第16話
世界は少し脆くなっていた。
世界を維持するためのエネルギーの生産も遅くなっているのだから、そりゃそうなるか。
こんなことになるなんて、当初は予想していなかった。
しかし「こんなはずじゃなかったのに」とは言わない。
望んだ結果であることは確かだったから。
「世界が少し遅くなりました。感想は?」
「悪くねえな。田舎にいた頃を思い出す」
魔神も遂にボケるようになったか、感慨深い。
「そうしたら、まず真っ先にやることは決まっていますよね?」
「ああ。ヤツの首をもらい受ける」
朧の居場所はもう割れている。というか、放っておいてもあちらの方からやってくることになるだろう。TODを狙うような性格はしていないだろうから。
私たちはできる限り早く決着をつけなければならない。
処理落ち状態が長引けば、いよいよもってカタストロフが起きてしまうから。
そうなると、応急処置的に代理の《到達者》が強制的に選出されることになる。
その場合、あの軍服の《プレイヤー》が選ばれる確率が最も高いだろうから。
「しっかし、勝てる見込みはあるんですかね?」
今の戦力差では、彼女の中にいるピー子に暴れてもらうくらいしか、勝ち筋が無いんじゃなかろうか?
「怖じ気づいたか? らしくもねえ」
「何か良い攻略法でもないですかね」
復活した街区から、記憶喪失の謎の少女が見つかり、その少女が実は敵の分かたれた心臓部で、その子が攻略の鍵になる……的な展開を期待したいところだが、残念ながら敵の弱点はそう都合良く転がっていない。
「搦め手が通用しないヤツが一番厄介だ。正面から殴り勝つしかねえ」
「これ以上負荷掛けたら、流石に世界が落ちますよ。復旧の見込みはありません」
「お前という致命的なバグを放置したままにしたのがいけなかったようだな」
世界のバグ、か。ふふ、そう言われると何だか照れてしまう。
まるで世界を背負う少女のようではないか。
「ねえこれって今、セカイ系?」
「何の話だ。気を抜いてる場合じゃねえぞ」
ハァ。魔神がもうちょっと繊細な性格をしていたら、ボーイミーツガールだったかもしれないのに。
でも、これはこれで悪くない。
「ところでもう、相手方から果たし状は受け取ってるんですか?」
「ああ。根城に来いとよ。どこまでもラスボス気取りのいけ好かねえヤツだ」
こういうのって、後から真の敵が出てきたりしないだろうか?
「とんだ噛ませ犬ですね。前座としてサクッとやっちゃいましょうよ」
「あるいは、この世の真理の番人か」
「あー、そのパターンもありますか」
実は朧は、何かからこの世を守る守護者で、倒したことにより結界が決壊し、この世の均衡が崩れてしまうのだ的な。
だが、それなら倒さないことには話が進行しない。
「景気づけにここらで一発キスでもしときます?」
「なんでそうなる……」
「ほら、後悔する前にやれることはやっとかないと」
口を尖らせて魔神に迫る。しかし、頭頂部を押さえられ、拒絶される。
「いーじゃん別に減るもんじゃないし」
「お前が言うセリフか? それ」
「魔神さんの臆病者! ヘタレ!」
「…………」
魔神は鈍い微笑みを浮かべる。こういうのが一番怖い。
「わかりました。帰ってきたら続きをしましょう」
「続きもしない。お前とは何もしない」
「じゃあ、いつしてくれるんですか?」
「いつになってもやらない。オレが女のために戦ってるとでも?」
「……そういえば、あの人の話まだしてませんでしたね」
魔神には過去に女がいたのだ。その話をまだしていなかった。
「つまらん話だ。今するもんでもない」
「わかりました。じゃあ、こっちの話こそ帰ったらして下さいよ! 約束ですからね」
「……その機会があればな」
朧冥夜の住む城は、この国に元々あった城とは、趣の違う物だった。
どうやらテーマパークのアトラクションを改造したもので、本物の城ではないようだ。意外とファンシーな趣味をしている。
正門から場内に入る。正面には既に玉座に鎮座ましましている《プレイヤー》。足を組み、拳で頬杖なんかついていかにも尊大な態度。
「よくきたな。歓迎しよう」
「随分なお出迎え……ではありませんでしたね。てっきり部下を囲っているものだとばかり思っていましたが」
ラストダンジョンだというのに、異様に静かで単純だった。ワープ装置もない。
「《プレイヤー》というのは獣でね、力を介さないことには決して屈服しないんだ。君もそうだろう? 魔神壊くん」
「よくわかってるじゃねえか。それでこそ、奪い甲斐がある」
私抜きで話が進んでる。先に啖呵を切ったのは私なのに。
「ちょっと、置いてけぼりにしないで下さいよ。魔神さんが黙ってませんよ!」
「ふふ……ちょっと揶揄っただけだよ。今ならまだ、我の下に就いてもいいぞ。小鳥ちゃん」
そう言って軍服の《プレイヤー》は、腕からピー子を取り出す。
「その方がこの子も喜んでくれるだろう」
《プレイヤー》はその顔を、私と瓜二つであるピー子の顔に近づける。やだ、そんな
の見せられたら自分のことのようにドキドキしちゃう。
「悪ぃな。こいつはもう、オレのもんなんでな。今更お前のところにゃ行かねえよ」
遮るように私の前に立つ魔神。やだもう、魔神さんってば!
