第15話 目標の無い辛さ


「由希さま、今回も感謝しかないぞ」


「えへへ、幾らでも感謝してくれていいよー」


この遣り取りでわかるだろ?

今回も妹のあざとパワーで、無事良い宿を確保したんだよ。

少なくともこの国だと、国境を越えるまでの後2回はお世話になるだろうし、場合によってはずっとかもだ。


さて、これからの問題だが、レンカタ国を出るのは間違いでは無いだろう。

でも、その先は?

ログスに向かうのは正解なんだろうか?

でも、ログスの後はどうする?

そもそも、何が良くて何が駄目なんだろう。


そうなんだ、結局のところ行く場所も、目指す目標すらない旅とは、ただただ難しいとしか言えないんだ。

暫く悩んだものの答えが出ない疑問なので、俺は考える事を一旦放棄した。



………………………………



食休みと水浴びを終えて寛いでいると、妹が逃げていた現実をいきなり突き付けてくる。

残念ながら俺は、答えが出ない検討を再開しないといけないらしい。


「あのなぁ由希、兄ちゃんも色々考えたんだけどさ、答えが出ないんだよ。ただ、レンカタには長居したくないから、ログスに行ってから考えるしか無いかと……」


歯切れが悪いのはわかっているが、何の裏付けもない状況だから、仮に妹がログスを優先することに反対した場合に説得する材料は無い。


「由希の聞き方が悪かったらごめんね。別に急いでこの国を出たいなら反対しないよ? だって、凄く感じ悪い人が多いし。ただ、ログス王国に入った後、どういう風に動くつもりなのかなって。それに対する心構えが必要かなって思っただけだよ」


そうだったのか、人間追い詰められていると被害妄想が入ってくるよな。

俺は知らず知らずのうちに、この話題を避けていたらしいと苦笑する。


「そうだな、入った途端にヤバい国なら、ここに戻って他の隣接国に行こう。ここよりいい国なら、この大陸の他国や歴史的な背景を知れると動き易くなるのかな。兎も角このままレンカタに居ても、何も知ることが出来ない可能性が高くないか?」


「そうだね。何処に向かうかも他国を知らないとわからないもんね。由希も頑張るね!」


なんだか、妹に元気付けられたような気がするな。

いや、気のせいじゃ無く、妹も不安だろうが元気に振る舞ってくれているのが嬉しいと感じる。

こういうとき、二人でいられたことに感謝しないとだな……


流石に一人は辛すぎる。

ただな、二人でいるからこそ気が付かないことや、小さな世界だけでの共依存で、大局が見えない可能性もあることは理解しているんだ。

……それでも、暫くは共依存で十分だと思う自分がいることに苦笑するしかなかった。



---------------



「昨日ナレセコからここまで乗ってきた兄妹だ。今日は隣のサフメまで乗りたいが、何か聞いているか?」


「あ、はい。何も言わず必要なチケットを売れと指示がありました…… 勿論オ、ワタシも何も言いません。どの席でしょうか?」


「では一番後ろを二人分頼む、ありがとうな。ちなみにサフメにも指示は行っているのかわかるか?」


「は、はい。サモエナの街まで全部に行っている筈です。安心して旅をお楽しみください」


チケット販売の兄ちゃんは、微妙に震えながら対応してくれた。

この分なら、馬車については嫌な思いはしなくて済むと期待できる。

それだけでも少し気持ちが軽くなった。


「お兄ちゃん、過剰な気遣いって今は嬉しいよね。これで今日は嫌な思いはしなそうだよね!」


「まさか横と前が空席にされているなんてな。脅しておいたのは正解だったよな……って、大分この世界に毒されてきたよなぁ」


「でもね、こういうところで関わった人って、マトモな人はいなかったから、腫れ物扱いみたいな方が安心出来るよ?」


腫れ物扱いか……

その通りだと思うのと、それの方が心地良いというのにも同意する状況に苦笑してしまう。

なにせ、既に馭者に文句を言って叩き出される奴が数名いるのを見れば尚更だ。


その後も小競り合いなどは馭者が躱して、予定通りに馬車は出発した。

相客は当初は不躾な視線を投げかけてきたが、黙ってそいつらの目を凝視すると、関わり合いを避けるためか、あからさまに視線を向けないようにしてきた。


そうしてサフメまでは概ね何事も無く移動し、入街税ではお決まりとなった小悪党役人を査証で脅す。

初めから見せることも考えたのだけど、街が安全であるかの指標として、これで確認する事にしたんだよ。

案の定、駄目だったけれどな……


「お兄ちゃん、ヤバいかも。この街、良い感じの食堂が無いよ」


「そうだな、感じの悪そうな店しか無い。このまま日暮れを待ちたく無いから、査証を使って中心部のホテルに泊まるしか無いか」


「うん、そうしよう。危ないかもしれないから離れないでね」


そう言って上目遣いで瞳を潤ませる。

全く、何処でそんなあざとさを身に付けたのかと思いつつも、子どもの頃から一番甘やかしてきたのは間違い無く自分であることを自覚しているので、そっと頭を撫でてやる。

それが無意識な行動となっていることに、俺はまた苦笑するしかなかった。



………………………………



「兄妹で一泊だ、一部屋で良い」


「この宿は子どもが……」


「文句を言うなら、先にこれを見てからにしてくれ。それでも言うなら聞くぞ?」


「なっ、えっ? あっ!」


フロントにいたオヤジの顔が一瞬で蒼白になる。

どうやら、自分の対応が不味いことは自覚しているらしい。

良い年なんだから、客は年齢だけではなく、服装を見ろと言いたい。


もし、客が汚い服で悪臭を振り撒いているなどであれば、泊まらせることで他の客から苦情を受けるだけでなく、調度品も汚れたり、虫が湧いたりして営業に支障が出ることがある。


