魔法少女と願い事
天然無自覚難聴系主人公
第一話 『魔法少女と戦い方』
第1 魔法少女。
「――キミは今から魔法少女になるんだ」
黒くてフヨフヨとした猫でも犬でもない小型の生物が私にそう告げる。変な形の尻尾を不規則に揺らしながら重力を無視しているその生物は当たり前のように宙に浮かんでいた。
その瞳の焦点は定まっておらず、私を見ているようにも、どこか遠くを見つめているようにも感じられる。気味悪く上がった口角の奥には、舌すら見えない虚ろな口腔が広がっていた。それは普通の生物とは思えなかった。そして、じっと私の答えが出るのを浮遊しながら待っている。
この光景に追いついていなかった思考がようやくまとまり、唇を震わせながら口を開く。
「……え、嫌ですよ」
今から数分前の事。私は何かに強く呼ばれるように誘われていつの間にか気味が悪く、通った事のない路地に足を踏み入れていた。
導かれるように動く脚は初めて入る道を迷うこと無く進み続け、どこまでも暗い路地を突き進む。ビルの間は日の光が届かず、建物の壁には深緑色のコケがびっしりと生え、時折水滴が静かに落ちる。排気口から発せられる油と鉄とが混ざり合ったような嗅いだことの無い変な匂いが鼻を刺激する。明らかに人間が通るような場所ではないのが分かる。
ネズミが驚き横を逃げていき、私は声も出せずに固まった。引き返すべきと頭では理解しているが、なぜかこの先へ進むべき気がして抗う事をしなかった。そのまま何本もの分かれ道を抜けると自然と足が止まった。
何も無い汚い路地裏かと思えばガサゴソと何かが動く。またネズミが地面を這っていると思った矢先、ぎょろりとした、気味の悪い単色の目玉がこちらを向いた。ネズミのように気持ち悪い登場に思わず小さな悲鳴を漏らす。
一歩後ずさりし、その場を離れようとするとその小さな体がフワフワと空中に浮き始める。暗い路地の光がそれの全身を照らし、露わとなった異形の二頭身姿に逃げる脚が止まる。
「もう新しい子が来るとは……やあ、ボクはウィルネ。魔法少女を導く存在だよ――」
そして冒頭に戻る。きっぱりと断られる事を想定していなかったのか、少しの間沈黙の時間が訪れる。けれどウィルネの顔色は変わらずに黒いままだった。
「……魔法少女に興味無いのかい? 最近ボクが付いてた子が魔法……悪い敵に負けちゃってね。次の子を探していたんだ」
悪い敵。魔法少女の敵。昼夜問わず現れては魔法少女と戦う悪。しかしテレビの放送ではいつも負けているか窮地に立たされ逃げ出す所しか見た事が無い。けれどその勢力は衰えることは無く常に攻撃を仕掛けている。
魔法少女。人間の味方。敵が出ては倒してくれる正義。十歳から十八歳の少女が突然力を手に入れ魔法少女となる。日々現れる敵は魔法少女しか倒せないためその存在は貴重とされている。憧れた事もあったが、中学になる頃にはそんな気持ちは一切思い起こさなかった。
「テレビとかで憧れをもった事はありますけど……悪い敵とは戦いたくないです」
気味悪く上がっていた口角が下がり始め、最初に見た笑顔を上下反転させたように口角が下がっている。この雰囲気からいつ逃げ出そうかと頃合いを見計らう。
ずりずりと後ろに下がり始め距離を取り始めると退路を断つようにウィルネは私の背後に回り込んだ。本当に困っている表情で身の上話を始めるが、私の頭にはその内容がほとんど頭に入ってこなかった。
「――だから頼むよ。キミのお願いを何でも叶えてあげるから」
その言葉が耳に入り逸らしていた顔を向ける。食いついたのを悟られたのか下がっていた口角が再び上がり始め、笑っているのに怖さしかない笑顔に戻り始める。
「本当だよ。キミが魔法少女になって沢山力を集めれば願いを叶えることが出来る。魔法みたいでしょ? こんな浮いて喋ってる生物が実際に力を与えるんだ。信じられるでしょ?」
願いを叶える。その言葉を聞いた瞬間思い出すのは無機質で面白みもなく、機械の音しか聞こえて来ない静かな部屋。そんな空間で眠りにつく妹の存在。もう長く話していない。目も合わせてくれない。ただ静かな病院で横たわり、微かに息をしているだけの妹。もう一度話がしたい。もう一度笑い合い、遊びたい。
私の中に残る罪悪感が解放を望んでいる。これを逃せば私は妹を見殺しにした事になる。元気な声でもう一度呼ばれたい。私の胸の中はいくつもの感情が入り混じって混沌とした何かになる。それはとても重く、胸が痛む程黒くて深い深い清らかな感情。この願いだけで私の心を動かすには十分だった。警戒心はいつしか薄れ、その力が欲しいという羨望が心に満ちていくのを感じた。
