SO望のジギタリス

渋爪根介

Bloody Fingers

「やめて…や

 


バギゴッッッ!!!!!

 


 ンムグッ?!!!」



突然、開かれた口の幅より一回り太い、硬く冷たい鈍器が喉奥を突くように口内に挿入された。



「ングッ!!ンムン゙ン゙――――ッ!!!!! ン゙ン゙ン゙―――――――――――――!!!」



ンゴッ! ンボッ! ゴボッ! ゴボッ! ンボッ オ゙ッ! ボッボ ボコボ ゴボボゴボッボ



口内を鈍器と共に満たす粘性の液体とその泡が気色の悪い音を立て、口先を塞ぐ鈍器の隙間から湧き出る。



バタバタバタバタバタバタバタバタ!!!!

 


押さえ付けられている体がグネグネと狂い踊る。



前方の鋭い形に揺らぐ点もしくは線が段々と近づいてくる。

 


グヂィ



「ン゙ッッ!!!!!!!!! ンン゙ン゙ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 

ハッ!

 

リノクは奇妙な様子で目が覚めた。

頭には耳当て、カチューシャ、ゴーグルを身につけており、指先が血塗ちまみれの右手で顔の上半分をゴーグルの上から覆っている。

首から下は汗でグショグショのジャージ姿。

履いている靴下は両足とも破れ、足先の爪の隙間からは固まりかけの血が漏れ出ている。指によっては爪が剥がれ、下の皮膚が露わになっている。


リノクの寝室は横幅8m 奥行き16m。

壁の厚さ3m、入り口の扉は厚さ12cmのスライドドアが12枚連なる電動開閉式。

床から天井までは6m。1ヶ月前までは3.62mだったがリノクは寝相が悪く、ジャーキング(寝てる時にビクッてなるやつ)で天井に激突したため急遽リフォームした。

広い部屋だが家具が不気味な程少なく、目立つのは無機質な床と壁、壁に仕掛けられた「3448 3 2 04:24:48」の表示形式で1秒毎に壁を38mm押し出し切り替わる特殊な時計。

 

リノクはスリッパを履いた。その際、爪が剥がれている指の半熟の皮膚がスリッパの繊維でジリジリと擦れた。

そしてシャワー室へ向かった。向かう途中、右手と同様に血塗れの左手の指を壁の上で踊らせた、するとベッドが地面に吸い込まれていった。



 


ウォォォォォォォォン

 

リノクは地面の下をポートボールという直径3.5mの球体の乗り物で移動していた。



目的地下に到着したポートボールは警告音とともに、ゆっくり滑らかに地上に向かって上昇。


プウォウォン フウォウォン フウォウォン


 

地面から10cm浮いた時点で静止した。


『ファイウィーミッド ファイパ技術学校に到着しました。降車する前にお忘れ物のないようご注意ください。』


降車を促す音声が聞こえ座席から立ち上がり先程までの進行方向右側の壁に左腕前腕部を近づけた。するとその付近の壁がスルッと壁面の内側に収納され出口となり、足元からはスロープが外に向かって伸びていた。

リノクはスロープを下り、心地良いそよ風と騒がしい話し声が交じり波打つ場へと足を踏み入れた。

 


 


キプナは上空をエアホエールというクジラまたはドビウオにも似た外観を持つ大きな飛行機に乗って移動していた。


目的地はこの星の首都ドギルノイズにある学校、ファイウィーミッド ファイパ技術学校。

そこではファイパ技術と呼ばれる魔法のような力を学ぶことが出来る。

その学校はファイパ技術防衛及び探査隊、通称FTCエフティーシー、俗称FTVフットヴィと呼ばれる組織が運営、管理をしている。

キプナはその組織に今後所属するというのに、その組織が何をしているのかを全然知らない。

盗み聞きした情報によると、人類未踏の地を探索したり、世界全体を力で脅して支配したり、影で不穏分子を消したりなどやりたい放題してるらしい。当然それが事実かどうかはわからない。

確実に知っているのは、その組織が神出鬼没のバケモノに対処しているということだけだ。


(たしか僕が初めてファイパ技術を目の当たりにしたのは…)



プォン


『当機は間も無く、星首都ドギルノイズ領空に進入いたします。進入に伴い当機は減速し高度1000mまで下降いたします。揺れにご注意ください。また減速下降後、当機は観光モードに移行し機体前方と3階の展望室が開放されます。ドギルノイズの景観を是非お楽しみください。』


キプナがファイパ技術について思いを巡らせようとするのを機内アナウンスが阻止した。


「展望室で観光……僕は…良いかな……右の小窓からでもある程度、景色は見られるから……」


キプナはこの飛行機エアホエールに居る乗客が少ないことと、自分の座っている席が壁に仕切られた個室なのを良いことに心の声をつぶやていた。

そして窓の向こうは見ず、気圧の影響か痛む左側頭部を手でおさえ、目を閉じ再びファイパ技術について思いを巡らせ始めた。



コンコン


「あのっ……私と一緒に観光しっ……ませんか?」


キプナがファイパ技術について思いを巡らせようとするのを高齢男性と思われる、かすれた声の持ち主が阻止した。


「はい!! 行きます!」


キプナは反射的に席を立ち上がり、勢い良く返事した。

 

何故、知らない人の急な申し出を即了承してしまったのかキプナ本人にも分からなかった。

キプナは慌てて窓台に置いていたメガネを装着し、立ちくらみでボヤけた視界の中パッパと膝立ち歩きで部屋の出口まで向かい、ドアハンドルに手を掛けた。



キーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!



