第4話 暴虐の魔王ヴィルヘルミーネ

「……へ?」


 口からまぬけな声が出てしまう。

 それと同時に、緊張で固まっていた体が緩んだ。


(……どういうことだ?)


 本来、忠誠心が0といういつ反乱してもおかしくない状態で召喚される魔王ヴィルヘルミーネ。

 そんな彼女は今、心底楽しそうな笑みでこちらを見つめ、その人間の胴体ほどの太さを持つ尻尾をブンブンと振り回している。


(いや、待て。今、『いつもオレを最初に召喚してくれて嬉しい』と言ったか?)


 意味が分からない。

 いや、その言葉の意味は分かる。


 だが、それはつまり、ヴィルヘルミーネは――


?」


 自分でも短い言葉だと思った。

 しかし、ヴィルヘルミーネは全て理解したような顔で頷く。


「ああ、


「……!」


 全身に電流が流れるような感覚。

 それと同時に脳内にある記憶がどばっと流れ込んでくる。


 俺は目の前に立つこのヴィルヘルミーネとともに何百、いや何千回も戦い、いくつもの国を滅ぼし、一緒に滅び、そして――


「ヴァルター様と共に、たくさん世界を征服したことをな!」


 間違いない。

 ヴィルヘルミーネは覚えているのだ。

 俺との記憶を。


「そんなことが、あり得るのか……?」


「さぁな。だが、実際今はこうなってる。……まぁ、オレとしてはこうしてヴァルター様にお会いできて嬉しいよ。なにせ、この悪逆、暴虐の魔王のヴィルヘルミーネが唯一主と認めてる御方なんだからな!」

 

 そう言って、ヴィルヘルミーネはまた満面の笑みを俺に向けてくれる。


 あぁ、この感情はどう表現するべきだろうか。

 驚きはある、困惑もある。


 だがしかし、こうして俺との記憶を共有しているヴィルヘルミーネと出会えたこと、それは今まで感じたことのない喜びだった。


「お、おい! 貴様、何者だ!!」


「……!」


 第三者の声で、一気に現実に引き戻される。

 そうだ。俺たちは今謎の騎士たちに囲まれているのだった。

 いつの間にか視界にはヴィルヘルミーネしか映ってなかったな……。


「あァ……?」


「っ」


 体が凍りそうなほど低く威圧的な声が響いた。


 いつの間にか、ヴィルヘルミーネの表情から先ほどまでの満面の笑みが抜け、眼光だけで人を殺せそうなほど恐ろしいものになっている。


「今、ヴァルター様がオレにお言葉を賜ってくれてるんだよ。邪魔してんじゃねェ……!」


(こっわ!)