逆に小綺麗な格好だが、俺たちのように年若の客なら、素性の確認が必要なのはわかる。

だが、俺たちのような格好の者を門前払いするのが間違いなのは、この世界でマトモな格好を維持できるということは、何らかの力があるという証左だからた。


「さて、何か言いかけたようだが、続けてもいいぞ?」


「あの…… な、何もありません。二階右の奥をお使いください。こ、このことは……」


「それは、この後考える。後で食堂を使うから、客が嫌な思いをしないよう注意しておいてくれ」


俺はそう言って、すぐに部屋に向かう。

後ろでは慌ててオヤジが周りに指示をしているようだな。

これなら食事は大丈夫そうだ。


別に、他の奴のため『全体的に接客をあらためろ』なんて言わないぞ?

俺たちよりタチの悪い客に当たったときに痛い目を見れば良いだろうしな。

そんな事を思っていたら、横の妹がげんなりとした様子だったので、先ずは部屋に入って一息つく事にした。


「どうしたんだ、大丈夫か?」


ツインルームの部屋にはベッドが2台あるので、片方に座る。

妹は向かい側に座るかと思えば、甘えたいモードらしく隣りに座って来た。


「うん、大丈夫。ただただ面倒臭いなぁーって思ったの。何処に行ってもだから」


「まぁ、見た目を老けさせることは不可能だからな。慣れるしかないか」


「お兄ちゃん、ごめんね。気分が悪いこと殆どお任せしちゃって……」


妹の元気が無くなったのはこれか。

また、俺に負担が掛かっていると思っているのだろう。

確かに面倒ではあるものの、俺の中身は中堅社会人だから、頭のおかしな客なんかより全然楽なんだが……

ただ、それを言う訳にはいかないしな。


「由希は、気にするなって言っても気にするんだよな。こういう事なら俺は出来るが、普段の宿探し方法だと出来ない自信がある。だからお互いそのとき得意な方がやろう。助け合ってる感じがするだろ?」


「ありがとうね。やっぱり由希のお兄ちゃんが世界一だよ!」


そう言って抱きついてくる妹の頭を、俺は暫く撫で続けた……が、


「おい、そのまま寝るな!」


「ごめんねー、夕飯までこのままねー」


そのままズリズリと頭を膝まで持ってきて、あっという間に寝てしまった。

……ズルいよな。



………………………………



「食事は慣れたか?」


「無理ー、お兄ちゃんは?」


「当然無理だ、味付けがキツイ。醤油のようなシンプルなのは無いようだしなぁ」


「チナサさんの家庭料理は塩味だったから、今のところ一番だったなぁ」


「そうだな、あとこの国の野菜や穀物は変なクセがあるのがキツイよな……」


そうなんだ、ここまでで食べた全ての野菜や穀物には、独特の酸味や苦味があった。

そのため塩茹ででも変な香草味となるからキツイんだよ。

チナサさんは、上手く味をまろやかにしていたから、調理法を聞いておけば良かったと、今更ながらに後悔した。


「お兄ちゃん。料理チートとか、調味料チートとか出来ない?」


「無理だな。周りを見ろよ、俺たちが苦手なこの味を凄く美味そうに食っている人ばかりだ。この人たちはこの味が慣れ親しんだ味なんだろ? そうすると俺たちの味覚は確実にこの国とは合わない、立場が逆になるだけだ」


そうだよ、観光客以外の移民は、地場に自国料理の店があり、そこを中心としたコミュニティを形成している事が多い。

各国の料理が普通に食べられる現代でもそうなんだ、閉鎖環境だとそれが顕著になる筈だからな。


「ならさぁーお兄ちゃん。味噌や醤油は無理としてもマヨネーズくらいなら? 卵黄と酢だけだよね」


「酢の量がわからないから、良い確率で食中毒が出るぞ。雑菌だらけの卵がこの世界の酢で完全殺菌出来るとはわからない。それにここの雑菌はどんなのかも知ることも出来ないだろうし…… 医学は発展してなさそうだよなぁ」


「そうだね…… 悲しいなぁ」


顕微鏡さえ無さそうなんだ、細菌研究など出来る筈が無い。

少なくともこの国の医学は向こうの中世レベルだろう。

絶対に大怪我をしてはいけないな。


「ログスの食文化がここと違って日本人にも優しい事を祈ろう。俺も正直ツラい」


「うん、ログスがダメでも、そのうち見つかるはず! 住むならご飯の質で決めようね!」


「全面同意だ、見つかるまで探そうな」


とりあえず、俺たちの目標は『食事の質の改善』に決まった。

これをいい加減なんて言わないで欲しい。

試しに毎日の食事を、異国のそれも口に合わない物だけにしてみて欲しい。

多分、一週間もたずに我慢できなくなると思うから。


「そうだな、俺なら和食が無くても四川料理以外、辛く無い中華っぽいのなら大丈夫。あとイタリアンなら毎日でもギリギリ耐えられるかな……」


「由希も同じ。あっ、毎日カレーでも耐えられそうかも!」


俺たちはそんな夢物語で盛り上がって、不味い料理を無事に平らげた。

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