ドアを動かそうとしたところで気圧変化のせいか甲高い耳鳴りと激しい頭痛がキプナを襲い、全身の筋肉が強張った。

あまりの痛みに両まぶたをギュッと閉じた。特に顔の左側は梅干しになっていた。

やっとの思いでドアハンドルを握り直し、痛みを振り払うかの様に力強くドアを左から右へスライドさせた。


頭痛と耳鳴りはドアを全開すると同時に少しだけ弱まった。


まぶたを開けると、そこに居たのは予想通り高齢の男性で、車椅子に座っていた。


頭には円柱の下部に短いツバが360度付いてる黒い帽子を被っている。

髪は白髪。短髪。

細めた瞼の奥の瞳は青く、白目の部位は黄ばんで少し血走っている。

肌は白く、顔は年相応にシワとシミが刻まれている。

服装は白いシャツに黒いネクタイ、灰色のジャケット、その上からブラウンのコートを羽織っている。下は灰色のスラックス、ダークブラウンの革靴。身につけているもの全てが新品に見える。

高齢男性の乗る車椅子は全体的に白色で、座っている者の後ろ側から頭上までを包み込むような丸みを帯びたデザイン。キプナは少しダンゴムシに似ていると思った。側面に大きな車輪は見えない。手押しハンドルと肘掛け周辺には、よく分からないマークの付いたボタンや表示が密集し淡く光っている。それらはキプナに多目的トイレや病室を連想させた。

 

彼はキプナがドアを開け姿を現した瞬間、

「えっ?!」と驚いたがすぐさま視線を下ろし、膝立ちのキプナと目を合わせた。


彼は年相応の貫禄のある声と服装の割に言動に落ち着きが無い。

そしてつい先程は視線が合わなかっただけで声を上げ、今はキプナに顔こそ向けてはいるが、目はキプナよりも後ろのスライドドアを見つめている時間の方が長い。


(緊張する、話し合うかな〜、でも僕がリードしないと。声出せ僕!)

 

初対面の高齢者とこれから展望室で観光とのことで少し緊張していたキプナだったが、目の前の彼の振る舞いから自分以上に緊張しているのだろうと考え、気合を入れ、口を開いた。


「では、展望室に行きましょう。機体後方のエレベーターから3階に向かいます。3階の天井は透明なので、雲一つ無い青空と大海原、ドギルノイズの未来都市を同時に堪能できます!」


「……………………」


「…それと、もう少しで第一の観光名所、3500mの滝の壁が見えてきますよ!」


「……………………」


キプナが話しかけてから数秒ほどたった。しかし目の前の高齢男性は口を開かず、いまだにキプナの後ろをキョロキョロ見ていた。



「あの……車椅子、押させていただ…」


「えっと!」


キプナが言葉を続け車椅子の後ろに回り込もうとした時、やっとドア越しに聞いた、かすれた声が返ってきた。

彼の目はもう泳いでおらず、視線はキプナの後ろで固定されていた。

彼は右手人差し指で視線の先を示した。

そして一言

 

「……ドアが…………」



「エッ?…………………………………!!!!!」


キプナが後ろを向くとそこにドアは無く、室内の景色が見えた。視界の端に全壊したドアが見えた。



ポン


エレベーターが到着する音が少し遠くから聞こえた。

中から、このエアホエールに搭乗する際に見たスタッフと同じ制服を着た30代前半の顔立ちの男性と、その後ろに2人同じ服装の男性が出て来た。

物凄い剣幕でこちらに向かって来ている。


キプナはたぶん全てを理解した。

あの時開けたドアが横開きでなかったこと。

目の前の彼の落ち着きの無い振る舞いは、自分がドアを破壊して目の前に現れたことが関係していたこと。

そして今こちらに向かって来るスタッフの男性等は、この機体の監視端末的な物が察知した異常を現地確認しに来たのだろう、テロリストの可能性も考慮して。


キプナはスタッフと対面になるよう体の位置と向きを調整し、両手を頭の後ろで組み、膝立ちの状態から、直立の姿勢へ警戒されないようゆっくりと体勢を変えてゆく。


スタッフ3人の動きがこちらから2m程離れた位置で止まり、間も無く直立の体勢へ移行し終えるキプナを全員怯えた表情で見上げていた。



ガゴンッ!!!


突然、鈍い音が静かに緊迫した空間に響いた。


その音と痛みでキプナは思い出し、気付いた。

自分の身長が290cmであること。

車椅子に座っている高齢男性と目の前のスタッフ3人が冷静な振る舞いでいられないのが自身のデカ過ぎる図体のせいであること。

エアホエール2階の床から天井までが270cmであること。

たった今、自身の頭頂部が天井にめり込んだこと。


完全に理解したところでキプナは意識を失い、前のめりに倒れた。





 

 


「無理しないでください!」


 




「頭痛、大丈夫ですか?…安心してください。絶対守ります!」





ビュンブブブブブブブブブブブ!!!!

