シトリーの幻罪

秋梨夜風

第1話 プロローグ「悪魔召喚の儀」

 一本の蝋燭が、銀色の燭台に灯っている。

 つんと鼻を刺すスパイシーな匂い……部屋には香木から立ち昇る、ミルク色の煙が充満していた。


 分厚い遮光カーテンが帳を下ろし、騒がしい外界を切り離している。そのため、ここがどこなのか、或いはいまが昼か夜かすら全く分からない。

 床一面に大きく描かれた魔法陣が、蝋燭に照らされ橙色に浮かび上がる。

 それは一般にイメージされるシンプルな図柄ではなく、六芒星や五芒星、更にはとぐろを巻いた蛇まで配置されている本格的なものだ。色彩も絢爛けんらんで、紅緋スカーレット瑠璃ラピスラズリ鬱金ターメリックと鮮やかに塗られていることから、それが専門書を読み解いた上で正確に再現された『ソロモン王の魔法陣』だと分かる。

 辺りには、他にも儀式に必要とされる様々なアイテムが同様の正確性で揃えられているが、蝋燭が照らす範囲には限りがあった。


 やがて暗闇の中から、一人の人物が現れる。その人物は地の底から響くような、重く、低い声でゆっくりと、厳かに呪文を唱え始めた。


「精霊よ。シトリーよ。我は汝に呼びかけ、召喚する。至高の威光となる、ベラルネンシス、バルダケンシス、パウマキア、そしてアポロギア、セデス……またタルタロスの最も強大な……彼らに授けられた力によって、我は汝に命じる……」


 長く白いローブを頭から被っているため、その人物の性別は分からない。声質から極端な老人や子供ではないと思われるが、それ以上は絞り込むことは出来ない。

 ひとつ確かなのは、この人物が確固たる信念と執念の下に、己の願いを成就させようと悪魔召喚の儀式を遂行したことだけだった。


 七ツ星高校を震撼させた連続殺傷事件と儀式の関係は、今のところ全くの謎である。

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