第35話 聖域
2000年5月。境の不良たちが常総学院に乗り込んできたあの日以来、学校の空気は一変していた。佐貫先生の死、そして校門前での一触即発の事態を受け、学校側は徹底的な管理体制を敷いた。
厳戒態勢下の常総学院
朝、登校する生徒たちは、まず毛髪検査と持ち物検査を受けるようになった。担任教師や生活指導の教師たちが目を光らせ、少しでも校則に反する服装や髪型、あるいは疑わしい持ち物があれば、厳しく指導された。特に、「一七歳」という言葉が世間を騒がせる中、学校は生徒たちの「健全育成」を名目に、その締め付けを強めていった。強志のクラスメイトの中には、これまで黙認されてきた茶髪を黒に戻させられたり、ピアスを外すよう命じられたりする者もいた。
学校生活は、まるで檻の中にいるような息苦しさに満ちていた。自由を愛する強志にとって、この過剰な管理は耐え難いものだった。彼は、あの沖縄での「敵襲」や、坂東クーデターのデモ、そして境の不良たちとの対峙といった一連の出来事が、学校のこの変化に繋がっていることを感じていた。社会の不安が、直接自分たちの日常を侵食しているのだ。
パソコン部と「秘められた欲望」
そんな窮屈な学校生活の中、強志は放課後、パソコン部の部室に顔を出すことがあった。しかし、真面目に活動に参加するわけではない。部室の片隅で古いパソコンをいじりながら、彼はインターネットの黎明期に触れることに興奮を覚えていた。まだ速度の遅い回線だったが、それでも未知の世界への窓が開かれている感覚があった。
しかし、彼の本当の目的は、そこではなかった。 パソコン部の活動をサボっては、学校帰りに駅前の小さな古本屋に立ち寄る。そこで、誰にも見つからないように、こっそりとエロ本を漁るのが、強志の密かな愉しみだった。息苦しい日常からの逃避、そして抑えきれない性衝動。それは、彼の17歳の、ごく個人的で、しかし誰にも言えない秘密の儀式だった。
自宅の自室に戻ると、鍵をかけ、カーテンを閉め切る。誰にも邪魔されない空間で、彼は手に入れたエロ本を広げ、ゆっくりとページをめくる。
そして、心臓の鼓動が高まるのを感じながら、自慰行為に耽る。それは、社会の目から隠された、彼自身の「聖域」であり、外界の抑圧から解放される唯一の瞬間だった。
この行為は、強志にとって単なる肉体的な欲求の解消ではなかった。それは、管理され、抑圧された日常の中で、彼が唯一、自分自身の「自由」と「欲求」を肯定できる時間だった。作家を志す強志の心には、こうした人間の秘められた部分、表に出せない欲望や葛藤もまた、彼の物語を構成する重要な要素として刻まれていくことになる。
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