 

発生源不明の騒音が突風とともにそこら中から響く。


キプナは意識を取り戻した。

左頭部に風を感じない。鼻づまりが酷い。顔の左側と左腕の肩から指先にかけて何かでネチョネチョ濡れていて気持ちが悪い。

前のめりで左にかたむき、左腕を枕にした状態でキプナは倒れていた。

痙攣けいれんするまぶたをゆっくり開けた。世界が赤い。


足に力が上手く入らず、ぼーっとした意識で赤子の様にひたすら地面を這う。

深くえぐれ、原型が想像できない茶色の地面に何度も手首と膝をひねられる。本当なら今もここには整った天然芝がびっしり生えていたはずだ。



地面を這い続けて気づいた。

原型を留めた建物をまだ目にしてないこと。

そこら中から煙が上がり酷い匂いが漂っいてること。

自分が無意識のうちに自宅に向かっていたこと。

目の前の大きめの残骸が自宅であること。


1階と2階合わせて6室の小さな築38年のアパート。そこの敷地内入ってすぐの1階の一室に母と2人で生活していた。

残骸に動かない母が挟まっている。


駆け寄り母のうつろな瞳を見た。

映っているのは頭の左側の皮膚が剥げ血塗ちまみれの自身の姿と、自身を背後から喰らわんとする、虫の寄生する龍の頭、成龍せいりゅうだ。





 


キプナはファイウィーミッド ファイパ技術学校敷地内のスタジアム前に来ていた。

色々あって本来の到着予定時刻から2時間以上も遅れていた。大遅刻だ。

それでも想定では現在時刻の10分前くらいには到着していたはずだとキプナは考える。それでも大遅刻には変わりない。


学校敷地内に入る際、受付での手続きに約1分。

敷地内に入ってすぐの上り階段で転倒、右脚のすねを打ち約2分歩行不可。

3つあるスタジアムの内、集合場所のCスタジアムが現在地から徒歩20分の距離にあると知り、料金35ドルの人輸送ドローン乗り場に行くのに約1分。

結局約9分、ひとっ子一人いない学校敷地内を人目を気にしながら走りCスタジアムに到着したが、設備不良のため急遽会場をAスタジアムに変更するとの掲載がされていた為、約5分走ってAスタジアムに到着し今に至る。



Aスタジアム入口付近にも人はいない。

そんな中、微かに聞こえるスタジアム内の熱狂がキプナを不思議な気分にさせた。

キプナは7個ある改札のうち真ん中の改札を受付で貰ったサイズの合っていない腕時計型情報端末コイルフォンをポケットから取り出し、かざして通りぬけた。


2階の南観客席でエレベーターを降りた。

中央の長方形の砂利のコートを無数の人間が取り囲み、ガヤガヤと音を立てている。


キプナは眩しい日差しに目を細め、スタジアムの屋根の向こう、遠くを眺めた。



無数の人工物が空を窮屈にしている。

目に映る建造物の殆どは1000mを超えているらしい。どれも奇妙な形をしており、競うかの様に空に向かって伸びている。

その先にはホイールがスカスカのタイヤの様な巨大構造物が、腕時計の中身の様に、無数に大小様々、複雑に噛み合い空に漂っている。天空都市セロノポッドである。

ここドギルノイズは場所にもよるが基本的に海抜が3500m以上ある。あの場所セロノポッドの住民は、高山病云々どころではない、血液が沸騰しそうだ。

そして今、こんな高地にいるのに自身に高山病の症状が出ていないのをキプナは不思議に思っている。


キプナにとってドギルノイズは不思議だらけだ。

第一に地形。

ドギルノイズは大陸と海の境にある直径約2700km、高さ約3500mの円柱の陸塊りくかい上に君臨する超巨大都市だ。

キプナはバスケットボールに直径5cmくらいの円形シールを貼ったものを用いて、教えてもらったことがある。

そして、初めてドギルノイズの低高度静止衛生写真を見せてもらった時、こんなにも綺麗な丸い土地が自然に出来上がるものなのかと衝撃を受けた。


第二に水源。

ドギルノイズの主な水源は雨水である。しかし普通の雨水ではない。

ドギルノイズとその周辺の大気中の水分と、雨水にならず通過、霧散するはずだった雲を天空都市セロノポッドで回収、加工し人口的に雨水として降らせたものである。


(ドギルノイズの人口約1億人を養う大量の水の素を上空で管理…なぜ可能なんだろう?

想像も出来ない程の高度な技術と莫大な費用が必要な気が……

そういえば、そもそも天空都市セロノポッドはどうやって音も出さずに空を浮いてられるんだろう?

あと…ドギルノイズには3500mの滝の壁があったっけ……あの量の水…)

 


ツン 

 

「うおぁっ?!」

 

キプナは急に右脇腹を突かれた。驚いて右を向くと、そこには自分の腰までくらいの背丈の女の子がいる。

髪はグラデーションの入った美しい青色、長い髪をいろいろ工夫して頭頂部で結んだイソギンチャクもしくはバナナを頭に被ったかの様な髪型。玉ねぎにも似ている。

髪と同じ色の青い宝石の様な1対の大きな瞳がキプナの視線を奪う。

 


「ミアちゃん!」


キプナは少し嬉しそうにその女の子の名前を呼んだ。

歳が2つ上の幼馴染、ミア ネオトゥスである。



「遅刻したくせに景色眺めてぼーーーっとしおってからに!少しはアタシ達を見つけようとしたらどうなの?もうとっくに1試合目は終わっちゃったわよ!」


ミアがキプナに文句を言う。


「1試合目?」(ファイパ技術の競技?)

