第11話 式典

「……今日は過去300年で火星と地球が最も近づく日です。とはいえ、その距離は5569万キロ。いくらせっかちで早歩きの私でも、生きている間に歩いて地球には行けない距離ですが」


 火星-地球大接近を祝う式典。アメリカ領オフィル市の市長の演説に、ちらほらと笑い声が聞こえた。


 オフィル市長が演説を続ける。


「この距離をものともせず、火星と地球それぞれの住民、政府が手を取り合って、ともに進んで参りましょう!」


 オフィル市長が演説を終えると、招待者等が一斉に拍手をした。


「火星については『政府』って言わないように、ちゃんと伝えたのになあ」


 オフィル市長の演説に拍手しながら、事務総局の外務局北米課首席事務官の篠原しのはらなつは、タメ息をついた。


 事務総局を「政府」と呼ぶことは、火星住民にとって当たり前のことになっている。


 オフィル市長も、いつもの感覚で思わず言ってしまったのかもしれない。もし意図的だとすると厄介だが。


 火星諸都市の市長の中には、常任理事国がそれぞれの都市を領土としている現状に不満がある者も多い。


 式典後の立食パーティーで、篠原が地球から赴任してきている日本政府の火星事務所長と雑談をしていると、日本領カセイ市の市長が日本酒を持って話に入ってきた。


「いやあ、盛大なセレモニーでしたな。篠原さんも所長も準備で大変でしたでしょう。お2人は日本酒はいかがですか?」


「恐れ入ります」


「それ、最近カセイ市で話題のお酒ですね。是非とも」


 篠原と所長が頭を下げた。カセイ市長が篠原と所長に日本酒を注ぐと、自分のグラスにも注ぎ、所長に話し掛ける。


「そう言えば、以前にご相談した火星内の通関手続の撤廃はいかがでしょうか?」


「ああ、あれですか。火星の各国領土間は特例でかなり手続が簡略・免除されています。これ以上の簡素化はなかなか……」


 所長が申し訳なさそうに言った。カセイ市長が苦笑する。


「それは重々承知していますが、遥か彼方の日本へ輸送する際には不要な通関手続が、近隣のオフィル市へ輸送する際には必要になるというのが、どうも解せませんでしてな」


 所長が笑顔を崩さずに答える。


「例えば、与那国島は本州よりも台湾の方が遥かに近いですが、台湾に輸出する際には通関手続が必要になる。それと同じことですよ」


 カセイ市長も笑顔のまま話を続ける。


「そんなもんですかな。ですがカセイ市とオフィル市は、都市間交通網が整備され、日常的に人が行き来しています。もはや一つの都市圏を形成していると言っても過言ではない」


「そして、両市に対しては政府……失礼、事務総局が日米両国の認める範囲で共通的な公的サービスを提供してくれている」


「しかし、その範囲外では、火星の実情に合わせた柔軟な対応をなかなか進めてくれない……」


「いっそのこと、遠くの親戚より近くの他人という感じで、すべての行政サービスを事務総局に担ってもらった方がいいのではないかと思うときがありますよ」


 それを聞いた所長が笑った。


「ははは、手厳しいですね。カセイ市は地球から遠く離れていますが、同じ日本国民として引き続き最大限サポートさせていただきますよ」


 カセイ市長が日本酒を一気に飲み干した。冗談めかして所長に話し掛ける。


「火星の住民が、遠くの親戚と縁を切って近くの他人と一緒になった方がいいんじゃないかと思わないよう、どうかよろしくお願いしたいところですな」


「ははは、血は水よりも濃いといいます。そうはならないと思いますけどね」


 所長が笑い、カセイ市長も一緒に笑ったが、2人とも目は笑っていなかった。


「ま、まあ、立場こそ違え、同じ日本人同士。皆で協力して頑張って参りましょう!」


「あそこに置いてあるお寿司、カセイ市の有名店のもので、若者に大人気でなんですよ。ご存知ですか?」


 篠原は、無理矢理明るい笑顔でそう言って、話題を変えた。

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