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「作られた」ということはつまり「作り手がいる」ということに他なりません。
その私の作り手こそ、この世界を真っ二つにした張本人、セレー・フラウ様なのでした。
昔、魔女様は私を作り出し、その後三日もしないうちに、飽きてしまわれたのでした。
「大きく作り過ぎちゃった、仕舞うところが無いわ」
そんなことをおっしゃって、ご自身の魔法で私を動かし、ひとりでにどこか遠くに歩くようにされてしまいました。解体されなかっただけ、良かったのかもしれません。
魔法が薄れ、自分の意志で歩けるようになったのは、それから百年余りが経った頃でした。
しかしこの口ぶり、まさか私を探していたのでしょうか。
いえそれ以前に、魔女の寿命は一般的にせいぜい三百年前後のはずですが、なぜ魔女様は生きていらっしゃるのでしょう。記録によると、大地が割れてから今日で五二七年と二八三日のはずです。
「もー、大変だったのよ、ドールからここまでやってくるの」
鈴が転がるような声で魔女様はおっしゃいました。
「ドール、にいらしたのですね」
「ええもちろん。だって、ミネルにはリリカちゃんがいたんだもの」
「まさか、リリカ・ファンム様もご存命なのですか」
「いいえ、あの子はもう死んだわ。だからわたしが来たのよ」
魔女様は小屋の中で、棚に長年仕舞われていた木製のティーセットを目ざとく発見し、手に取りました。
実は私が暇を持て余した際に、森に放置されていた倒木を削って作ったものです。いつか街を訪れる機会があれば、どこかの子供へままごとの道具として差し上げようかと考えていました。
魔女様は懐から愛用の杖を取り出し、手始めにティーカップの縁のあたりにちょん、と触れました。
途端にティーカップはかすかな光を帯び始め、それが収まった頃、それは見事な銀製のティーカップへと姿を変えていました。まるで貴族が使うような、精密で美しい彫刻も施されています。
数百年ぶりに見た、魔女様の魔法でした。
魔女様は次いでティーポット、ティースプーン、ソーサーにも同じように杖先で触れていき、あっという間にテーブルの上には高級な銀製のティーセットが揃いました。
「やっぱり元がよく出来ていると、魔法のなじみが良いわね〜」
「あ、有難うございます。その、魔女様」
「なあに?」
「私は魔女様の寿命は、とうに尽きているとばかり思っていたのですが」
私の言葉に、魔女様は目を丸くしました。
「あら、まさかあなた、わたしを普通の魔女と同じ括りに入れているの?」
「と、言いますと……?」
「わたしはセレー・フラウ、大地に亀裂を入れた世紀の二大魔女なのよ。リリカちゃんと並べられるのは不服だけれど……そんなわたしが、たかが平均寿命ごときにとらわれるわけがないじゃない」
魔女様は目を細めて微笑んでいます。
「……なるほど……?」
どういった仕組みなのかはまだ解明されていませんが、魔女という種族の寿命は、どうやら魔力量に比例して変化するらしいと聞いたことがあります。それでも三百年を大きく越えて生き続ける者は片手で数えるほどしか記録がなかったはずですが。
改めて実感します。私の創造主は、あまりに規格外なのでした。
「ふふ、細かいことはどうでもいいわ。とりあえず座りなさいな。長旅で疲れたから、まずはティーブレイクといきましょ」
そう促され、私は魔女様の向かいの椅子に腰掛けました。
誰も触れていないのにひとりでに注がれるラズベリーティーの香りが辺りに漂います。
魔女様はこのお茶がお好きなのでしょうか。私が作られた日も、同じ香りが鼻をくすぐった記憶があります。
私はカップを口に運び、淹れられたラズベリーティーを一口だけ頂きました。
温かく甘酸っぱい風味が喉元を通っていきます。人形の私には水分や食物は摂取する必要のないものなので、カップはソーサーに戻し、代わりに持て余した視線を正面の魔女様に向けました。
白い肌、エメラルドの煌めく瞳、左右対称に二つに編まれたブロンドの髪……。
不思議なものです。魔女というのは、皆このように老いることがないのでしょうか。
思えば私は、このお方以外の魔女に会ったことがありませんでした。
そんなことを思っていると、私の視線に気付いた魔女様が、同じように私を見つめ返してきました。
魔女様はおもむろに私の頬に手を伸ばします。
「我ながら傑作ねえ、あなたは。本当に綺麗にできたわ。でもやっぱり、もう少し小柄にするべきだったわね」
そう言って、くすりと笑うのです。
細い指が私の頬をそっと撫でました。
「魔女様」
「なあに」
私はエメラルドの瞳を真っ直ぐに見つめました。
「……どうして、今更ここへ?」
魔女様は答えません。
しかし、彼女の指先からわずかに流れてくる魔力は、魔女の命の源は、もうかつての勢いを宿してはいませんでした。吹けば消える、蝋燭に灯った小さな火のようです。
そこから得られる推測が、良いものでないことは確かでした。
