい。


 この盗賊警備兵は街道で野盗行為をするだけでなく、街の若い女性を襲ったり、無実の金持ちを捕まえて拷問のうえで罪をでっち上げるとかやりたい放題だった。


 そして、それ金の多くが街長の懐に入るのか…… わかり易いクズだよな。


「でもな、タラワラのあるマルカ支全体で似たような状況になったんだ。多分、トップの支長が吸い上げていると専らの噂なんだ……」


「おに…… 旦那さま、それならここの集落に居れば安全ってことなのかな?」


「奴等は逃げた者を追っていて、5年前に逃げたオレたちは2つの集落に分かれた。だけどな、1年前にもう一箇所が見つかってほぼ殺されたらしい……」


「ならここもヤバくないのか?」


「そこに比べると、この集落はセーブルから遠い南にあるから、今のところ安全だと思っている」


 安全と言い切れないのは、不安要素があるからか。

 ただ俺の懐事情で考えると、どうやらセーブル領では稼ぐのは問題なさそうだな。

 ちょっと…… いや、かなり刺激的な生活になりそうだけどな……


 それに定住ではなく稼いだらセブボットに戻る、ヒットアンドアウェイ作戦なら尚更いいだろう。

 悪党が金を貯め込んでいるなら、その金は俺たちに使われた方が有意義だろうしね。



「ところで、ガンソさん。そのタラワラ街の盗賊兵って、外見で見分けることはできるのかな?」


「ああ、それなら簡単だ。アイツらは曲刀を使っている。あんなもの、正規の訓練を受けた兵隊は使わないから一目瞭然だな」


「トモくん……」


「旦那さま……」


 二人の顔を見ると、スムレさんは心配顔、由希はワクワクしている顔だった。

 ただ曲刀だと動きがわからないから、折り畳み手槍より先の折れた根切り棒の方が良さそうだな……


「ありがとう。セーブル領には行かなければならないので、盗賊兵の情報は助かったよ。でも、この村が見つからないといいですね。さて、お礼も頂いたし、俺たちは立ちますね」


「えー! スムレさん、ユキさん、泊まっていきなよー。ユト寂しいな!」


「慌し過ぎだな〜。婆ちゃんからも頼むから、一晩泊まっていきなされ〜」


「そうですよ。男の人と違って、奥様方は疲れていることが多いですよ」


 スムレさんと由希を見ると、泊まりたさそうに上目遣いで俺を見る。

 女性陣の勢いと無言の圧力には当然勝てず、俺は仕方なくギンムさん宅に泊まることにした。


 ガンソさんもギンムさんも「諦めろ」と言わんばかりなので、俺はその後二人からセーブル領の詳細を聞いてから、温めた井戸水で身体を拭いて眠りについた。



---------------



「トモさん、起きてくれ!」


「ど、どうしたガンソさん」


 明け方、血の気が引いたガンソさんに、突然叩き起こされる。


「盗賊兵にここがバレた。さっき見張り番が、街の近くからセーブル側に走る曲刀の男を確認した。しかも、逃してしまった……」


 早速動きがあるのか……

 これって俺たちが集落に寄ったからか?

 どうやらこの世界に来てから…… いや来る前からか? 俺と妹は、トラブルを引き寄せる体質になったっぽいからな……


「由希とスムレは?」


「起きたよ!」


「トモくん、私も起きた……」


 ガンソさんが俺を起こしている間に、マトさんが二人を起こしていた。

 

 さてと、この後はどう動くかだな……


「すまないトモさん。出来ればでいいのだが、マトとユトを一緒に逃してくれないか?」


「ガンソさんたちは?」


「女と子どもだけは集落の馬車で逃す。それまで俺たちは戦って時間を稼ぐ…… なあに、これでも集落に男手は多いからな。意外と勝てるかもしれないぞ……」


 蒼白な顔をしてそんな強がりを言っているが、ガンソさんの手は小刻みに震えていた……

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