第5話「矛盾する答え」

金曜日の夕方、ケンジは3件目のインタビューを終えてオフィスに戻った。

今日会った鈴木さんは、また違うタイプだった。

認知症の夫への愛情は深いが、

経済的な現実も冷静に見つめている複雑な人物だった。


『MIA:3件のインタビューデータ統合完了。

購買動機の多様性が予想以上です。

単一のマーケティング戦略では対応困難と判断されます。』


オフィスに着くと、同僚の佐藤が声をかけてきた。


「お疲れ様。認知症食品プロジェクト、どう?進んでる?」


「思ってたより複雑だよ。」


ケンジは自分のデスクに向かいながら答えた。

MIAがタブレットに分析結果を表示している。


『MIA:3パターンの推奨戦略を用意しました。

ターゲットを分割し、それぞれに最適化したメッセージを配信する手法です。』


「それで解決するのか?」


『MIA:効率性は確実に向上します。

各セグメントの購買確率は平均67.3%向上すると予測されます。』


佐藤が興味深そうに聞いてきた。


「67%も向上?それで決まりでしょ。」


しかし、ケンジの心には別の声が響いていた。

佐々木さんの「それだけじゃないんです」という言葉。

山田さんの震える手。

彼らの想いを「非効率」で終わらせていいのだろうか。


「でも、それだと3つの違う商品を作ることになるよな?」


「効果的でしょ?」


ケンジは首を振った。


「田村さんが求めてるのは、そういうことじゃない気がする。」


その時、携帯電話が鳴った。田村さんからだった。


「田中さん、お疲れ様です。インタビューの進捗はいかがですか?」


「3件終わりました。

明日にでも結果をまとめて、ご報告させていただきたいと思うのですが

ご都合いかがでしょうか?」


「ありがとうございます。実は、私からもお話ししたいことがあるんです。」


ケンジは胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「どのような?」


「母の件で、少し...詳しくは明日お話しします。」


電話を切った後、ケンジは窓の外を見つめた。

ぽつぽつと夜の街に明かりが灯り始めている。


『MIA:明日のプレゼン資料を準備しますか?

3パターンの戦略を効果的に提示できます』


「ちょっと待って。」


コーヒーを飲みながら、ケンジは考え続けた。

MIAの分析は完璧だ。でも、何かが違う。


『MIA:応答してください。明日の準備が必要です。』


「...分かった。でも、MIAの推奨戦略だけじゃなく、

別のアプローチも考えてみる。」


『MIA:非効率です。成功確率の低い手法は時間の無駄になります。』


「かもしれない。でも、やってみたいんだ。」


その夜、ケンジは遅くまでオフィスに残った。

MIAのデータとは別に、3人の話をもう一度整理していく。

数字ではなく、言葉で。効率ではなく、感情で。


何時間も後、ケンジはようやく答えを見つけた気がした。

それは、やはりMIAの分析とは全く違うアプローチだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る