魔女様は手を下ろし、ラズベリーティーを一口飲んで、カップをそっとソーサーに置きました。
「……リリカちゃんは死んだ。だからきっと、同じくらいの力を持つわたしも、もう間もなく死ぬんだわ。でもね、その前にわたし、どうしてもやりたいことがあるの」
そう言って魔女様が手を叩くと、次の瞬間、目の前に一冊の本が現れました。
紺色の表紙には金の装飾がシンプルに飾られており、また所々には白く瞬く星が描かれています。
本のページはひとりでにパラパラとめくられていきました。その全てに何か呪文のようなものがびっしりと記されています。
やがて最後の三ページになったところで、本は自らの動きを止めました。開かれたのは、まだ何も書かれていない、新雪のようにまっさらなページです。
魔女様はそのページを指でとん、と指しました。
「これはわたしが今まで生み出してきた魔法を記したものなのだけれど、わたし、生きているうちにこの本を完成させたいの。でもまだ三ページもあるでしょう?」
魔女様はいたずらっぽく目を細めました。言葉の続きを言うことが、楽しくて仕方がないといった様子です。
「だから思い切って、三ページでひとつの魔法を作ってみようと思うの!」
「魔女様、それは……詠唱がとんでもないことになるのでは」
「ふふふ、そうなの! でも効果はそんなに大したこと無くってね、だけどきっと、とおっても素敵な魔法になるに違いないわ! ね、あなたにはそのお手伝いをしてほしいの」
魔女様は私の両の手を包んで言います。
「僭越ながら魔女様、私に決める権利はございません。貴方様がそれを願うならば、私は何処へでもお供致しましょう」
「そう、ありがとう『アレア』!」
その名で呼ばれ、私は一瞬、反応が遅れてしまいました。
「……あら、どうしてそんな顔をしているの? もしかして、自分の名前を忘れてしまった?」
「いえ、そうではないのですが、……ただ、随分と久しぶりに聞いたものですから」
アレア。核に刻まれた、私の名前。
そういえば長年、人に呼ばれることもなければ、自分で名乗ることもありませんでした。なんだか不思議な感覚です。
「おかしなアレア。じゃあ、これからわたしが、たくさん呼んであげるわ」
そんな、人形の身である私には少々眩しすぎるような笑顔を向けてくださった貴方様は、今、粗末なベッドに横たわって、細い指先で杖を弄んでいます。
白い肌、エメラルドの瞳、わずかに崩れた三つ編み。
あれから一年ほど、私達は旅をしました。
たった一年しか、魔女様は動くことが出来ませんでした。
「ねえアレア、これからどうしましょうね」
ふいに魔女様は杖の先を見つめたまま呟きました。
「どう、と申しますと」
「選べるのよ。アレア、あなた自身で」
魔女様のおっしゃりたいことはわかっていました。
「私は」
しかし、私はそれを理解してはいけないのでした。
「貴方様の人形です」
「あら、ほんとうにそれでいいのね? このままだとあなた、わたしと一緒に死んでしまうけれど」
魔女様は静かに笑っています。
そのようなことは、とうにわかっていました。
旅の最中、私はずっと魔女様のお側で、自身の魔力を与え続けていたのです。
魔女様の魔力は、私の想像以上に枯れてしまっていました。もし私が持続して魔力の供給を行っていなければ、魔女様は一年も経たないうちに、それこそ魔法なんて作る間もなく、力尽きてしまっていたことでしょう。
強大な力を持つ魔女に魔力を供給し続ける、ということは、それがたった一年という短い間のことだったとしても、私には自殺行為に等しいのです。
私は魔女様のように、消費した魔力を体内で生成し補充するといったことができません。私の中にある魔力は、創造するにあたって魔女様から与えられたものだけなのでした。
そんなわずかなもののありったけを、私は魔女様に捧げ、ほとんど使い果たしてしまいました。魔力という原動力を失った人形の行く末は、言わずもがな、死、ただ一つです。
しかしそれは全て理解したうえで、あくまで私の意思で行いました。
だから私はこう言うのです。
「かまいません。主と共に朽ちることは、人形として最大の幸福でございます」
魔女様はまだ笑っています。
「そうね、あなたは人形だものね。だからこそわたしが『実はまだお願いがある』と言えば、あなたは大人しく従ってくれるでしょう?」
「……もちろんでございます」
「うん、わかったわ。今回だけ、特別にわたしが選んであげる。でもこれからわたしはいなくなるんだから、次からはちゃんと自分で選ばないとだめよ。いい、アレア?」
「……」
「あら、そこは人形らしく、即答すべきだわ」
魔女様は笑っています。
言葉を詰まらせた私に、魔女様は自身の杖を差し出しました。それから、魔法の本も。
「だんまりは肯定と取ることにするわね。じゃあアレア、最後のお願い。
三ページの魔法の最後の言葉は、あなたが埋めてね」
そう言って、魔女様は、笑いました。
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