叙述探偵

朝香るか

第1話売れない脚本家の回想

 本を書くときは死体を転がしておけ。

 早々に遺体を発見させれば、とりあえずは事件は発生する。

 物語の起承転結が転がり始めるのだ。


 物語の基本中の基本。

 それは知っている。

 サスペンスの王道であり、幾千の物語の冒頭は同じだ。


 にくい相手が死去してから物語が始まることだってざらだ。

(ありきたりだよなぁ)

 電子タバコを吸いながら、新しい展開を考える。

(次に売れないとクビ宣告だものなぁ)

 君、脚本向いていないよ。つまらない。


 テレビ局のADに下読みの段階でダメだしされた。

 そんなことないと自分では思っている。

 だが、この脚本でいくら視聴率を稼げるかを、

 AD相手にプレゼンしなければならない。


 そう、ディレクターですらないのだ。


 俺の話す相手は。

 電子タバコが充電切れのようだ。

 舌打ちする。

 目線をパソコンに戻す。

 何も出てこない。

 一行書いては消すの繰り返しだ。

 頭に浮かぶのは『面白くない』

 ありきたりだ。

「何かいい書き出しをしないと」

 焦る心とは対照的に指は何にも動かない。

 ため息ばかりが漏れる。

「あーあ。もう。コーヒーかってこよ」

 古いパイプ椅子から重い腰を上げた。


 ☆☆☆


 ガコン。

 最近高くなった缶コーヒーを買い、自販機を見つめる。

 いつもやっている占いだ。

 今日も数字がそろうのかぼんやりと4ケタの数字を見つめる。

 ピコンピコン。

 この自販機で初めてのあたりだ。

「ここで当たってもな」

 30の時間が設定されて、一秒、また一秒と減っていく。

 迷って今度は無糖のコーヒーのボタンを押す。

「運はここでおわったのか」

 ぼやいてふと窓の外を見た。

 白い壁、白い窓。その透明な窓ガラスから美女が見えた。

 モデルのような美しい女が歩いていた。

 10代後半だろうか。

(あんだけきれいならスカウトたくさんありそうだ)

 どうやら駐車場に向かっているらしい。

(ここは地方とはいえテレビ局。そりゃ、美人もいるか)

 外国の血が混じった美しい子だった。あと20年若ければナンパしていたところだ。

 哀しいかなもう30代後半。

 腹は出てくるわ、顔の脂肪は取れないわ。

「そんなことより書くか」

 監視が付いているような重い部屋へとトボトボと戻っていくのだった。


 さて、話を戻そう。

 ただの20代の男ではインパクトのかけらもないが、クォーターの男なら多少印象出来ではないだろうか。

「この男をどうするか」

 殺すのか、犯人役にするのか。

「悩ましいなぁ」

 ため息は小さい机とパイプ椅子しか置いていない空間に空しく響いた。

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