第7話
「で、何を見たんだよ?」
魔神は何やら愉しそうに私に聞く。
廃墟から脱出した直後。私はすぐさま魔神に連絡し、見たものを報告することにした。
そして今は、廃墟で遭遇した事の顛末を話しているところだ。
「あれは―――何て言ったら良いんでしょうね?」
あの時私が廃墟で見たもの。それは培養液に漬けられた、人間たった。
「ホムンクルス……とか言えそうですが、どうなんですかね。そこんとこ?」
「いや、知らねえよ……」
「前に私を襲った偽物に近いのかもしれません。っていうか、偽物って《プレイヤー》が作ってるんですよね? どうやってるんですか?」
作る、と言うと粘土でもこねて製作しているようなイメージが思い浮かぶ。だが魔神が粘土をこねる姿というのは、その……流石に面白い。
「何笑ってんだよ……コレだよ、コレ」
そう言って彼は、スマホの画面を見せてくる。
映っているのは、私の知らないアプリ。そこには何らかのサービスの料金表のようなモノが表示されている。
「なんですか、これ? デリヘル?」
「なんでそんなモノお前に見せるんだよ……これで必要な分を支払うと、それに応じたサービスが受けられる。偽物作りもその一つだ」
「へー、今はそんな便利なものがあるんですね。ハイテクになったもんだ」
「ちなみに贋造は二番目に高い」
私はその料金を見て、思わず口元を押さえる。
「うげぇ……って、コレこの世界の通貨じゃないじゃないですか。相場感が全く分かりませんよ」
「オレたちが奪取したリソースを支払うことで、サービスは受けられる。だからわざわざ自分の資産を切り崩してまで、サービスを利用する奴は稀だ」
「支払いに見合うだけの価値がないんですね?」
「連中も足下を見てるからな」
《プレイヤー》向けの商売。そういうのもあるのか。しかしあまり儲からなさそうだ。
「じゃあ私が見たのは偽物ではない?」
「そんなバカみたいなコストを支払って、偽物を量産したがる奴なんざそう居ねえ。もっとも、《プレイヤー》が何を考えてるかなんざ知らねえがな」
勝つためならどんな奇策も巡らせてはきそうだが、それにしても合理性にかける。
あの《プレイヤー》は私を掠奪した。ということは、〝修復〟の力を欲しているということだ。それならわざわざ大量の偽物など作る必要は無い。
「それでお前、その後はどうしたんだ?」
私はその後にあったことを話す。
培養液で満たされた生命維持装置に入れられた〝偽物〟を見た私は、得体の知れない恐怖から、その場で立ちすくんでしまった。
そこに帰ってくる《プレイヤー》。明かりが灯いていることに、違和感を覚えたようだ。
《プレイヤー》は、部屋の中を捜索し始める。私は咄嗟に生命維持装置の陰に隠れた。
「ふっ、何だ猫か」
そういって、コソ泥の姿をした彼は、侵入者を惑わそうとする。
しかし私は惑わされず、物陰で息を殺し、脱出するチャンスを待つ。
「これでもだめか。じゃあ、一人一人壊していくしかないか」
は?
《プレイヤー》の言葉に、私は唖然とする。今なんて言った?
すると彼は、宣言通り生命維持装置の電源を切り、一人一人〝偽物〟を破壊していく。
破壊されていく人々。これではまるで虐殺だ。私はいても立ってもいられなくなり、ついに《プレイヤー》の前に姿を現してしまった。
「お! やっぱいるじゃ~ん!」
心底嬉しそうな《プレイヤー》。
しかし出て行ったところで、私には為す術がない。できるのはせめて私に気を惹きつけて、目の前で起きている虐殺を止めることくらい。
迫る《プレイヤー》。私は隠し持っていた護身用のナイフを咄嗟に構える。
だが、その時だった。
突如として轟音が鳴ると、建物が揺れ、私の立っていた床が崩落したのだった。
私を掠奪した《プレイヤー》の〝修復〟力は十全なものではなかったのだ。
そうして下の階に降りられた私は、すぐに立ち上がると、混乱に乗じて廃墟から逃げ出したのだった。
「これがさっきあったことの一部始終です」
魔神は腹を抱えて笑っている。
「こいつはケッサクだ。床が抜けるなんてな」
「こっちはこれでも怖かったんですからね!」
流石に《プレイヤー》と相対したときは、肝が冷えた。
「それで、どうです? 何か分かりましたか?」
「ああ。お前が身体張ってくれたおかげでな」
魔神は目尻を拭うと、愉快そうに口の端を歪める。
「お前が見た〝偽物〟。それはその《プレイヤー》が〝修復〟した人間だ」
「厳密な偽物ではないんですね?」
「ああ。偽物だったら、そんな派手に破壊したりしねえだろ」
しかしそれなら……彼は本物の人間を破壊していたことになる。
「それ、むしろ悪い結果じゃないですか」
「まぁ待て。答えを急ぐな」
「じゃあ何だって言うんですか?」
彼らが〝修復〟された人間であるのなら、それは本物の人間なのではないのか。
「結論から先に言うなら、破壊されたそいつらは不完全な人間だ」
「不完全?」
「そうだ。お前の話によれば、お前を奪ったヤツっていうのは、まだ不完全な形でしか〝修復〟を使えねえんだろ?」
「ええ。床が抜けましたから」
張り合うつもりはないが、私の〝修復〟なら、あんな欠陥住宅にはならない。それに、建物自体ももっと綺麗な物に戻せる。
「だったら、その偽物どもはお前の力を中途半端に使って、不完全に復元した粗悪品だ」
「それでも、生きてはいるんですよね?」
「そうなる。おそらく、短期間だけ利用する前提だったんだろう。だがあの人数を養うのは、少々維持費がかかりすぎる。だから生命維持装置にぶちこんで、少しでも消費期限を引き延ばしてたんだ」
「だからって、見殺しにするわけには……」
「所詮、維持装置がなければ生きられねぇような、脆弱な生き物だ。面倒を見れねえんなら、切り捨てる覚悟を持て」
棘のある言い方だが、魔神の言っていることは正しい。
抱える余裕も覚悟もないのに、生かして置く方が酷というものだ。
「……わかりました」
「とはいえ、流石にオレも見殺しにするつもりはねえけどな」
「魔神さん……!」
「どうせ死ぬんだったら、壊される前にオレが戴く」
ふっ、と思わず笑みが漏れる。
彼の言っていることは無茶苦茶だが、時にそれが救いになることもあるのかもしれない。
「そういうわけだ。どうだ、納得したか?」
「ええ。おかげさまで」
「というわけで、これから攻めに行くぞ」
「え? もう行くんですか?」
出戻るにしても早すぎやしないだろうか?
「お前、さっき顔を見られたんだろ?」
「それはもうばっちり。正面から相対しましたから」
「なら、余計な挑発を掛けられる前に、とっとと消した方がいいだろう。その方がお前も曇らなくて済む」
「そう……かもしれませんね」
敵のあの性格だ。
私に精神的負荷を掛けるために、あの偽物たちを一人一人処刑している動画を送りつけてくるかもしれない。
そんなことをされれば、流石の私でも曇らざるを得ない。
「なら善は急げだ。早いところ潰しに行くぞ」
そう言って魔神は、そそくさと歩いて行った。
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