第14話 Forestalling-先手-

清らかな光が窓から差し込む。

陽光はいつも暖かく優しい。


「フゥアァァ〜」

でも、徹夜仕事を任された人間の目に

恐ろしく染み入るのは勘弁して欲しい。

一晩中助けを呼ぶ声が

無かったのは何よりだが、

ここまで眠くてはいざという時に

頭が働かなさそうでいけない。

眠気を振り払おうと

頭を左右に大きく振っていると

扉が開く音が聞こえてきた。

そちらの方に視線を移すと

暗い色の服に身を包んだ

あ〜こちむが立っていた。


扉が閉まり切るまでドアノブを掴み、

こちらに向き直って

「おはようございます」とお辞儀をした。

「おはようございます、

よく眠れましたか?」

いつまでも壁に寄っかかって

ダラけている訳にもいかんので、

姿勢を正して挨拶を返す。

「はい」

「それはよかったでふぅ…」

不意にアクビが出た。


「昨日はありがとうございます。

一晩中見守ってくださって」

「いえいえ、仕事ですから

当然の事をしたまでだと思ってください。」

どうやら多少は落ち着いたらしい、

表情から不安の色が薄れているのが読み取れ、

そのことに少し安心する。

「下に降りてきてください。

朝飯の準備ができてます。」

そう声をかけてから階段を降りていった。


朝飯の後、彼女にこれからすべき事を伝える。

といってもそんな複雑な事ではなく、

別の隠れ家に決まった時間までに

移動するというだけの事だ。

「だから、あんまり出歩けないんです。

暗くなってからここを出ましょう。」

「………わかりました。」

相変わらず彼女の表情は晴れない。

何か気晴らしでもできればとも思うのだが、

派手な事はできない。

「…………もちょっと寝ますか?」

適当に話しかけて不安や愚痴を

聞いてあげる事くらいしか

しょうがないので速やかに実行に移す。

「えっ…いや、大丈夫…です」

「そうですか、私が言うのも何ですが

休める時に休むに越した事ないですよぉ。」

彼女はしょんぼりとしたような

表情を浮かべている。

休んでもいいと言ってくれるのはありがたいが

休みたくてもこの緊張した状況では

しっかりと疲れを癒す事はできそうにない。

だからといって

この人の善意を無碍にする訳にもいかない。

そういった逡巡が読み取れた。


「といっても休み辛いですね。

代わりに一回気晴らしでもしましょう。」

それを聞いた彼女の顔からは迷いが晴れて

喜びがじんわりと広がっていくのがわかった。

「次の隠れ家までの間に

寄り道するってのはどうですか?

どこか行きたいところがあれば

言ってください。」

「…ありがとうございます。

………実はちょっと行きたいと

思ってた所があるんです。」

「どうぞ、そんなに遠くでなければ

どこでもお連れしますよ。」

勝手に買い物か何かかと思っていた俺は

彼女の口から告げられた行き先に

驚く事になった。


「お墓…お世話になった人のお墓がある

霊園に行きたいんです。」

「…………」

「あ、すいません変な事言っちゃって…」

「あぁ、いえいえ、想像してなかったもんで

……大丈夫ですよ、そんなに遠く無ければ」

「ありがとうございます……」


移動は正午前から始まった。

全ての色彩が鮮やかに捉えられ

木漏れ日と爽やかな風が

とても心地よい日和だった。

移動の足として用意された車を

お墓に向けて運転しているのが

今でも微妙に信じられないくらいの

清々しさが感じられたが、

車内にはそれに相応しい沈黙を保っていた。

「どなたのお墓なんですか?」

「え?」

「突然すいません。

どういった関係でお世話になった人なのか

ちょっと気になったもので…」

「そぉ…ですね………

マトモな人生を教えてくれようとした恩師…

って言った方がいいですかね…」

沈黙に耐えかねたといった感じで

投げかけられた問いに

窓の外に目を向けながら答えた。

「マトモな人生……ですか…」

「はい……」

思い出したくない辛い過去が

言葉の底に沈んでいた。

本当なら沈黙を貫きたかったのかもしれない。

だが、彼女は自分が何故、

マトモとはいえない人生を送ってきたのか、

眠りについている恩師がどのように救ってくれたのか

墓参りの道中に語ってくれた。


山奥の霊園に着いたのは

陽が落ち切る1時間ほど前だった。

辺りにはより一層ひっそりとした

空気が漂っているように感じられた。

先に階段を登っていく彼女を

ふと目を向けると

スラっとしたしなやかな腕の先に

鮮やかな花束が握られているのが見えた。

様々な色彩と形状が複雑に重なり合い

単色の風景に酷く映える。


「ここです。」

階段の途上、左右に伸びる通路を

左手に曲がってしばらく歩くと

目的の場所で彼女が足を止めた。


「徳田家之墓」


墓標にはそのような文言が

しっかりと刻まれていた。

彼女の言う恩師の墓は

清掃がよく行き届いた

とても綺麗な状態でそこに立っていた。

それは墓参りに来る人が

それだけ多くいる事と示すと同時に

このお墓に眠っている人物が

あ〜こちむ以外の人々にも

慕われていたことを示すには十分だった。

道中、彼女が車内で語ってくれた昔話を思い出せば、

それに相応しい人物だと深く納得できる。


「徳田門堂」


それがこの墓の主にして

あ〜こちむを美人局として使っていた

クズどもから救い出そうとしてくれた

恩師の名前だった。

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