第3話 3・大胆不敵の悪女様-3


「そんな……! 禁術書のとおりにしたはずだが」


「書物が間違っているのか!?」


「あえて、間違ったものをつたえたのかも知れませんね」


 私が答えると、魔導師たちは膝をつく。


「……そんな、馬鹿な……。我々は踊らされていたというわけか……」


 呆然とする魔導師たちが少し気の毒だ。


 カサドールはさらに強く私を抱きしめてきた。


「く、苦しいです。お兄様……」


「俺は二度もお前を殺すところだったのか」


 苦しそうにつぶやかれた声。もう、ツンする余裕すらないらしい。


「俺が、お前に奴隷と手合わせをさせたせいで頭に傷を負わせてしまった。それから目を覚まさないから、アイツの命でお前を呼び戻そうとしたんだ。それが、お前の魂を消す術とは知らずに」


 カサドールは私に顔を埋めたまま、先ほど助け出した子を指さした。デステージョに怪我を負わせた奴隷だということは、男の子なのだろう。


 男の子はへたり込んで震えている。


 私は大きく息をついた。


「お兄様、離してください」


「怒ってるのか?」


「離してくれなかったら怒ります」


 カサドールはバッと両手を離した。


 私は男の子の前で膝をついた。


 男の子は体をこわばらせ、うつむく。濃紺色の髪に顔が隠れる。


「ごめんね。変なことに巻き込んでしまって。あなたは悪くないのよ」


「でも、ボクの魔力が暴走しなければ……。あなたは怪我をしなかった。殺すつもりなんて……なかった……」


 ガタガタと震える男の子に手を伸ばす。


 すると魔導師のひとりが声をあげた。


「お嬢様! おやめください。その者は奴隷落ちです! 汚れております! 触れてはなりません!」


 その声に男の子とはビクリと体を硬直させて、頭を抱えこんだ。


 奴隷落ちとは、重罪を犯した平民が奴隷にされることをいう。


「なにをしたの?」


「親殺しです。魔力の暴走などといっているが、わざとお嬢様を殺そうとしたに違いない!」


 私は男の子を見た。


 男の子は真っ青になって歯を鳴らしている。


「親を殺したの?」


 私が問いかけると、男の子は唇を噛む。


「殺すつもりなんてありませんでした……。父さんが母さんを殺して、次はボクだって言うから、ただ逃げようと……」


 そうあえぐように告白した。


 私は大きくため息をつく。前世の父を思い出したからだ。


(私の父もクズだったわね。母親を殴って私も殴った。死んでほしい、それがかなわないならいっそ私を殺してと何度願ったかしれない……)


 だから、この子の気持ちはわかる。実の親に暴力を振るわれることは、心を殺されるようなものなのだ。


「気がついたら、死んでたんです……。お嬢様のときも、わざとじゃなくて……」


 そう言って肩を震わせ泣き出す。


「あなたは正当防衛だわ。気にすることないわよ」


 私は男の子頭をヨシヨシと撫でた。


 男の子は驚いた様子で顔を上げる。美しい瞳からポロポロと涙が零れていく。


 私はハンカチを出して、その涙を拭ってやる。


「……お嬢様……」


 男の子は感極まったように、顔を赤らめた。


 そして、ハタと気がついたように顔を背ける。


「いけません。ボクは……汚れてる……」


「汚れてなんかないわ。神様があなたの体を使って鉄槌を食らわせたのよ。いわば天罰ね」


 男の子は目を見開いて私を見つめていた。


「……天罰……?」


「そうよ。あなたが気にすることじゃないわ。妻や子どもを殺そうとするなんて、まともじゃないわ。死んで良かったじゃない」


 私の言葉に男の子はギュッと目をつぶる。ボロリと涙が絞り出された。


「でも、親殺しは許されない……」


「なら、私が許してあげるわ。クズ男を殺してくれてありがとう」


 私が微笑みかけると、男の子はポカンとした。


 それを見てカサドールが噴き出す。


「たしかにそれはそうだ。デステージョもたまにはよいことを言う」


「……いや、でも、親殺しは大罪で」


 魔導師はなおも食い下がる。


「罪は奴隷落としで償ったのでしょう? だったら、汚れているなどと言われる筋合いはないわ。そもそも、すでに私触ったわ。それで、なに? 私も汚れたとでも言うの?」


 ギロリと睨むと魔導師は黙った。


 カサドールも魔導師を睨む。


「差し出がましいまねを……申し訳ございません」


 魔導師が謝ると、カサドールは満足そうにうなづく。


「でも、魔力が暴走しちゃうのは困るわね。これから私と一緒に魔法の勉強をしない?」


 提案すると男の子は驚いたように目を瞬かせた。


「ボクが……勉強……?」


「ええ。だって、この私に一撃を入れられるなんてたいしたものだわ。ちゃんと使えるならとても強くなるはずよ」


「でも、ボクはお嬢様に怪我をさせたんです。だから」


「うるさいわ。お黙りなさい」


 私は男の子の頬をムニっとつまむ。


「悪いと思っているなら言うことをおきき!」


 パシッと言うと、男の子は頬を赤らめて黙った。


 私はカサドールを見る。


「いいわよね? お兄様」


「だが、貴族は貴族と付き合うべきだ」


 兄の常識的な発言に私はハンと鼻を鳴らす。


 デステージョは完全無欠の悪女なのだ。常識など知ったことではない。


「私、弱い人はつまらないわ。同じ年頃の貴族で、お兄様や私より強い者はいて?」


 尋ねると、カサドールはまんざらでもない顔をする。


「たしかに、俺より強いヤツはいないな」


「それに、私が怪我をした原因はお兄様がその子を私にけしかけたからでしょ。悪いと思っているなら私の言うことを聞いてくれてもいいんじゃない」


 圧をかけてニッコリと微笑むと、カサドールは呆れたように肩をすくめた。


「まったくお前はわがままだ。そんなお前には貴族より平民がお似合いだ! お前の遊び相手として、ソイツを雇うよう話はつけてやる」


「さすがお兄様! 頼りになるわ!」


 私の言葉に、カサドールは満足げに鼻を鳴らした。

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