第27話 御影と初めて飲む缶コーヒー

 夜の高架下。


 任務を終えた翔真は、重たい足取りで人気のない道を歩いていた。


 ビル風が吹き抜け、汗と血が冷えて肌を刺すように寒い。


 変身解除して制服に戻っていても、硬質化した胸の奥はまだ脈を打ち、青い光を皮膚の下に微かに滲ませていた。


 「……よぉ、翔真」


 不意に声をかけられ、体が反射的に硬直する。


 振り向くと、街灯の下に御影亮が立っていた。


 制服の襟をラフに開き、銀色のイヤーカフが夜光に鈍く光る。


 「また同じコースかよ。お互い大変だなー」


 御影は小さく笑いながら、自販機に小銭を入れた。


 ゴトン、と音がして出てきた缶コーヒーを二つ取る。


 「ほれ、お疲れ」


 ぐっと差し出され、翔真は少し迷ってからそれを受け取った。


 プシュッ、と小さな音を立てて缶を開ける。


 微かに湯気の立つ缶コーヒーが、冷えた指先をほんの少しだけ温めてくれた。


 「……なんか、こうやって缶コーヒー飲むの、普通の高校生っぽくね?」


 御影が小さく笑って呟く。


 「……そうだな」


 思わずそう返した自分の声が、やけに弱々しく聞こえた。


 御影はコーヒーを口に含み、少し苦そうに眉を寄せた後、遠くのビルをぼんやりと見つめた。


 しばらく二人の間に静寂が落ちる。


 車の音が遠くに流れ、どこかの店から賑やかな笑い声が聞こえた。


 自分たちとは無関係な、温かい世界の音。


 「なぁ、翔真」


 御影が低い声で言った。


 「お前、どうしてヒーローやってんの?」


 問いかけられ、思わず缶を強く握った。


 硬質化した爪が少しだけ缶をへこませる。


 「……守りたいから、かな」


 やっと絞り出した答えは、それだけだった。


 「誰かを……泣かせたくなくて」


 御影はしばらく黙って、それからクツ、と喉の奥で笑った。


 「やっぱ、お前いいやつだな」


 そう言うその顔は、どこか寂しそうだった。


 「俺さ、ヒーローなんて最初からなる気なかったんだよ」


 突然ぽつりと呟いた。


 「……?」


 翔真が聞き返す前に、御影は勝手に話を続ける。


 「ガキの頃、弟がいたんだよ。二つ下でさ。すげー泣き虫で、でもアホみたいに俺に懐いててさ」


 缶コーヒーを握る手が、少し白くなった。


 「そいつがさ、アンノウンに喰われたんだ」


 翔真は息を呑んだ。


 「目の前でな。俺、ただ見てた。怖くて動けなかったんだよ」


 御影は口元を少し歪め、乾いた声で笑った。


 「それでさ、家に来た国家の人間が言うんだよ。『お前は適合率が高い』って。『弟の分まで戦わないか』って」


 (……黒瀬たちと、同じだ)


 胸の奥が冷たくなる。


 「俺は人間なんか守りたいんじゃない。ただ、あの時動けなかった自分がムカつくだけだ」


 御影の瞳が細くなり、青白い光が奥で揺れた。


 「それに……戦ってる間は、何も考えなくていいんだ。人間か怪物かなんて、どっちでもいい。楽だろ?」


 翔真は何も言えなかった。


 御影が笑っているのは分かった。

 でも、その笑顔がどこか痛々しくて、言葉にできないものが喉につかえた。


 「……俺は……」


 「ん?」


 「やっぱり……誰かを守りたいよ」


 翔真はそっと呟いた。


 「化け物になっても、俺は……まだ、それだけは捨てたくない」


 御影は少し目を見開き、それから小さく肩を揺らして笑った。


 「……お前は、いい奴だよ、ホント」


 だがその笑いは、どこか寂しげで。


 それ以上、二人は何も言わなかった。


 それぞれ別の道へ歩き出し、夜風が二人の背中を冷たく撫でた。


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