第13話 首都滞在
「ありがとう、トモくん、ユキさん。君たちのおかげで無事着いたようなものだよ」
「特にトモくんには、夜の案内までさせちゃって。この後はウチの本邸に招待させてね」
あれから三日で無事首都に着いた。
そして今は、物凄く立派な邸宅のエントランスで降ろされたところだ。
どうやらここが爺さん議員の本邸であるらしい。
「あのー、お爺さんは直ぐに議会に向かうのですか?」
「そうだね、ユキさん。出来れば休みたいのだが、大事な証拠だけは早く預けておきたくてね。なぁに、夕方には戻って来るから、晩餐は一緒にしよう」
どうやらその爺さんだが、既に馬車内で正装に着替えていて、このまま中央議会へ向かうとのことだ。
確かに狙われる可能性がある証拠など、早めに然るべき所に渡してしまう方が良い。
そのため、馬車と警護の殆どは爺さんと一緒に行くことになる。
なお、その証拠については全く知らされていない。
当然だが、直接関係していない俺達に話す必要もないし、そんな口の軽さでは議員など出来ないだろう。
「必要なら俺も付いて行きますよ?」
「いや、この首都では大丈夫だ。この馬車は中央議員のものとわかるから、何かあれば街の警備兵が直ぐ出て来るんだよ。気を遣ってくれてありがとう、チナサと本邸で寛いて待っていてほしい」
そう言って優雅に微笑む。
俺は「やはり、上流階級だな」って素直に感心してしまっていた。
………………………………
「それじゃトモさん、ユキさん。さっき6時の鐘が鳴っていたから、このまま屋敷でゆっくりしましょう」
「あのー、こんな立派な家に入っちゃっても良いんですか?」
確かにナレセコの街にあった屋敷の三倍はあろうかと思われる豪勢な邸宅だから、妹が気後れするのはわかる。
その様子を見て、チナサさんが微笑んで話し出した。
「お爺様は中央議会の議員になるの。だから、こっちが本邸で、お父様もお母様も本邸にいて、お爺様の秘書として留守を預かっているの。私はお爺様の役に立ちたくて、お願いして一緒にナレセコに連れて行って貰ってるの」
「そうなんだー、凄いですね。ところでチナサさんに兄弟とかはいるんですか?」
流石、懐っこい我が妹だな。
チナサさんが優しく話し出すと不安そうな気配は無くなり、嬉しそうに会話を始める。
「由希、玄関前で話し込まないようにな。チナサさん、爺さんの議会での話を聞きたいのでお言葉に甘えさせてもらいますね」
「あっ、はーい!」
「はい。遠慮なく寛いでくださいね」
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考えてみると当然なんだが、チナサさんの両親は議会というか国政に携わっているため日中は不在だった。
そのため俺たちは応接室でチナサさんとお茶をしている。
まぁ、お屋敷なので使用人は結構な人数がいるので、チナサさんも上流階級のお嬢様の扱いだ。
「ちょっと堅苦しいかも知れないけど、無理にあわせなくて良いからね。ユキさんも寛いでね」
「あ、はい。なんか立派すぎて落ち着かない……です」
あらためて見回すと、ナレセコの屋敷に比べて造りも調度品も立派なものだった。
だけど、ここも成金趣味は一切なく、歴史からくる重厚感といった感じだ。
そう、新しい調度品は少なく、昔からのものが丁寧に手入れされていると言えばわかりやすいか。
「爺さんがナレセコの屋敷で、無駄に贅沢をしていないと思いましたが、ご両親も同じなのですね」
「はい。お父様は婿となるのですが、元々はお爺様の秘書の一人で、お爺様を尊敬していますから。お母様は私と同じ感じ…… いえ、私がお母様と同じ感じかと思います。クスッ」
そうなのか……
邸宅を見ただけで、この一家の雰囲気が良くわかる。
多分、揃って良い人達なんだろう。
こういう人達が議員にいても、国や街に問題があるのは、それだけ利己的な者も多いという証左なのだろう。
俺達が暫く談笑していたとき、ノックの音がした。
チナサさんが返事をすると、可愛らしい女の子と男の子が入って来た。
「お客様いらっしゃいませ、次女のテリサと申します。ワタシ達もご一緒してよろしいですか?」
「あの……僕はツネサです。いらっしゃいませ……」
パッと見だと、次女が俺達くらい、弟は小学校高学年くらいと思われた。
勿論、同席に問題など無いので俺達も自己紹介をして話の輪に入ってもらう。
どうやら次女は饒舌だが、弟は恥ずかしがり屋のようだった。
「テリサちゃん、由希と同い年なんだねー! そんですっごく可愛いんだね!」
「えー、ユキちゃんも可愛いよ〜! 黒い髪が素敵」
どうやら同い年だとわかってから意気投合したようだ。
二人だが姦しい。
「男の子はツネサくん一人なんだね。それでツネサちゃんと学校帰りなのか」
「うん! お迎えの馬車で一緒に帰ってくるんだ。お兄ちゃんは学校行かないの?」
おっと、微妙な質問が来たな。
チナサさんも興味津々のようだが……
本当の事など言っても誰も得をしないからなぁ。
「今は由希と同じく休学中なんだ。尋ね人が見つかったらまた復学する予定だよ」
「そうなんだー」
弟くんの素直な反応に安心する。
この設定も何か考えておかないといけないだろう。