 

キプナはこの幼馴染のミアに誘われてこの場に来たものの、何が行われるのかを知らない。



「ハロー キプナ」


自分の名前を呼ばれ、キプナが左を向くと見知った2人の男がいる。


たった今話しかけてきたのがカイシュン。

年齢は24歳。キプナの8つ上だ。

身長は少し低く、本人から聞いた話だと169cm。

髪色は茶色寄りの黒、髪型はミアを意識してか、さほど長くない髪を頭頂部で結んでいる。

瞳は黒色寄りの茶色。

肌は黄味のある薄茶色。

顔の彫りは深くない。

髪を下ろして調整すると見栄えが良くなる。

格好はほぼ無地の紺色のTシャツにグレーの短パン。

履いている靴下は黒色、白い運動靴は手入れせず数年間履き続けているのかボロボロだ。黄ばんで複数箇所に小さな穴の空いたメッシュとライニングが削れスポンジが顕になったかかと部分を今すぐにでも補修したい。

ちなみに他人の呼び方が気分によってコロコロ変わる。

キプナは知り合って2週間、ナプキンと呼ばれていた。


そしてカイシュンの隣にいるのがヴェイザー。

22歳。

身長は平均よりも高く190cmぐらいでスラッとしている。

金髪で左前髪に軽くパーマをかけている。

瞳は蒼く、肌は色白、顔は彫りが深く髪型に頼る必要が一切ない程美しく整っている。

白いワイシャツの上に黄色い月の満ち欠けの様子の模様が入った黒いネクタイ、下は黒いスラックスにシンプルなベルトを巻いている。

黄色いワンポイントマークのある黒いコンバットブーツは少なくとも2年は履き続けてるはずだがいつ見ても新品同様に見える。



ヴェイザーもカイシュンの挨拶に続いて口を開く。


「やっぱキプナは目立つな。探そうとしなくても目に止まる」


と言いつつ、ヴェイザーはキプナに周りを見てみろ? と言いたいのか首をゆっくり左右に振る身振りをしたのちキプナに目をやった。

それに従って周りを見てみると、近くにいる人の殆どがキプナを見上げコソコソ話している。


「身長290cmそれに加え頭の左側、タトゥー入れてる。目立つな。周りの奴らみな見上げてる」


ヴェイザーが腕組みしながら言った。


「あと、なんで黒いスーツで来たのよ?マフィアっぽいわね。」


ミアもキプナの外見に口出しした。


「一応、無難な服装で来たつもりでしたけど…」


キプナはタトゥーのある場所を少し左手で覆い、右手でメガネを軽く押し上げながら照れくさそうに答えた。



ヴェイザーは観客席の1番下の人が少なく、左手側に階段のある席を指差した。4人はキプナを先頭に階段を降り、そこに向かった。


座り方は背面から見て左から

キプナ、ミア、空席、カイシュン、空席、ヴェイザー

キプナはまともに座ろうとした場合、座席がぶっ壊れる為、階段に着席。キプナは横幅もデカい。


皆が一息ついてからヴェイザーはミアの様子を見た。

両手を両膝に置き少し前のめりになり、顔を上に傾け遥か北をポケ〜と見ていた。

ヴェイザーはその姿が、ミアが誰かしらに後ろめたさを持っている時の仕草の一つだと知っている。

ヴェイザーは軽いため息を吐き、体を背もたれと共に後ろに傾け少し声を張り、けっこう左に居るキプナに質問した。

 

「なぜ今日ここに来ることにした?」


「ミアちゃんに今日のファイパ技術学校のもよおしは入学予定の人は必ず出席しないといけないと言われたからです」


ヴェイザーがほぉとうなずいた後答える。


「……………出席する必要ないよ」

 

「え?」


キプナの反応にハハッと笑った後、もう1つ質問した。

 

「もしかして昨日の夜、ミアから電話でそのこと聞いた?」


その時ミアは口を少し歪ませ、目だけをすぐ隣にいるキプナに向けていた。

 

「はい!そうです! その催し明日あるから住所送っとくから って言われて通話切れました…ハハハ」


「それは言葉足らずだ…………」

 

「キプナにも学校からの情報届いてるんだからアタシがトヤカク言わなくても確認できるわよ」


ムッとした顔でミアも会話に入ってきた。


「え? 確認します」


キプナは袖をまくり左腕に巻いてある3つの腕時計型情報端末コイルフォンの内、外部連絡用の赤い方に目の焦点を合わせ起動した。

所有者本人にしか見えない半透明な画面が空中に浮かぶ。

キプナはまくった袖を元に戻し、時折首をかしげながら、空中で右手の指を動かす。

そして十数秒後、口を開いた。



「あのー色んなとこ何度か確認しましたけど、学校からは一件も、メールも何も届いてません」


「うそぉ!」


声をあげるミアにヴェイザーが聞いた。


「ミアには学校の情報は届いてるんだよな?」


「まだこの学校に在籍してるんだから当たり前でしょう!それが何だって言うの!」と答えるミアにヴェイザーはすかさず


「今日の案内のメール何件来てた?」と聞いた。


ミアはバッと一瞬でスカートのポケットからコイルフォンを取り出し起動、メールを速攻で確認した。


「2件来てる…し、本文よく見たらKypnaキプナ Plumoプラモ Bssolmブッソルムって書いてる…」


ミアがボケ〜とした顔で宙を見つめながら言い、また口を開く。


「…ということはあれだ、キプナ宛のメール全部アタシに届いてるわね」


「そう言えば、僕の入学手続きほとんどミアちゃんがやってくれました。提出期限ギリギリで切羽詰まってたし、間違えて自分の連絡先提出してしまうのは仕方ないですよ…」とキプナはミアをフォローした。


(入学願書の提出期限ギリギリにこの学校に入学しろと僕に命じたのはミアちゃんだけど……)


「色々ごめんねキプナ。そういえば、その右脚の脛、ヒビ入ってるわね。後で治すわ」


「ン!?」ミア以外の男3人が一斉に反応した。

 

「え?僕の骨にヒビが?!って痛ぁ!すごいズキズキする!」


「階段でこけちゃった?」ミアはフッと笑いながら聞いた。


「はい!そうです。というより治…」



キキィーーーーーーン


高音がキプナの言葉をさえぎりスタジアムに響く。


『うわ、うるさぁ』


スタジアムのどこかにあるスピーカーから女性らしき声が響く。

 

『お待たせしました。只今よりエアドマスター第2試合を開始します!!!』



ワァァァァァァァァァァァァァ!!!!