「ほう。その男に手懐けられたか。いいだろう。君を解放してやる」
朧は立ち上がり、手を武器の形に変形させる。シンプルなサーベル。
「その前に、訊かなきゃならないことがあります」
「何だ。興を削いでくれるなよ?」
「あなたは、果たして倒してもいい系の人でしょうか?」
彼女は眉根を寄せ、やや考えこむ。それからしばらくして、何かに思い当たったように顔を上げる。
「それは戦いの後、自ずとわかることだ。それとも、先に話しておかなければ力を出し切れないかね?」
「まぁ、できれば……けど、倒さなきゃわからない謎っていうのも、それはそれでモチベーションになります」
「その気になってくれたようで助かるよ」
早速、《プレイヤー》からの第一刀。空間を裂く斬撃。漫画で見たことあるヤツだ。
「魔神さん、あの人が刀の名前を叫んだら注意して下さい」
「そんなものはない!」
真空波が飛んでくる。《プレイヤー》は地獄耳。
流石にラスボス格。攻撃の熾烈さもインフレしている。
「逃げ回っているだけでは勝てないぞ!」
Xの形に交差して飛んでくる斬撃。まともに受ければ、格好いい形に斬られてしまう。
だが魔神は、斬撃を影で受ける。けれど空間ごと切り裂く刀は、影そのものを紙切れのように斬ってしまう。
斬られた魔神から、血が噴き出す。
「この形に噴き出す血液は初めて見ました。もう少し観察していていいですか?」
早く直せ、と無言の圧。私は唇を尖らせながら〝修復〟する。
「もっと緊張感を持った方が良いな、君は。それとも何かね? それは君の素質なのかな?」
カツカツとヒールの音を響かせながら、こちらににじり寄ってくる軍服の女。この人絶対サドだ。
「私には、〝命〟の感覚が欠けているのかも知れません。死ぬのが怖くないわけじゃないんですが」
生きている、という実感が薄い。
いつもこの世界をフワフワとクラゲのようにたゆたっているような、そんな感覚しか私には無かった。
「そうか。ならば死んでも問題はないということだな!」
私に向けサーベルが振り下ろされる。
流石にこれはヤバいか? と思われたその時。
鳴り響く、刃のぶつかり合う音。
「魔神さん、ついに死の淵で覚醒したんですね……!」
全身に影を纏った魔神が、サーベルの切っ先を素手で受け止めていた。
「でもその姿、完全にヴィランのそれですよ」
サーベルの刃を掴み、魔神は相手の動きを止めると、《プレイヤー》の脇腹に蹴りを入れて吹っ飛ばす。
「うるせえよ。格好なんか気にしてる場合か」
おそらくこれまで奪取してきた物の質量が全て乗っているのだろう。痩身から繰り出されたとは思えない、重量感のある足技。
「ふ、ふふ……いよいよ愉しくなってきたじゃあないか」
アーッハッハッハ、とコッテコテの笑いを上げる朧。あんな蹴りをまともに受けたのに、涼しい顔をしていられるのは流石だ。
彼女は一見無秩序に見えるような動きでサーベルを振り回す。
けれどあのサーベルが普通ではないことは周知の通り。このまま建物ごとぶった切るつもりか? と言うくらい空間に切れ目を入れていく。
魔神は私の前に出ると、地面から伸びる影で私を包み込む。
「魔神さんと繋がったまま戦うなんて、頭がフットーしそうです」
「そのまま溶けて無くなっちまえ」
実際、一体化して戦うのは有効な戦術だろう。
けれどそれは、流石に捨て身が過ぎる。できれば最後の最後まで取っておきたい。
周囲の壁や床が斬られ、崩れ落ちる。発狂モードにでも入ったのか? と勘違いし