魔法少女となれば戦闘は避けられない。痛みを伴うのは確実だ。それでも、己の身を犠牲にしてでも妹の笑顔が見たい――私は拳を強く握った。
「私、魔法少女になります……!」
強い決意を宿した真っすぐな瞳でウィルネを見つめる。きっと私の瞳は、魔法少女に相応しい輝きを放ち、希望に満ち満ちたような明るい表情になっていたに違いない。そして同様にウィルネの気味の悪い笑顔も大きく、喜んでいるようだった。
「よく決心してくれた。じゃあ、まずは力を与えようか」
黒い手の部位を重ね合わせ、丸い目が閉じる。真っ黒なその身体から暗い光が漏れ始め、その光は段々と明るさを増していく。だが、対照的に中心の暗さはさらに深い黒色へと変わっていく。
両手で丁寧に持たれた光を差し出され、私はその光を受け取る。掌に広がる熱が本当に力を持った光という事を指し示す。そしてそれをゆっくりと胸まで運び、押し当てる。スッと入って行く光は身体の中心で熱を発して身体中が熱くなる。感じた事の無い何かが体の中を暴れるように流れていき、今にも何かが溢れ出しそうな感覚に全身を襲われる。その熱に息を呑み、呼吸が狂う。
「ぅう……っ! っく……! っはぁ……はぁ……」
「驚いたね。ボクが今キミに与えた力は少ないのに変換効率が高いね」
じんわりとある余熱の感覚に頭をぼやかされながらもこの身体に入った確かな力を実感する。動悸の治まらない胸に手を当て、本当に願いがかなうかもしれないという希望に思わず笑みがこぼれる。
「なんだか気味の悪い笑顔だね」
「ウィルネさん……? には言われたくないです」
笑顔を咄嗟に隠すももう遅い。やる気は完全に向こうに伝わっている。ウィルネさんの薄気味悪い笑みは止まない。なんとか呼吸を落ち着かせ、肩を撫で下ろす。一見して身体に変化は見られない。だいぶ端折られた説明によるとどうやら厳密にはこの身体で戦うのではないらしい。見た目は同じらしいが、私は私でなくなるらしい。
「とりあえず変身してみようか。合言葉は――」
二頭身の分かりにくい動きを見よう見まねで切り抜け、胸に手を当てて合言葉を言われた通りに反復する。
「反転の星に願いを――トランスフィグラーレ……!」
大きく胸が弾けるように鼓動し、入ってきた時のように全身が熱くなる。
「っ……っん」
胸から指の先まで広がる熱は全身を包み、感覚を薄くする。服の感触が消え、身軽になった身体。よく聞く噂通りに本当に裸になっているような感覚。そんな感覚もすぐに終わり、ピチピチとした少しきつめの服に締め付けられる。長い手袋、首元を絞める何かと、次々に小物が身を覆っていく。
熱が全身に満ちて安定した事を確認し、ゆっくりと目を開け自分の姿を確認する。黒いアンダーバストコルセットがきつく巻き付けられ、華奢で頼りなさそうなボディーラインを際立たせている。レースの装飾が鮮やかに光を反射し、背面は編み上げ式で、結び目のリボンが私の動きに合わせて静かに揺れている。
インナーはレオタードの様な服が上半身を全体的に締め上げ、ゴシック風の何層も重なるフリルが優しく広がっている。肩や背中が大きく露出し、普段外に出ない事がバレる色白い肌が丸見えだ。
脚の露出は少ないが、内ももに触れるひんやりとした金属の感触だけが気を惑わす。想像していた魔法少女の変身姿よりも黒く引き締められている。ピンク色でもなければ青や黄色でもない。紫色ならば何とか出来たかもしれないが、言い逃れようのない黒色の服。
「魔法少女というよりかは敵の幹部みたいな格好してますけど……」
私の回りを飛び、ジロジロと確認される。きっとこれは何かの間違いなのだろう。黒い魔法少女など見たことがない。けれどウィルネから飛び出した言葉は『完璧』という一言だった。
「よし、じゃあ早速力を溜めに行こうか。その力は実践で慣れた方が早い」
「えっと……敵を倒したら力が溜まるんですか?」
先に進もうとするウィルネさんは動きを止め、ゆっくりと振り返る。逆光に照らされその黒い姿が際立ち、そこにはっきりとした丸い目と、裂ける程の笑顔でこちらを見つめる。その気味の悪さに嫌な予感が全身に駆け巡った。
「そうだよ。魔法少女を殺せば力が手に入るんだよ――」
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