女性の声に反応しスタジアムが一気に盛り上がる。



「エアドマスターって何です?」


キプナが声を張り上げて質問した。


「うっさいわね!聞こえてるわよ!エアドマスターってのはね、うちの校長とファイパ技術者が戦うのよ」



『それではまずガーソン イビューサ校長、入場してください!』


すると観客席下、東の入場口から1人の男がコートに現れた。と同時にまたスタジアムに騒がしい声が溢れる。


 手加減してやれーーー!


      瞬殺しろおおぉぉ!!!

 

          ガーソン!!ガーソン!!


そんな中キプナはガーソン イビューサ校長を観察していた。

短髪、白髪混じりの焦茶色。

顔は観客席からはよく見えないので、受付で貰ったコイルフォンを起動しこの学校のホームページを見ることにした。

Garsonガーソン Ibusaイビューサ

年齢は48歳。

右眉毛に大きめの切り傷が斜めに入っている。

目は細く少し吊り目。

瞳は黒色寄りの茶色。

右目の下辺りに大きなホクロがある。

鼻が右に曲がっている。

肌は少し黄味のある白色。

顔にしわが多い。

身長は180cmぐらい。

赤褐色のフード付きのマントを羽織っており、左腕の上腕部にあたる位置にファイパ技術防衛及び探査隊のロゴマークが刻まれている。

マントの下にはファイパ技術防衛及び探査隊公式の戦闘服と思われるものを着ている、首から下の肌は一切露出しない作りになっている。

うなじ辺りにエアバッグが入っているのか膨らみがある。

両肘に肘当てを付けている。

左腕の前腕部にだけ長方形の携帯端末のような物がくっ付いている。

両膝に膝当てを付けており、膝から下は妙な形をした硬そうなロングブーツの様なもので覆われている。

随所に排熱機構らしき黒い筋が見られる。

排熱機構やエアバッグと思わしき箇所以外にもところどころ複雑な機構を持っていそうである。

これから誰かと戦うにしては、いささか軽装備に見えた。



『はいはーい、うるさーい、民度わる―い』


熱狂する観客をなだめるスピーカーからの声でキプナは我に返った。

 

「今からあの校長と誰かが戦うんですよね?あの校長、戦闘服らしきものは着てますが頭に防護がありません。それに手ぶらで武器らしき物が見当たりませんが……殴りあいでもするんですか?!」

 

「たしかにそうね。ガーソン校長は遠距離攻撃がメイン…とはいえ今年はメット無し、近接戦を想定した武器を手にしてない。手加減してくれてるわね。まぁマントの下に折り畳み式の刃物や拳銃を装備してるだろうけど」とミアが答えた。

 

「銃?!」


キプナは驚いた。そして他にも気になる点を質問しようとしたが、ミアが自分から視線をらし中央のコートを見下ろしたので2秒ほど口をつぐむ。すると



『続きまして挑戦者の入場です!』

『挑戦者 ノクト ターネンヴィテップ ナロークス!!!』


スピーカーの声が言い切るより早く西の入場口から小走りで戦闘向きとは思えない大きなフード付きの黒いロングコートを着た男が1人、コートに出てきた。

右手には長めのナイフを持っている。

顔はフードで全く見えない。だが、やはり男なのは何故か確信できる。

身長はたぶん低め。

腰回りのしっかり結んでいない長いベルトの紐がひらひらしている。

観客席からは小さくブーイングが聞こえる。

コートに立った男は自分の立ち位置が校長とキッチリ対称になるように何度も首を左右に振ったり、遠くを眺めるポーズで校長を見たりして距離を測り10秒程ウロウロした後静止した。



ギュォォン! フォォン! ギュォォン! フォォン!

 

『ファイウィーミッドファイパ技術学校Aスタジアムを意志汚染警戒区域に指定。防護膜展開。間も無く意志技術戦闘許可区域に移行。』


聞いたことのない不気味なサイレンと自動音声がスタジアム内外から響く。

先程までザワザワしていた会場は静かになった。

コート内の校長は右手を身につけているマントの下で後ろに隠し、前傾姿勢で構えている。

それに対しロングコート男は以前姿勢を変えず、立ち尽くしている。


 

フォン!!


謎の音と共に赤い光がコートを中心に直方体で囲む様に淡く光った。

これが戦闘開始の合図なのだろう。


 

ブォッッ!!!!ギュンッッッッ!!!!!



一瞬の出来事だった。

キプナには校長とロングコート男との間の地面が少し光ったように見えた。

そして次の瞬間にはロングコート男の周囲約3mの地面が陥没。陥没した地面の穴の中から、コートと同じ色の棘状の物体が無数に、ロングコート男を突き刺すように伸びていた。

しかし赤い半透明の厚みのある膜のようなものがロングコート男を包み、体が蜂の巣になるのを防いでいた。



「エッ?!!!!! 防いだ?!!!」状況が理解出来ないキプナが驚くのも束の間。



『戦闘終了!!!』

 

『勝者 ガーソン イビューサ!!!!!!』



ウオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!


スピーカーからの音声が言い終わると共に、今度は青い光がコートを中心に直方体で囲む様に淡く光り、観客席からはドッ!!と歓声が上がった。



(終わった?!…………速すぎる!!全く目で追えなかった!ファイパ技術者が常人とはかけ離れた身体能力を持っていることは分かってはいた。でも地面の変形!それは知らない!!これがファイパ技術!ファイパ技術を用いた戦い!!意志技術戦闘いしぎじゅつせんとう!!!)