そうになるが、おそらく彼女なりに何か意図があってのことだろう。
たぶん、この後巨大化する。
「さあ、それでは第2ラウンドと行こうか」ほらきた。
黒い、禍々しい気が《プレイヤー》に向け集まっていく。朧は両腕を広げ天を仰ぐと、天井に向け溜めた気を発射した。
空が黒く染まる。それに呼応するように、軍服の下の肉体が膨れ上がっていく。
そうして現れたのは、翼が12枚ある全身が黒い気で覆われた、悪魔の姿だった。
「大方の予想通りでしたね」
悪魔はこちらを睥睨し、不敵に微笑んでいる。
「我を愉しませてくれよ」
翼からこちらを追尾するビームが飛んでくる。爆煙が巻き起こり、さしもの魔神であっても平気じゃ居られないだろう。
「どうしますか、魔神さん? これ、派手にピンチですよ」
「デカブツはピー子だけで終わりだと思ったんだがなぁ」
「私も同じ感想です」
まさかのデカブツ2戦目。それとも、終盤というのはこういうものなのだろうか。
私は魔神の傷を〝修復〟し、浮いている悪魔の方を見遣る。
「ちょっと私じゃついて行けそうにないですね」
「オレ一人で行く。お前はここで待ってろ」
「しばらく私と離れることになりますが、寂しくないですか?」
今の魔神であれば、彼女にダメージを通すことが出来るはずだ。だが、私が就いていったのでは足手まといになる。
「お前は生きてるだけでいい」
「なら私の想いを魔神さんに託しますね」
「話を聞かねえヤツだ」
私は自らの分身を作り出す。だが、質量のない、幽霊のようなものを。
そしてその分身を彼の背中にまとわりつかせる。
「子泣きジジイみたいなものだと思って、背負っていって下さい。きっと役に立ちますから」
「せめてもうちょっと上手い喩えにしてほしいもんがな……」
魔神は分身の私を背負ったまま走り出す。
覚醒して動きのキレも格段に上がった魔神は、飛んでくるビームも軽やかに躱す。とても女子高生を背負っている動きには見えない。
「ならば、これでどうだ!」
悪魔は手から極太の光線を放つ。
その格に相応しい、超強力な一撃。けれど魔神は、それを正面から受けに行く。
「バカなのか、貴様」
否、彼が無策で敵の砲撃に突っ込んでいくはずが無い。
むしろ魔神は待っていたのだ。乾坤一擲の攻撃が飛んでくるその瞬間を。
今の彼ならば、全てを奪える。たとえそれが、全てを焼き尽くす光であっても。
光が、魔神に吸収されていた。
「なッ……貴様、まさか!」
「そのまさかだよ!」
光を吸収した魔神の身体から一条の光が放たれる。
悪魔の攻撃を吸収し、そっくりそのままお返しした一撃。
だが、敵は一時的に力を使い果たし、防御に回すリソースすら無い状態。
その状態で、自らの全力を受ければどうなるか。後はご想像にお任せしたい。
「ふざけるなあああああああああァァァァ!!」
光に焼き尽くされる《プレイヤー》。あまりにもあっけない断末魔が響き渡る。
「借りたモンは、倍にして返さねえとな」
背中から彼に手を回す私の分身が、淡く光る。そして魔神の失われた力を全て〝修復〟した。
「やったか……!?」
空が晴れ渡る。が、同時に地面も揺れ動く。
まぁ、そうですよね。
天空に亀裂が入る。ピシピシ、と音を立てて透明な何かが割れる。
「…………ここまで我を手こずらせるとは、正直思っても見なかったぞ」
真の姿を現した《プレイヤー》。
やっぱり、挑むのは少し早かった気がします。
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