第6話 春、エアガン、カードキャプターさくら

 1998年4月。春爛漫。


 だが、小池強志の心には、一輪の花も咲いていなかった。


 部垂の団地の一角にある小さなアパート。その隣室、最近引っ越してきた住人たちは、夜な夜な大声で笑い、窓からはギラギラとした90年代のユーロビートが漏れてくる。


《うるせぇ……。》


 ガラステーブルを叩くような音、甲高い女の笑い声、男の叫び声。


 強志の胸に、津田たちに囲まれた中学時代の記憶が蘇る。靴を隠され、プロレス技をかけられ、逃げても追いつかれた、あの昼下がり。


 その夜、彼は机の引き出しから**エアガン(M92Fの銀色モデル)**を取り出した。


 無言のまま、スライドを引き、弾を込める。


 ガンッ!


 ――一発目。隣の家のカーポートのプラスチック屋根に命中。乾いた音が夜気にこだました。


 ガンッ!ガンッ!


 三発撃ったが、反応はない。酔っ払いは気づかないのか、あるいは慣れているのか。


 強志はふっと息を吐いた。妙な充足感と同時に、罪悪感のようなざらつきが胸に残った。



---


 テレビでは『カードキャプターさくら』の第一話が始まっていた。


「封印の獣よ、眠りを妨げる者……その鍵を我の前に示せ!」


 画面の中のさくらが叫ぶ。


 強志は、エアガンを置き、黙ってその声に耳を澄ませた。


《なんだよ……こんな子でも戦ってるのに》


 どこかで、マユミの声が蘇る。


> 「小池って、ちょっとさくらに似てない? 一生懸命でさ」



 中学のプリクラ帳の端っこに残されたその言葉が、ふいに突き刺さった。



---


 翌朝、カーポートには小さなヒビが入っていた。


 だが、誰も咎めてこない。ニュースではアントニオ猪木の引退や明石海峡大橋開通が流れていた。世間は、大きく動いていた。


 そんな中で、小池強志だけが、小さなアパートの一室で、エアガンを抱えながら――


**「自分を封印」**しようとしていた。



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