第27話 脱糞

 男はタバコに火をつけ、フッと煙を吐き出した。「目的?ああ……お前みたいな気に食わねぇ奴を、ちょっと“教育”してやろうと思ってな」

 花火の光が、男の顔の傷跡を不気味に照らし出す。強志は、目の前の状況が、もはやチャリや花火とは無関係の、別の“戦い”に発展していることを悟った。彼の脳裏には、尾崎豊の「Driving All Night」が鳴り響いていた。しかし、その歌声は次第にかき消され、別の音が彼の耳に響き始めた。それは、彼の体から発せられた、情けない音だった。

 強志は、これまで経験したことのない恐怖に襲われていた。赤堀との一件では怒りが勝っていたが、目の前の男たちの持つ本物の凶暴性、そして数の暴力は、彼の心を容赦なく蝕んでいく。足が震え、呼吸が浅くなる。そして、彼の体は、その極度の恐怖に耐えきれず、制御を失った。

「……ッ!」

 生暖かい感覚が、彼の股間から広がる。制服のズボンが、ゆっくりと湿っていくのが分かった。鼻腔を刺激する、紛れもない排泄物の臭い。強志は、自分が脱糞したことを瞬時に理解した。

「おいおいおい!なんだコレェ!?」

 ゾッキーの男が、信じられないものを見るかのように目を剥いた。すぐさま、他のゾッキーたちからも嘲笑が沸き起こる。

「プッ!なんだよコイツ、びびってウンコ漏らしてやがんの!」

「マジかよ!ダセェェェーッ!!」

 ゲラゲラと笑い転げる男たちの声が、強志の耳に突き刺さる。犬上もまた、目を丸くして強志を見つめている。助けたい、しかしこの状況ではどうすることもできない、そんな葛藤が彼の顔に浮かんでいた。

「……あはは!おい、お前、徳川家康かよ!?三方ヶ原で脱糞したってやつだろ!?」

 先頭の男が腹を抱えて笑いながら、強志の顔を指差した。その言葉は、まるで熱した鉄の棒のように、強志のプライドを焼き尽くした。憧れの尾崎豊のように、強く、自由でありたいと願っていた自分が、最も醜悪で、情けない姿を晒してしまった。

 強志の顔は、羞恥と絶望で真っ赤になった。花火の光が、その屈辱にまみれた彼の姿を、一層鮮明に照らし出す。土浦の夜空に、打ち上げられる花火の音が虚しく響き渡る中、強志はただ、その場で立ち尽くすことしかできなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る