「ミアちゃん!!一から説明をお願いします!!!」

 

キプナは興奮気味に隣にいるミアに問いかけた。

 

「ものすごく簡単にならいいわよ。その前にあれ見なさい。」


ミアはコート内を指差す。

先程まで変形してたコート内の地面はジュゥっと煙を上げて元に戻っていた。

その上に球状の赤い半透明の膜に包まれ、迎撃態勢のポーズで固定され横たわっているロングコート男の姿がある。

そこに校長がゆっくり歩み寄り、彼をネコ車でも押すかの様にコロコロ転がし、東の入場口に帰っていった。


「無様でしょー?対策もせず、舐めた格好で目立とうとするからよ!」とストレスを発散するかのようにミアは言った。


「んじゃ説明するわ」


キプナは金色の私用のコイルフォンを起動、キーボードを空中投影し両腕を構えた。


「まじめね。正直メモするに値しないわよ。それにまだファイパ技術を学んだこと無いキプナには 何を言ってるんだコイツは ってなるけど…良い?」


それでもキプナは真剣な眼差しをミアに向けている。


「ほぉ……まず戦闘開始直後ガーソン校長は足の裏から地面にファイパを放出、対戦相手ナロークスの直下までファイパを伸ばした。そして地面を陥没させる。陥没させる際に圧縮した地面を棘状に変形。棘を触腕のように操り攻撃。ナロークスの安全装置が作動し戦闘終了」ミアはあっという間に説明し終えた。


(ファイパ……まだよくはわからないが、なんだろう…とにかく自身の体内、もしくは身につけてる靴からファイパってのを物体に流すことで自在に操ることが出来る…今はこのくらいの理解で良いのだろうか)


「………ファイパ……それに…意志技術戦闘いしぎじゅつせんとうって…結構単純なんですね…………」


「今の説明だとそう感じるわね。まともな技術者同士のタイマンなら複雑な駆け引きが行われて、戦闘が長引くけど。両者の技術差が激しいと技術者の体感時間でも一瞬なのよね。特にさっきの試合、いくら校長が強かったとしても、あと一手二手くらいは長引くはずなんだけど挑戦者のナロークスが雑魚過ぎなのよ」


「その雑魚過ぎ男に1ヶ月前タイマンで負けたのは誰だ?」ヴェイザーがミアに問いかけた。


「もしかして2月2日にやった卒業者トーナメントの事言ってる?あの時体調悪かったし、十分勝ち進んで満足したから手を抜いてわざと負けたげたのよ」ミアは子どもじみた言い訳を淡々と口にした。


キプナは先程からやけにナロークスに当たりが強いミアの態度に合点がいった。


「勝ち進んだにしては成績は中の下だったな」ヴェイザーも相変わらず淡々と言葉を返す。


「ヴェイ、アンタは初戦敗退でしょ!棚上げして馬鹿にしおってからに!」今度は強い口調で答えた。


「技術者同士のタイマンなんて状況、実戦的でない。起こり得ない。それに俺の専門は戦闘ではない。探査隊の監査員になれと命じたのはミアだ」


ヴェイザーはキプナの知らない情報を含め、淡々と述べた。

言い争いをする2人の間に空席を挟んで座っているカイシュンは背もたれを倒し、目を閉じている。巻き込まれたくないのだろう。



「あのぉーぅ、ファイパ技術について他にも聞きたいことがあります。質問してもいいですかね?……」キプナが恐る恐る2人に問いかける。


「主に意志技術戦闘のことだろ?それは中の下のミアの専門だ。たくさん質問してくれ」とヴェイザーが嫌味な言い方で答えた。


「はいはい。専門関係無く基礎知識よ。ヴェイの上位互換のアタシにじゃんじゃん質問してね」ミアも嫌味な言い方で答えた。


「……ええと、最初の質問はファイパ技術者の戦闘服についてです。僕から見るとガーソン校長が着用していた正式な戦闘服と思われるものが軽装備に見えました。実際の技術者同士の戦闘はどういうものか分かりませんが、今回のエアドマスターでは少なくとも小型銃火器の使用が許可されてるんですよね?幾らファイパ技術者が一般人を大きく上回る反応速度と身体能力を持っているにしても、弾丸の飛び交う戦場を生地の薄そうな戦闘服に加えヘルメットも無しだと、死角からの弾丸で呆気なく命を落としそうです。模擬戦かつ安全装置が確実に作動する環境下だからこそ軽装備が可能なんですかね?それと一応聞いておきますがナロークスさんに関してはあのデカフードロングコートの下に戦闘服を着ているのでしょうか?それともああいう形の戦闘服なのでしょうか?」キプナはようやく長々と質問が出来て気分が良かった。


「当然の疑問ね。まず戦闘服に関してはあれでも防弾性、耐火性はしっかりある。一番重きを置いてるのは排熱、冷却補助機能ね。そしてキプナの言った通り、安全な環境下だから両者とも軽装備でいられるってのはもちろんあるわ。実戦装備だとガーソン校長の場合は首から上を完全に覆えるメットとデカめのバックパックを装備したりなんかして模擬戦時よりも比較的重装備よ。ナロークスの服装は完全に趣味ね。トーナメントやった時あいつは下に戦闘服を着てなかったわ。どうせ今回も着てなかったでしょう。当然あのバカデカフードロングコートは戦闘服でも何でもないわ。」


「……でもあの形の戦闘服があるならカッコよくない!フードの内側に赤外線カメラや暗視カメラの景色なんか投影したりして」今まで無口だったカイシュンが口を開いた。


「確かに機能的ならあの服装も悪くないわ。夢があるわね。でも実現する場合インスペースの変態どもに大枚はたいてまで付き合わなきゃだからな〜」ミアはどこか楽しげに腕組みしている。