 ヴィルヘルミーネの視線の先にいるのは俺ではないのに、ちびってしまいそうな威圧感だ。


 見ろ、ヴィルヘルミーネに睨まれた騎士の膝が笑ってるぞ。


「ハッ。ヴァルター様。よく分からないが中々楽しそうな場所に呼んでくれたじゃねえか」


 ヴィルヘルミーネは目じりを下げ、口角を上げる。

 捕獲者の笑みだ。


「……ああ。お前の力が必要なんだ」


 ヴィルヘルミーネのセリフは決して皮肉ではないと俺には分かる。

 彼女は戦いが好きな戦闘狂。

 俺たちを囲むように立つ騎士を見て、戦いが近いことを悟ったのだろう。


「ホントは愛情や感謝、そしてこの忠義のしるしのためにヴァルター様を抱きしめたかったところだが、しょうがない。さっさと皆殺しにしてやるから待っててくれ」


「あ、いや。待ってくれ」


「あ? どうしたんだよ」


「……ヴィルヘルミーネ。お前ならこいつらを殺さずに無力化させることは可能か?」


 この言葉で、騎士たちの間に嫌な雰囲気が流れたのが分かる。

 まぁ、殺さずに無力化ってのは殺すことよりも難しく、相手より圧倒的な格上じゃないと難しい。

 騎士からすれば馬鹿にされたと感じてもおかしくない。


 しかし、現時点では無用な殺しは避けるべきだ。

 俺は今、どういう状況に巻き込まれているのか分からない。

 ここがどこでそして彼らが何者なのか分からない以上、無暗に問題を大きくするのは愚策だ。

 もちろん、最終的な手段としては必要かもしれないが……。


「まぁ、できるな」


「なに……!」


 あっけらかんと答えるヴィルヘルミーネ。

 今度は騎士たちにざわめきが起こる。


「なんだよ。全員殺しちゃダメなのか?」


「あぁ、頼む」


「ハッ。別に頼むなんて言わなくていいんだよ。オレはヴァルター様の武器だ。だから、ヴァルター様の思うままに振るってくれ」


 え、やだかっこいい。

 なんかキュンとしちゃった。


「なめるなよ、龍人族!」


 激高しながら、一人の騎士がヴィルヘルミーネに斬りかかった。


「……うるせぇな。さっきから思ってたんだがよぉ。お前ら誰を前に剣を抜いてんのか分かってんのか? ヴァルター様の御前ってのはなぁ、世界で一番尊き場所なんだよ!」


 ヴィルヘルミーネの首を狙った剣を、彼女はその巨大なハルバードで受け止める。


「なっ……!」


 おそらく騎士の全力の斬撃。

 しかしヴィルヘルミーネはハルバードどころか体を全く揺らすことなく受け止めた。

 騎士からすれば、まるで壁を斬ったかのような感覚だろう。


「ハッ!」


「ぐぇ――!」


 ヴィルヘルミーネは一歩後ろに下がると、騎士を前蹴りした。

 ロングブーツで思いっきり蹴られた騎士はまるでゴム玉のように体をくねらせ、目が追い付かない速度で吹っ飛ぶ。


「は……?」


 そしてその騎士は、呆然とその様子を見ていることしか出来なかった別の騎士と直撃する。

 全身を鎧にまとい突っ込んでくる人間というのは、崖から落ちてくる岩と大差がない。


 ギャン! という嫌な金属音と共に、騎士が二人動かなくなった。


「し、死んでないよな……?」


「ああ。手加減はしてやったよ。あれで死んだらお笑い草だ」


「き、貴様ァ!」


 今度は背後から騎士の声がした。

 

「……ふん」


 しかしヴィルヘルミーネは後ろを見ることもなく、そのぶっとい尻尾をただ振った。


「ぐぁ……!」


 頭を横から殴られた騎士は、くぐもった声と共にその場に倒れた。

 脳震盪……か?


