第4話

「お爺さんが理解ある方で良かったね」

 瑠河るかが俺と街を歩きながら呟く。そんな瑠河を俺は迷惑に思いながら見つめる。

「えーなに?せっかく街に一緒に遊びに来たんだから楽しもうよ」

 瑠河が楽しそうに俺の手を引いた。

 まぁ爺さんがせっかく友達かのじょが遊びに来たんだから遊びに行って来いと背中を押してくれたのだ。きちんと誤解を解こうとしたのだが「いいから早く行け」と、店を追い出されたため、今こうして瑠河るかと街に繰り出している所だ。でも、こうして外に遊びに出るのは久しぶりだった。爺さんの所に移住してから数ヶ月か経つが、この街の商店街を歩くのは初めてだ。昔から根付いている小店が並ぶ。おやき屋を始め、お惣菜店と食べ物屋が続く。その中で結構真新しいスイーツのお店に目がいく、若い女子たちが好きそうなジェラードやクレープが専門のようだ。

「おいしそう」

 案の定、瑠河が興味を持ちお店に寄って注文をしている。待つこと何分か?注文した物を定員から受け取り手にジェラードを持って戻ってきた。俺にも買ってきたらしく手渡す、きょとんとしている俺に瑠河るかが問いかける。

「バニラなら大丈夫かなって思って…嫌い?」

 俺は首を横に振る。『調子狂うな…』俺は心の中で複雑な気持ちを抱いた。その後も瑠河に手を引かれて商店街を連れ回された。時間があっという間に過ぎて気づくとあたりは暗くなり始めている。

 薄暗くなってきた帰り道、瑠河るかと一緒に土手を歩いている。瑠河がどうしても一緒に夕日を見たいと俺の腕を掴み引っ張られた。そして夕日が綺麗に見える場所で俺たちは立ち止まる。そして俺に瑠河が問う。

浩介こうすけってお爺さんと二人暮らしなの?両親は?」

「えっ…あー両親は事故で亡くなったんだ去年…」

 本当は楽しい家族旅行になるはずだったのに、俺だけが助かった。旅行の帰りに巻き込まれた事故、玉突き事故で俺たちの乗っていた車も巻き込まれた、ほぼもらい事故だ。丁度、運悪く俺たちの車はトラックの後ろだった。トラックの荷台の積荷ごと運転席と助手席に落ち、母さんと父さんは押し潰されて人の原形はなかった。