(インスペース……どこかで聞いたことがあるような……何かのスポンサーだったような…)

キプナは空中で両手の指を構えた状態で何だったか思い出そうとしていた。


「ごめん、話し戻す。んでファイパ技術者が実戦、模擬戦問わず軽装備でいられる最大の理由。それは…」



ガッ ガゴ


『お待たせしました。只今よりエアドマスター第3試合を開始します!』






キプナはまたもあの声に中断された。


(最近こんなことばかりな気がする)



『……ではガーソン イビューサ校長、入場お願いします!』


スピーカーからの音声を合図に第2試合同様、東の入場口からコートに校長が現れた。









『…………叫んでもええんやで?』


ウオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!!


 校長ーーーーーーーーー!!!

 

  ガーソン!!ガーソン!!ガーソン!!!


   クソザコどもおぉ!!瞬殺しろおおぉぉ!!!

 

    試合時間の合計10秒もねぇーぞぉーー!!


『誰だ!今暴言吐いたやつ!』


そんな中、耳を塞いでキプナが下の方に目をやると校長がなにやら左手の指だけをプルプル動かしている。

キプナは校長が左腕前腕部についてる長方形の携帯端末と思われるものを起動し、空中投影したキーボードに何かを打ち込んでいるのだろうと予想した。



『……会場の皆様。盛り上がっているところ大変申し訳ございませんが、本日のエアドマスターは第3試合をもって終了とさせていただきます』


先程まで観客席からの歓声と口喧嘩していたスピーカーの声が改まった口調で伝えた。

その知らせと同時、いや、もしくはその知らせをスピーカーが言い始めるよりもほんの少し前から会場の雰囲気が重苦しいものに変わっていた。


「これはどういう事ですか?」キプナはこの異様さに疑問を感じミアたちに問いかけた。


「気にしなくていい」


ミアとヴェイザーが同時に答えた。2人とも少しピリついている。

いや、ミアはともかくヴェイザーは今日ずっとそんな感じな…気がする。



…校長ーーーーーーー!

 

  ガーソン!ガーソン!ガーソン!


   瞬殺しろおおぉ!!瞬殺しろおおぉぉ!!!


    ザコおおぉ!!瞬殺しろおおぉぉ!!!!


     ざけたことぬかすなクソアナウンサー!


『はあ?!仕方ねーだろ!あと!お前の隣にいるバーサーカーを黙らせろ!』


 瞬殺しろおおおぉぉぉ!!!!!


『だからうるせーよ!そんな格好してんなら試合でろや!誰かアイツらコートにぶん投げろ!!』


一瞬、重苦しい雰囲気を挟んだがアナウンサーと、キプナ達からそれほど離れてない席にいる何故か武装している2人組の口喧嘩が会場をにぎやかにした。

とはいえキプナはその賑やかさも異様に感じた。



『では!続きまして挑戦者の入場です!』

『挑戦者 ヴァルクベンドゥルグ ブロスーズ ビャクエイ!』


スピーカーが名を言い終えると西の入場口から第2試合同様、挑戦者が出てきた。

しかしナロークスとは対照的にゆっくりと落ち着いた歩みで自身の立ち位置に向かっている。


(なんだあの人!!……)


たった今コートに現れた挑戦者は格好がナロークス以上に変だった。


身長は180cm程度。

顔は赤いバイクのヘルメットの様なものを被っており全く見えない。

首元にヘルメットの上から白いマフラーを巻いている。

ヘルメットから下は黄色いラインが入った青色のダサいジャージを着ている。

太っている、または大量の武装を詰め込んでいるのか着ているジャージが腕部、腹部、脚部など全身がとにかくパンパン。特に腹部は妊婦の様に膨らんでいる。

手には両手ともサッカーのゴールキーパーが着けていそうな手袋をしており、ジャージ同様パンパンだ。

背中に普通の図体の人にとっては大きめの真っ白なバックパックを背負っている。

結構脚が長く見える。

ガタイから明らかに男なのは分かる。

武器は手に持っていない。


 

挑戦者の男は校長と対称となる位置で歩みを止めた。


「スゴイ格好、あれ誰だろう……」カイシュンがボソッと言った。


「…あの人はお前と同じ3年制の学部にいて去年ここを卒業した技術者だ。確か今は土木とか建築関係の仕事をしてるらしい。何歳かは知らないがオレらよりも歳上だったはずだ。それにあの名前からしてお前と同じ自治区出身だろう、にしては肌が結構白かったが。一応、同学年だったのだろう?印象に残ってないか?」ヴェイザーがカイシュンの言葉を拾い、返した。


「……」カイシュンは口籠もっている。


「あーそういや下ネタばっか言ってたわね。あんたと気が合いそうじゃない?カイ、覚えてない?」ミアが補足情報を加えて、カイシュンに聞いた。


「……知らない」


「相変わらずだな。カイシュンの記憶力は」とヴェイザーが言った。


「…あれ、エアドマスターって在校生以外も参加出来るんだっけ」ミアがヴェイザーに問いかけた。


「……参加できる。FTVフットヴィ所属のファイパ技術者であれば基本誰でも。知らなかったのか?」


「うん」


「基礎知識だぞ?」


「…そうね」


この3人は18、22、24と年齢がバラバラだ。しかし同い年の会話に見える。



ズキンッ!!


キプナはその激しい痛みで自身の右すねにヒビが入っているのを思い出した。


ズキンッ!! ズギンッ! ズギンッ!!


