第一話 ルイエス1

 ルイエスは、瑞樹の家近くの道端に降り立った。天界にいた時とは打って変わって、姿は少女になっていた。黒髪ロングの少々生意気そうな少女。男は外見さえよければ惚れちまう単純な生き物なのさ、というのがルイエスの持論だった。確かに、外見は可愛かった。

 地上にいる時は基本的に何にでもなれるが、ルイエスが一番気に入っていたのは高身長ダンディーな三十代男性だった。その姿でドライブをするのが好きだった。子供の姿では、やってはいけないこと、届かない場所が多すぎる。

 翼をしまったルイエスは、人目がないのを確認してから歩き出した。目的地は瑞樹の家。地上での姿を確認して接触する。そんな単純な作戦だ。

 道を歩くというのは久しぶりのことだ。それでも、ルイエスは悪魔の中では、地上にいる時間が長い方だろう。周りの悪魔たちに馬鹿にされても、たまに暇な時、わざわざ降りてくるのだ。

 さて目的地に着いたが、家の中に鈴木瑞樹とやらの気配はない。念の為、ピンポンを押してみたが反応がない。留守だ。

 ルイエスはポケットから男っぽい腕時計を出して、時刻を確認した。午後三時半、ということは、まだ学校にいるのか。

 ルイエスは人目のない路地裏へ移動した。そして、ぱちん、と指を鳴らし、一瞬で学校の近くまで移動した。

 ワープした後で、当たり前に能力を使ってしまったことに気づいた。極力、力を使ってはいけない、というルールがあったが、当たり前の力すぎて忘れていた。ルイエスは一人、反省する。

「お、可愛い子発見!」

 と、一人の男が近づいてくる。金髪の、いわゆるホストみたいな見た目のチャラチャラした奴だ。香水の臭いが強い。

 正直うざったい思いはあったが、第三者目線で可愛い、と言われたことでルイエスに自信が生まれる。

「俺は可愛いか?」

「可愛い可愛い、ちょー可愛い!」

 ルイエスは香水の臭いが嫌いで顔をしかめた。だからといって、悪魔を追い払いたいなら香水をつければいいという訳ではない。ルイエスが個人的に嫌いなだけだ。

「ちょっと付き合ってよ、お姉さん!」

 お姉さん? 少々、年増に見えるか? いや、このクソガキに見る目がないだけだ。ぱちん、と指を鳴らすと、男は意識を失ってその場に崩れ落ちた。

「ふん、失礼な奴だ」

 道端に倒れた男を放っておいて、学校まで歩く。

 学校の校門にて、例の少年、鈴木瑞樹がやって来るのを待った。

 生意気そうな態度で、腕を組んで待つ。来ない。だが、私服で校内に入る訳にもいかない。その程度の知識はルイエスにもあった。

 しばらくの間、そうして待っていると、ようやく一人目、二人目と下校していく生徒が校内から出てきたので、ルイエスは注意深くそれを見守った。

 やがて、出てきた。間違いない。確かに、天界で見た顔だ。奴が鈴木瑞樹。呑気にあくびしている。

 ところで、ルイエスは下校する生徒たちから注目の的になっていた。美少女が校門で待ち伏せしている。誰かの他校の彼女なのか、という具合にだ。

 なのでルイエスが瑞樹の前に仁王立ちで立った時、初めて瑞樹は生徒たちからの注目を浴びた。

「鈴木、瑞樹だな?」

「えっ……だ、誰?」

 耳にイヤホンをはめようとしたまま、瑞樹は戸惑いの表情を浮かべた。

 ルイエスはふふん、と笑って続ける。

「お前の為にわざわざ来てやったぞ」

 ルイエスの言葉に、生徒たちはざわつく。やっぱり彼女なんだ。鈴木の? ありえない。

「えーと、人違い……でもないか。さっき僕の名前言ってたし……」

「行くぞ」

「えっ、ど、どこに!?」

「お前の家に決まってるだろう」

 ずんずん先頭を進んでいくルイエスについていくように、後ろから瑞樹が続く。沈黙が苦痛というのが悪魔にはないので、無言で歩くルイエスに、気まずい彼は質問を投げた。

「えっと、名前は……?」

「俺? ルイエ……ルイだ」

「ルイ、さん。僕の母さんの知り合い、とか?」

「まぁ、それでいい。いいからついてこい」

「は、はぁ……」

 その後はお互い何も言わず、ただ道のりを縦に並んで歩いた。はたから見てもカップルには見えなかったので、生徒たちのざわつきはすぐに収まった。

 家の前に着くと、瑞樹が家の鍵を取り出す前に、ルイエスは力を使って鍵を開け先に中に入った。瑞樹は不思議そうな面持ちでいたが、考えることを諦めたのか、ルイエスに続いて中へ入った。

「さて、脱げ」

「……え?」

 こいつは鈍感な奴だ。ルイエスは自身の見た目に自信を持っていたので、瑞樹が既に自分に惚れていると勘違いしていた。一目惚れ、を過信しすぎていた。なので聞き逃しただけだと捉え、もう一度改めて言う。

「脱げ。奉仕してやる」

「い、いやいやいや! 何言ってるんですか!」

 まさか、二度も聞き逃したのか。ルイエスは驚いて相手の顔をまじまじと見たが、瑞樹もルイエスのことを同じような顔で見つめていた。

 では、手順を間違えたのか。しかし、男というのは単純な生き物のはずだ。可愛い子が奉仕してやると言って喜ばないはずがない。

「意味が分からないのか。つまり――」

 ガチャン。気づくとルイエスは家を閉め出されていた。なるほど、現代の男というのはなかなかに繊細になった、ということか。ルイエスが最後に下界に降りたのは少し前のことで、悪魔の言う少しというのは結構前のことだ。

「こうなれば、力づくで」

 鍵を開ける。扉を開く。驚いた瑞樹が扉を閉め、鍵をかける。これを数回繰り返し、らちが明かない。その後、瑞樹が扉を押さえ始めたので開きすらしなくなって、ルイエスは「くそっ」と一言漏らした。

 出直すか。こうなれば、作戦を変更しよう。まだカヴエルの野郎は来ていないし、焦る必要はない。

 ルイエスは自身より下界歴が長い友人を頼ることにして、ぱちん、と指を鳴らしそいつの元へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る