「な、なんなんだこいつは!」


「ば、化け物め!」


 あっという間に三人の騎士を無力化したヴィルヘルミーネに、騎士たちは一歩また一歩と後退る。

 そんな彼らの様子を見たヴィルヘルミーネは、ハッ、と馬鹿にしたような声を出す。

 そしてフッと姿を消した。


「……は?」


 俺が今目に映った光景に疑問符を浮かべていると、ヴィルヘルミーネはいつの間にか俺と同じような表情をしているであろう騎士の前に立っていた。


「……え?」


 素っ頓狂な声をだす騎士。


 そして俺は気付いた。

 先ほどまでヴィルヘルミーネが立っていた場所。

 地面がめくりあがっている。

 それからたどり着く結論は、ヴィルヘルミーネは目にもとまらぬスピードで、まるでロケットのように騎士の方へ飛んだのだ。


 あっという間に10m以上離れた場所に跳んだヴィルヘルミーネは、まるで欲しかったおもちゃを与えられた男児のように無邪気な笑みを浮かべていた。


「ハハッ!」


「……ひぃ」


 しかし、その大きい翼を広げている格好と相まって、その笑みは恐怖でしかない。

 ヴィルヘルミーネの前に立つ騎士はただ恐怖の表情を浮かべるばかりで、ヴィルヘルミーネが振るう尻尾に全く反応できず先ほどの騎士と同じように意識を失った。


「な、なんなんだ! なぜ笑っている!」


 その光景を見ていた他の騎士が、思わずと言ったように叫んだ。


「なぜ笑っているかだと? そりゃ当然、嬉しいからだよ」


「な、なんだと……?」


「オレの喜びは、ヴァルター様に勝利をお届けすること。主に勝利を与えることが武器の役目だろ? だから、今、オレはすげえ楽しいし、嬉しいんだよ」


 直後、姿を消すヴィルヘルミーネ。

 いつの間にか彼女は、叫んだ騎士の目の前に立っていた。


「ば、化け物……」


「ハ、なんとでも呼べよ。オレがヴァルター様に捧げる勝利の礎になってくれれば、他はなんでも構わねえからよ」


「う、うわあああああああ!」


 騎士は瞳を揺らし、口から泡を噴き出しながら剣をブンブンと振り回した。


「よっと」


 ヴィルヘルミーネは軽い口調でハルバードを振り抜くと、騎士の手から呆気なく剣が吹き飛ぶ。


「さっさと眠れ」


「か、は……」


 そして同じように尻尾を使って騎士の意識を簡単に刈り取った。


「ほい、ほいと」


 そのままヴィルヘルミーネは同じように他の騎士もし、気付けば辺り一面に気絶する騎士が広がっていた。


「終わったぜ、ヴァルター様。貴方に捧げる勝利としてはちょっとこいつら弱すぎたけどな」


「あ、ああ。ありがとう」


「感謝なんていらないさ、オレはヴァルター様の武器なんだからな!」


 カラカラと笑うヴィルヘルミーネ。

 何この子、頼もしすぎる。惚れそう。


「それよりヴァルター様、そいつはなんだ?」


「え?」


 ヴィルヘルミーネの視線の先、そこにはポカンとした表情で、未だに俺の服をちょんとつまんでいる魔族の少女がいた。


「……え?」


 しばらく気絶した騎士を呆然と見ていた少女だったが、俺とヴィルヘルミーネの視線に気づいたのか、慌てた様子で俺の服から手を放し、バッと離れる。


「あ、あわわ、すみません! 申し訳ございません!」


 そして90度腰を曲げる少女。


「い、いや、そこまで謝ることじゃないぞ、別に」


「いや謝ることだろ」


「え?」


 思わず視線を動かすと、そこには少し不満顔のヴィルヘルミーネ。


「ヴァルター様の玉体を触ることなんてなぁ、オレたち魔王でも許されないことなんだぞ」


 なにそれ。

 玉体? 俺の体が?

 確かに同年代の人間と比べてすべすべのお肌はちょっとした自慢だったけど。

 って、今の俺はヴァルターだった。


「…………わ、私は殺されるのでしょうか」


 ヴィルヘルミーネの言葉に絶望顔の少女。

 まるで断頭台に立たされた人間のようだ。


「い、いやいやいや、本当に大丈夫だって。別に俺の体なんてそんな大層なもんじゃないし。誰が触ったっていいし」


「ほ、本当か!?」


「え?」


 なぜか、ヴィルヘルミーネが明るい表情でこちらを見つめていた。


「あ、ああ。別に大丈夫だろ」


 俺は別にお触り厳禁の売れっ子嬢じゃあないんだぞ。


「マジか。じゃあちょっとオレにも触らせてもらってもいいか、ヴァルター様」


 なぜか両手をワキワキと動かしながら、ちょっと怖い表情でこちらに近づくヴィルヘルミーネ。

 ……美人に言い寄られているというのに、なぜだろう。今は少し嫌だ。


「い、いやそれはまた後でな」


「えーーっ! なんでだよ!」


「今はそれよりもやるべきことがあるんだよ」


 俺は未だに目を覚まさない騎士たちをちらっと見た後、魔族の少女に視線を移す。

 おどおどと落ち着かない様子でこちらを見上げる少女。


 ここはどこで、なぜ俺は気付いたらここにいて、そしてこの少女はなぜ殺されそうになっていたのか。

 今はとりあえず情報が足りない。

 とりあえずこの少女に話を聞くとしよう。


 そう思った矢先――


「あ、貴方が伝説の魔王さまなのですか?」


 少女が、真剣な表情でそう言った。


「………………は?」


 なんだその中二病なりたての奴が考えそうな称号は。

 俺は知らないぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る