クローゼットが異世界につながったので、週末は勇者で聖女な冒険者してます!

あずま八重

第1話 夢みた世界で

 あるとき、センセイがこう言った。


『この世界がそんなに嫌なら、別の世界で過ごしてみるかい?』


 いつも話してくれる夢物語の世界に行けるんだ! 胸が高鳴るままに、あの日の私はセンセイが軽快にノックしたクローゼットを何の疑いもなく開けた。


「少しの間、おもしろ楽しく自由に過ごしたかっただけなのに。それだけで良かったのに!」


 かけい、一生に一度の異世界旅行! そのつもりでゲートをくぐったが最期、あれから不定期に呼び出され、今ではそれも7日ごと。中2だった私は高2に上がり、異世界ではいつの間にやら〈勇者〉だの〈聖女〉だのと呼ばれるようになっていた。


「リーサ様。そんなに此処がお嫌いなのですか?」


 聖王側の従者、セシルが私の手を取って見つめる。

 スラリとおろした長い銀髪、白い肌に乗った青い瞳。これで耳が尖ってさえいたらエルフに違いなかったのにと思う、白いシスター服を着た美人。

 だから、つい言ってしまうのだ。


「嫌いじゃないよ。美味しいものもたくさんあるし」


 美味しいのは事実だし、あながち間違ってもいないのだけれど、論点はきっとそこじゃない。


「はっはっは! リーサ殿は男や冒険よりも食い気ですかな」

「ゴルダ。それ、盛大なブーメランだからね」


 豪快に笑う武王側の従者に、冷ややかな視線を返した。

 茶に近い赤色の短髪と、顎に伸びる無精ひげ。筋肉質な体型を、冒険者然としたプレート装備で覆っている。強面だが、目元を彩る金色はとても優しい。

 皮肉が伝わっていないようで、「ぶうめらん、とは何ですかな?」などと首を傾げている。


「色ボケで、三度の飯より冒険大好きなくせに。という意味かと思いますよ、ゴルダ卿」

「おやおや。シスター・セシルともあろう御方がそのような毒を吐かれるとは。リーサ殿に変な影響が出たらどうします」

「なッ……リーサ様に気安く触るんじゃありません!」

「おや、嫉妬ですかな?」

「ストップ、ストーップ! そこまで!」


 後ろから両肩に置かれたゴルダの手を払い、待ったをかける。

 2人の喧嘩はウンザリするほど長くなるのだ。街中でならまだしも、ここは魔物の巣の近く。そんなところで始められてはたまらない。――んまぁ、初めに騒いだのは私なんだけど。


 これで2人は付き合っているというのだから、そこに挟まれる私の心中も察してほしい。せっかく心の栄養になる推しカポーだったのに、もう少し距離がないとじっくり愛でられないじゃないか。


「で。今回のクエスト達成条件は殲滅せんめつ? 掃討そうとう?」

「リーサ様、どちらもほぼ同じですわ」

「野良家畜さんの生け捕り。捕獲くえすと、だ」

「うわーお。このパーティーの苦手分野じゃん」

「手心は存じ上げていても、加減ができませんものね」

「熟練度差があっても無くても、なんてところが、さすがの俺も恥ずかしい限りだよ」


 馬鹿ぢからのゴルダはまだしも、セシルまで高火力になるとは思わなかった。神官職プリーストというと回復・補助魔法に特化しているイメージが強いけれど、彼女は肉弾戦もやってのける。美人なのに刺々とげとげしいメリケンなサックが得物で撲殺が得意だなんて、もう、詐欺でしかない。


「では、此度の依頼完遂かんすいを目指して――セシル」

「言われるまでもありません」


 セシルは私とゴルダの手を取ると、聞き取れない速さで呪文をとなえた。〈存在イントク〉とかいう補助魔法で、相手の〝意識の死角〟に存在をズラして、見えないし小声くらいなら聞こえない状態になるらしい。私は『ステルス』と呼んで多少カッコよさを上げている。


 洞窟に入り奥へ進むと、広い空間に出た。天井がポッカリ空いているからか緑がしげっていて、陽光のあたる一部は森のようになっている。その原っぱの真ん中に白い生き物が密集していた。


「ねぇ、何あれ」

「今回の捕獲対象、〈メェ〉と〈メイメェ〉だ。モコモコしてるのがオスでメェ、ホッソリしてるのがメスでメイメェさ」

「見た感じ、ただの可愛いヒツジとヤギなんだけど。これのどこが問題なの?」

「女と一緒で、見た目で判断してると痛い目見るぞ」


 言ってすぐセシルのジト目に気付いたのか、ゴルダは咳払いを1つしてから続ける。


「メイメェ1頭につき必ずメェ2頭がつがう習性があってな。繁殖期にれの比率がズレていると、街にメイメェが降りてきて家畜のメェをさらっていくんだ。しかもこれがとにかく凶暴なもんだから、撃退する頃には街も被害甚大じんだい。そりゃあ依頼もされるだろうよ」


 しみじみ語るゴルダの言葉に、セシルが静かに2度うなずく。農家出身と聞いた気がするから、そのころの苦労でも思い出しているのかもしれない。


 ――ええと。ヒツジがオスで〈メェ〉、山羊ヤギがメスで〈メイメェ〉? やっやこしいなぁ。


 今はどちらのケモノも、草をんだり微睡まどろんだりしていてとても温厚そうに見える。これが暴れ回って街を壊滅させる図は、ちょっと思い描けない。


「で。どう捕獲するの?」

「まずは頭数を数えなけりゃ。メェがメイメェの2倍居れば、そのまま帰る。メェが少なければメイメェを、逆ならメェを連れ帰る。ちょうど群れ3つに分かれてるし、手分けしようや」

「わたくしが多い群れを担当しますわ。慣れてますもの」

「オッケー。ねぇゴルダ、私数えるの苦手だからメイメェ担当していい?」

「構いませんぞ」


 セシルはすでに数え始めている。ただでさえ頭数が多いというのに、これで待たせることにでもなったら申し訳ない。


「さぁて。さっさと数えて間引くとしましょい!」

「リーサ殿。言い方、言い方」


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