第14話

 悲しいことに、私は新しいものが好きだった。


 これまで力を見せびらかさずにいられたのは、そのおかげであると言っても過言ではない。


 そんな私が〝修復〟を持ってしまったのは、不運だったのかもしれない。


 だって〝修復〟すれば済むのであれば、新しいものなんて必要なくなるから。


 ピー子があの《プレイヤー》・朧に奪われてから、一週間。


 世界は新しいものに取って代わられつつあった。


 魔神曰く、これは新陳代謝なのだそうだ。


《到達者》を決める戦いがあると、世界は新しくなる。


 なぜなら《プレイヤー》にとっては、より古いものの方が価値を持つから。

《アウラ》は、古いものの方が強い。


 何故かは知らない。ただそうなっているからそうと言うだけ。


 でもその事実は、私にとって不都合であることもまた事実だった。


「それって、これからはものを捨てない方が良いってことですよね?」


 今日は一段と砂塵が舞っている《収奪区》。キャラバンのテントのような場所で風を避けながら、私は魔神に尋ねた。


「そういうことになる。迂闊に《収奪区》に物を廃棄するもんじゃねえ」


「どうして古いものの方が、価値を持つんですか?」


「さあな。知らねえ」


「まぁ、使用済みの下着の方が新品の下着よりも値がつきますからね」


「…………」


 ラスボス候補が現れたというのに、私たちは依然としてこんな調子だった。


「一説では《原型》に近いからだといわれている」


「《原型》? また聞き慣れない単語が出てきましたね。そうして覚えること増やすのやめてくださいよ。混乱します」


「説明を求めたのはお前だろ。黙って聞け」


《原型》。それは、概念を世界に現出せしめた物のこと……だという。


 概念とは人の頭の中にあるぼんやりとしたイメージのことで、それを形にした物が《原型》というものらしい。


「でも人間、そんなにイメージ通りに物は作れませんよね?」


「そうだ。だから、人の作る物はどうやっても概念の近似値にしかならねえ」


 それならば、芸術家や仏師のしていることは、全部無駄になってしまうのではないだろうか? だとしたら、何か虚しい。


「完全な《原型》はこの世に存在しねえ。あるとすれば、それは実相のない霊体のようなものだ」


「それなのに、《原型》に近いものの方が価値を持つんですか?」


「そうなる。既にあるものより、あるかどうかもわからねえ財宝の方に価値ってのは見いだされるらしい」


 まやかしのほうが実物よりも価値がある、か。


 どこかわかるような気がした。


「でも、それだと古いものの方が価値があるって言うのはおかしくないですか? 物っていうのは、徐々に便利で高性能に改良されていくものですよね? それだったら、世代が進んだものの方が、より《原型》に近くなるんじゃないですか?」


「重要なのは、概念そのものだ。人工物が継ぎ足しを繰り返されたスープみてえなもんだとしたら、さしづめ概念はスープの出汁ってところだ」


「なるほど。出汁がなければベースになる味も決まりませんから、その分だけ概念の価値が高くなるってことですね」


 大変わかりやすい例えだ。やや俗っぽすぎる気もするけど。


「用途の定まり切った実物よりも、概念の方が夢を見させてくれるだけ価値がある、みたいな?」


「……そうかもな。ま、何にせよ価値の詳しい決め方はオレにもわからねえ。あるがままを受け入れるしかねえって事だ」


 魔神はそんな身も蓋もない結論で話を打ち切る。


 何てことだ……私が今まで有り難がって食っていたのは、ラーメンではなく情報だったなんて……軽くショックだ。


 しかしおかげで、これから何をすべきかが少しわかった気がする。



 古いものにこそ価値が宿るのであれば、敵に取られる前に〝修復〟してしまえばいいちうのは自然な発想だ。


 処理落ちのリスクは未だ消えない。ならばその前に、魔神に奪取させれば良いだけだ。


 というわけで。私は《収奪区》のものをひたすら〝修復〟する。


「何をしている?」


「あ、魔神さん。直したんで、これ全部行っちゃってくださいよ」


「これ全部喰わす気か?」


「これぐらいで音を上げてたら、一人前の力士にはなれませんよ」


 魔神はタダでさえ体型が細く、血の気のない顔をしている。


 いっぱい食べて栄養をつけて貰わなくては。


「断る。大体これ、さほど古くねえじゃねえか」


「そんな殺生な……っていうか、そうなんですか? 知りませんでした」


「《収奪区》にあるものが、全て使い古されたものだと思うなよ?」


 てっきり私は《到達者》に収奪されたものは全て要らなくなったものだとばかり思っていた。


「《到達者》はオレよりも悪食だ。加えてあいつは、リサイクル業者でもゴミ処理業者でもねえ。生贄を必要とする、れっきとした御神体だ」


「じゃあ、どういった基準で捧げられる生贄は決められてるんですか? やっぱり可愛い子が選ばれやすかったり?」


「さあな。ヤツの気まぐれだろう。それか、必要とされているものか。どの道、知っていたところで避けられるようなもんでもねえ」


 諦めな、と魔神は嗤う。


 コイツ、さては《到達者》になった暁には、私を生贄としてもらい受けるつもりだな?


「じゃあこのゴミの山は……?」


「手のひらを返すにしろ、もう少し間を挟んでほしかったんだが」


 切り替えが少し早すぎただろうか。


「置いとけ。オレが再生するときの糧にくらいはしてやるよ」


「処理落ちしそうなんですが……」


「それを早く言え!」


 魔神はムシャムシャと〝修復〟されたものの山を奪取していく。


 こんなゴミでも美味しそうに食べてくれるのはありがたい。


「一杯食え……おかわりもあるぞ」


「てめえ、大概にしろよ!」


 そう言いつつ、魔神は出されたものを全て平らげたのだった。

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