第20話 住民の決断

 事務総局のホームページには、ミサイル攻撃事案に関する報告書とその根拠資料の他、火星独立に関する方針について、以下の概要が掲載された。



「火星諸都市は独立を宣言し、独立に必要な外交、防衛、課税等の権限を事務総局に委任する」


「事務総局は火星臨時政府とし、当面の間、火星を代表する」


「火星は、火星諸都市を州政府として、事務総局を連邦政府とする連邦国家を目指す。可及的速やかに、連邦政府の長及び連邦議会の議員を選挙により選出する」


「火星の発展及び住民保護のため火星諸都市間で共通化すべき事項については、可能な限り連邦政府の権限とする」


「常任理事国の火星に対する施政権、財産権及び領土権については、放棄を求めるが、一定の対価や課税の徴収を前提に、当該財産権の全部又は一部を容認する」



 火星諸都市のマスコミは、特番を組み、事務総局が公表した方針等について報道した。様々な情報網で激論が交わされた。


 常任理事国は、住民投票の結果が出るまで様子見のようだった。


 一部の常任理事国からと思われる事務総局のシステムへのサイバー攻撃があったが、大きな被害はなかった。


 常任理事国のマスコミの論調は様々だった。火星の愚行と断じるところもあれば、かなり好意的に報じるところもあった。


 特に、アメリカや日本では、火星の独立に比較的好意的な論調が目立った。


 また、87年前に常任理事国等から独立した月の諸都市のマスコミも、独立に好意的な論調が多かったが、月政府自体は、コメントを避けている状況となっていた。



† † †



 午後9時、住民投票システムによる住民投票が締め切られた。投票率は8割以上。投票の結果、独立賛成が圧倒的多数となった。


 火星諸都市の全ての市長は、それぞれ声明を発表し、民意に従い独立を宣言し、独立に必要な外交、防衛、課税等の権限を事務総局に委任することを明らかにした。


 事務総局は、当該委任を受け、午後10時から火星臨時政府として行動する旨を宣言した。



† † †



 火星周回軌道上の火星共同警備隊基地。独立賛成の投票結果が発表された直後から、巡視船オリンポスをはじめとした巡視船艇が次々と出航した。


 巡視艇アルシアは、応急修理が途中のまま、火星周回軌道に乗った。


「まだ第1格納庫の気密性は十分ではありませんが、1部区画の閉鎖で何とかなるでしょう」


 各区画の気密性等をチェックしながら、熊野が言った。深瀬が苦笑する。


「艇体に穴が空いたまま出航なんて前代未聞だが、まあ今回は仕方ない。何とかなるさ」


「我々が担当する火星周回軌道で戦闘が行われる可能性は低いしね。ここまで攻め込まれたら敗北だよ」


 西郷が仮想操作卓で他の巡視船艇の動きを見ながら深瀬に聞く。


「主力部隊はどこまで進むのでしょうか?」


 深瀬が両手を頭の後ろで組みながら答える。


「おそらく、火星-地球中間点の手前、無人観測機が配置された宙域までだろう。そこより先に行くことは、先制攻撃になってしまって、独立を非難する格好の材料にされてしまうしね」


「まさに星間戦争前夜……なんとか戦争を回避したまま、火星独立の夜明けを見たいところだね」


 深瀬は、操舵室壁面の共有ディスプレイに映る火星と、地球方面へ向かう主力部隊を見つめながらつぶやいた。

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