(冷や汗が止まらない。頭痛い!クラクラする。もう面倒ごとは嫌だ!あの夢はもう見たくない!)


ズギンッ!! ズギンッ!! ズギンッ!!!


キプナはただ必死に耐える。


ズギンッ!!! ズギンッ!!! ズギンッ!!! ズギンッ!!!


脛の痛みなどもうどうでもよかった。

今はとにかく頭が痛い。

あの夢を見たくない。

 

(痛い痛い痛い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌



ポン


右肩に小さな感触がある。ミアの左手だ。


「ごめん!脛治すの忘れてた」


ミアはそう言って、席から立ち上がり階段に座っているキプナの正面に移動した。

ミアはキプナが尻を置いている段の2段下でちょこんと膝立ちし顔を見上げている。ミアは今、キプナのかっぴらいた股の間にいる。

頭の痛みはすでに吹き飛んでいた。



「治すからズボン脱ぎなさい」


「…エッッッッッッッッッッ!?!!!」


ミアの表情は真剣だ。


「別に脱がなくったって僕がすそまくり上げておさえておきますよ?!それでもやりにくいなら膝から下切っちゃって良いですし…」


「ダメよ!脛だけでなく右脚全体を診なくちゃいけないから。それに覚えときなさい。デカいあんたの服は全部オーダーメイド。超高価なのよ!」そう言ってミアはキプナのベルトを乱暴に外し始めた。


「うおぁ!!止めてください!こんな場所で!…痛いッ!!」


「暴れないで!腰浮かしなさい!クッサ!!汗でびしょ濡れじゃないの!」ベルトを外し終えたミアはズボンを下ろし始めた。



ギュォォン! フォォン! ギュォォン! フォォン!

 

『ファイウィーミッドファイパ技術学校Aスタジアムを意志汚染警戒区域に指定。防護膜展開。間も無く意志技術戦闘許可区域に移行。』


あの警告音が鳴った。あと数秒で始まる。



「始まっちゃいますよ!」


「うっさいわね、気にせず試合だけ観てなさい」



フォン!!


音と赤い光、始まった。



バ ズンッ!!!


第2試合同様、地面が少し光ったように見えた。そして激しい音を立て、変形した地面の棘が挑戦者の腰辺り目掛けて前方から斜め上に伸びている。


キプナは一瞬だけ両者が地に足をつけている様子を見ることが出来た。

先程までガーソン校長がいた位置に、高さ2m幅1.5m厚さ40cm程の砂利の壁がある。そして現在校長はその左ななめ後ろにおり、右手に拳銃を持っている。

おそらく地面で挑戦者を攻撃すると同時、もしくはそれよりも前に弾丸を少なくとも1発放ち、その後に自身の前に地面で防護壁を築いたのだろう。

謎なのは校長がその防護壁の恩恵を受けられない位置にいること。


対する挑戦者ビャクエイは元いた位置から3mほど後ろで、どこから取り出したのか全身を隠しきれる程ではないが小さくもない真っ黒な盾を前方に構えてしゃがんでいる。

今いる位置からして校長の地面攻撃をバックステップで避けたのだろう。

何故ガーソン校長は地面を陥没させなかったのか?

第2試合同様、地面を陥没させれば挑戦者は地面を蹴ることが出来ず、棘を避けられなかったはずだ。

そうしなかった理由として試合時間が短すぎると不評だから手加減したという可能性もある。

それ以外の理由があると考えた場合、挑戦者も校長と同じ手を使った結果、挑戦者の下の地面はコントロール出来なかった。というのがしっくりくる。

そして他にも気になるのは挑戦者の赤いヘルメットに穴が空いていること、右耳がある位置だ。

どうやら校長の放った弾丸が命中したらしい、だが試合はまだ続いている。

挑戦者の命に別状が無いにしても、この時点で安全装置を作動させて試合を終了させるべきだろう。

今ミアがやろうとしてるように、死にさえしなければファイパ技術でどんな傷もすぐに治せるというのだろうか。今キプナの下着の3割が露わになっている。



ドッ!

 

校長が空中に飛び出た。


ズパンッ!!


真っ黒でドロッとした網のような大きな物体が空中にいる校長を捕えようと眼前に



ギュニョォン!!ギュニョォン!!ギュニョォン!!


突然、目の前で淡い紫色の光が壊れた液晶に似た模様で点滅し、それと同時に不気味な音が鳴り始めた。

試合開始直前、自動音声の言っていた防護膜とやらが壊れたのだろうか。キプナがその現象を認識できた次の瞬間。



 ピッギィーーーーーーーーーーーン!!!!


  ギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!


   ベベベベベベベベベベベべベチベチ!!!!

 

白い閃光と耳をつんざく鋭い音、無数の硬いものが激突する音、無数の粘性の何かが衝突する音、全てが重なり、キプナを襲う。瞼を閉じようと動かす時間さえ無かった。



無いに等しい視界と響界。

 

その刹那、奇跡的に視界が瞬いた。



自身の顔面左側に衝突寸前の白い手のひらサイズの鉄球。

キプナのズボンを掴み、目を見開いて硬直したミア。

そのミアの左耳を紙一重でかわし、キプナの骨盤右側衝突コースで進む鉄球。

そして視界中央 こちらを覗き、襲わんとする武装した黒い男。

髪色は黒、オールバック、長髪を後ろで束ねている。頭には顔の上半分を覆うほどのゴーグルの他、カチューシャ、耳当てを装着。露出している額と顔下半分の肌色は木炭そのもの。右頬に一筋の縦傷あり。両手には大きな刃を持っており、それが今まさに空を破り裂きながらこちらに迫っている。

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