とにかく、この子供の風体がネックになる。
ただ、俺は髭というか全体的に毛が薄いから、誤魔化すのは難しいんだよな。
体型もまだ十代らしく、筋肉はあるものの華奢のままだしなぁ……
これが元でトラブルを引き込む可能性は重々承知しているが、これといった打開策が無い状態だ。
俺は心の内だけで、深い溜め息を一つ吐いた。
………………………………
「ダンノケさん、それでどうなったのですか?」
「由希、食事に招待されているのに、いきなり質問だと礼儀的に問題だよ。先ずはホストの挨拶と自己紹介からだからな」
「あっ、ご、ごめんなさい」
妹の素直な反応に優しい笑いが起こる。
どうやら、爺さんの娘夫婦も柔らかい雰囲気の人達のようだ。
この場のホストは当然爺さんになるらしく、お互いへの紹介や、何故俺たちを招待したのかを改めて説明してくれる。
娘夫婦には織り込み済みのようで、驚くこともなく感謝の籠った会釈をしてくれる。
「えー! ユキちゃん、そんなに可愛いのに強いのー!!」
「お兄ちゃん、カッコいい!!」
ただ事情を知らなかった妹弟だけは興奮していた。
どうやら厳しい家庭では無いようで、チナサさん同様に擦れていないと思われる。
そして、食事が運ばれるのに合わせて、爺さんが急遽首都に戻って来た経過なども簡単に話してくれる。
チナサさんの妹弟は、爺さんの柔らかい表現を鵜呑みにし、人殺しという視点を持たずに称賛している。
俺はその事に物凄い違和感を感じているのだが、それを指摘するほど子供染みてもいないつもりだ。
そして、晩餐は姉弟を中心に歓談をして解散した。
………………………………
「トモさん、ユキさん。少し話そうか」
「お願いします」
「はい!」
晩餐の後、爺さん用の応接室で、俺たち兄妹と爺さんだけでの食後のお茶会となった。
多分、俺が大人の形をしていれば、酒が出されていたのだろう。
まぁ、とりあえず飲めなくはないが、好きでも無いので構わないが……
「ところで、ナレセコの騒動は収まりそうですか? 勿論、詳細をお話しいただく必要はありません」
「トモくん、お気遣いありがとう。そうだね、これで収まりはつくだろう。この始末は1月以内で終わるし、その後の街の治安改善は半年以内に改善させてみせるよ」
「では、次に訪れたときを楽しみにさせていだきます」
そう、これで良い。
何も全てに踏み込む必要はないんだ。
問題は、落ち着く場所の選択肢となり得るかどうかだけだからな。
「そっか、ダンノケさん先程は失礼しました。お兄ちゃんごめんね、由希は興味本位だったかも……」
「いいのですよ、ユキさん。そう思うのが普通です。やはりトモくんが随分と大人びているようですね」
大人びているのではなく、元おっさんだからな。
ただな、8年近く子供をやり直したため、思考力が逆に衰えているのが残念なところだけどな。
「いえ、今は妹と二人旅ですから、街の安全を重要視しているだけなんです。また来ると思いますので」
「そういえば、首都にはどういった目的があるのかな、ログス王国へ入国したいとも聞いたのだが? 」
これは、どうするかが悩みどころだ。
一応、横の妹を見ると…… 脳天気な顔でお菓子を食っていた。
まぁ、中学生に頼るわけにもいかないか。
ただ、今後の為にはどうしても協力者が必要だ。
俺は、この爺さんを信用してみることにした。
「実は俺たち兄妹は、隣の教国に攫われたようです。上手く逃げることは出来たのですが、全く知らない土地でしたので、帰り方がわからないのです」
さて、どう返されるかが問題なんだが……
爺さんは素直に驚いた顔をした後、暫く沈黙した。
どれくらい待っただろう?
こういうときは長く感じるが、実際には短かったのかも知れない。
「そうすると、このレンカタ公国も、隣のログス王国も知らないという事で良いのかな?」
「全く聞いたこともありません」
「では、その先にも知っている国が無ければどうするのかな?」
「その可能性も考えました。帰国を諦めた場合、妹と安全に住める場所を探して生活しようと思っています」
「お、お兄ちゃん……」
まぁ、知っている国は無いが、最後は嘘ではないからな。
そう、何処に住むのが良いのか考えるだけだ。
その間に、日本に帰る方法があるのか、探すつもりだけどな。
「そうか…… なら、数日この屋敷で首都の観光でもしていなさい。治安の悪い場所もあるから、チナサが案内する。その間に、この国とログスでなら使える査証を作っておくよ」
「ダンノケさん、ホントに? いいのですか?」
妹が立ち上がって喜ぶ。
素直だよな。
「ああ、それ以上にお世話になったのでな。それで、戻る場所が見つからなければ、この屋敷でもナレセコの屋敷にでも訪ねてきてくれればいい。君たちなら歓迎するよ。必要なら住む場所と仕事を提供しよう」
「ありがとうございます。暫く探して見ますが、最悪の場合には頼らせていただきます」
俺の返答に、爺さんは柔らかく微笑んだ。
これで、最悪の場合の逃げ場は出来たらしい。
俺は肩の荷が降りた気がして、無意識に安堵の溜め息を吐いていた。
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