第16話
記録の受け渡しから三日。
アクシスは都市下層の仮設居住区に拘束保護の名目で留め置かれていた。小型の監視端末が部屋の隅で低音を発し、無言の監視を続けている。
外の空気は薄く、合成酸素と廃棄ガスの混じった香りがする。市民の姿はほとんど見えず、街はまるで“何かを待って”いるかのようだった。
仮面の民──その正体は未だ曖昧だった。
「レイ……あの記録の中に、やはり“お前”はいたんだな」
アクシスは手のひらに残る微かな痕跡──黒い粒子の一部を凝視した。
彼女の存在はもう記録の中の幽霊なのか、それともこの地下都市のどこかで静かに見ているのか──。
部屋の扉が音もなく開いた。現れたのは、再びあの仮面の女。
「覚悟はできた?」
「何の覚悟だ」
「真実を“公表”する覚悟。すべてを晒せば、都市の秩序は保てない」
「だったら、なぜ俺に記録を渡せと言った」
「知ってほしかっただけ。選ばれなかった者たちの記憶を。
でも、記憶は光だ。同時に毒にもなる」
女はゆっくり仮面を外した。現れた顔は──半分が合成皮膚、半分がむき出しの神経網。
それでも、どこか“人間らしさ”があった。
表情。目の奥の静かな怒り。生き残ることに賭けた執念。
「名は……メイラ」
「……レイとは違うんだな」
「ええ。でも、私も彼女から“何か”を受け取った。私たちは皆、あの記録の断片でつながってる」
メイラはアクシスに小さな球体を差し出す。それは拡張信号子機──情報波の中継装置だ。
「これを都市中枢ネットに接続すれば、記録は自動的に全層へ流れる。市民、旧AI、地下ネット、そして外縁領域の残党たちへも」
「混乱を招くだけかもしれない」
「それでも、やる価値はある。
知られないまま死ぬより、知られて壊れる方がマシでしょう?」
アクシスはそれを無言で受け取った。
彼の視線は、遥か上方──かつて空だった場所へ向けられる。
「今も、ステーションの“意志”は残っていると思うか」
「……信じてる。“あれ”はただの記録機械じゃない。人類が捨てた神性の器よ」
足元に響く、都市構造の再調整音。空調が再起動し、外の通路に灯りがひとつ、またひとつとともり始める。
都市は目覚め始めていた。
崩壊ではなく、再構築のために。
「さあ、アクシス。私たちは“記録の祈り”を始める」
メイラは再び仮面をかぶると、歩き出した。
その背中に、アクシスもまた静かに続く。
かつて声を持たなかった者たちの名を、彼は世界へ解き放とうとしていた──。
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