「…後部座席にいたからかなぁ…俺だけ助かって病院で目を覚ましたから…」

「それは辛いね…」

 俺の話を聞き、しんみりと返答を返す。父さんと母さんの死を悲しむ暇などなく、置かれた現状を解決することで必死だった。改めてこうして聞かれると…思いにかられた…

「っ!思い出させてしまったんだね…」

 俺に目線を送った瑠河るかが悲しそうに呟くと、俺の頬に触れた。

「えっ…」【あれ…俺何で涙なんて流してるんだ?】

 瑠河るかが俺の涙を拭うと優しく声にする。

「…これからワタシのアパートに来ない?」

 俺が瑠河の発言に少し考え込んだ後、はっとして目を見開く。

「…」【え…誘ってるんだろうか…】

 俺は瑠河から一歩下がった。

「傷つくな~」

 瑠河が俺の行動にほっぺを膨らます。そんな瑠河に苦笑いしながら頭を掻いた。

 瑠河るかがふて腐れながら更に呟く。

「友人なんだから気にすることないのにな~」

「あ…襲わないよな…」

 俺は不安が言葉で、無意識に出ていたようだ。

「…ぶっあはははは」

 瑠河が俺の発言に大受けして、腹を抱えて笑っている。

「あはは…かわいい…大丈夫だよ 自分は未経験です その気のない相手に手を出す勇気なんてないよ」

 俺は瑠河の言葉に恥ずかしくなって真っ赤になった。そして俯きながら、ぼそりと声にする。

「…今日は…帰るよ」

「いつか遊びに来てくれると嬉しいな」

 瑠河るかが俺の返答に優しく答えてくれた。俺はその言葉にゆっくりと肯いた。

 帰り道を一緒に歩く、別に気になった訳でもないが、沈黙が気まずくて問いかけてみる。

「あ…瑠璃るりと一緒に暮らしているのか?」

 瑠河るかがその問いに首を横に振った。

「一人暮らしだよ」

 俺は瑠河の返答に、瑠璃るりも徒歩通学だよな、特教までの距離も考えたところ、自宅からでも、そんな遠い距離でもないのでは…と考え込む。

「…両親が離婚して母さんが再婚したんだけど…義父と合わなくて家を出たんだ それにこの女子装癖もあるしね」

 瑠河るかが自分を指差し、しながら寂しそうに語った。

瑠璃るりと双子だから小さい時は同じ服着て姉妹のようだったんだ でも中学校に入った時 なんだか分からないけど学ランを目にした時にひどく違和感を感じて 自分的に抵抗があって着れなかった だからほとんど地元中学には行けなかった」

 瑠河るかが更に辛い昔話を語る。

「そのこともあって母さんが病気性を疑って精神科に連れて行こうとしたことにも精神的にイヤなのもあって家を出たんだ」

 瑠河の話では、この学校の特別指導教室中等部に入学して高等部もここを選択したのだという。

 話が長くなり結局、瑠河も俺の住居に着いてしまった。店の前で瑠河るかが俺に苦笑いしながら声をかけた。

「こんなふうに自分の話をしたのは浩介こうすけが初めてだ 嬉しかった…何の偏見もなしに聞いてくれてありがとう」

「…なんで?…偏見なんてないよ」【多様性の話だろうし】

 瑠河るかが俺の言葉に微笑むと「…じゃあまた学校で」と家路へと歩き出した。俺はしばらく瑠河を見送った後、店の入り口へと踏み込んだ。店の隅っこで気配を感じ目線を向けた。昨日と同様その場所には…

「…楽しそうだな」

「クリス…」

 合宿に戻ったのだと思っていたが、この辺を彷徨いていたのだろうか…なんだか様子もおかしい。

「彼女には優しいのに何故 われには優しくしてくれないのだ」

 俺に寄り両腕を掴んだ。

「いっ痛いっ!」

『なんて力だっ』いつもと違う雰囲気のクリスに怖いと感じた。

われはコースケのことをこんなにも想っているというのにっ…」

 俺は無意識に叫んだ。

「クリスっ痛いっ」

 俺の腕を掴んだクリスの手に更に力が入る。そして強く引き寄せられて抱きしめられた。

「クリスっ苦しい…」

「大丈夫だ 苦しくなどなくなる…」

「?」

 クリスの言っている意味が分からない。

われに任せていればいい…」

 耳元で囁くクリスの声が、耳に強く振動を与える。その振動に、くすぐったくて首を振った。

『うん?…』首に生暖かさを感じる、クリスの吐息が首に当たっていることに気づいた離れようとするが、ビクともしない。

「離れろって」

 俺はクリスから逃れようと抵抗し続ける。

「なぜだっ なぜわれを拒むのだ」

「なに言ってんだよ いいから離れろって」

 俺の言葉にムッときたのか、いきなり両手を鷲掴みして俺を睨みつけた。その行動には流石に恐怖で固まった。そんな俺をクリスは見つめたまま停止した。

 ガッツッ!

 凄い音と共に俺を鷲掴んだ手が解放されていき、クリスの目が白目を剥き、俺に倒れてきた。

「…」

 俺の上で倒れ込んでいる。何が起きたのか理解できず、クリスを唖然と見つめた。

「安心しろ もう大丈夫だ」

 その声に俺はゆっくりと目線を向ける。

「じぃ…さん?」

 爺さんが店の方が騒がしいと思い顔だしたようだ、その時、俺たちの様子がおかしいことに気づき咄嗟にクリスが暴走していると思い、そこにあったほうきで殴ったのだった。クリスはその一撃でダウンした。ピクリともしないクリスを見つめ呟く。

「死んでいる?」

「このくらいで死ぬようなヤツじゃないだろう」

 爺さんがダウンしているクリスを見つめながら呆れながら呟く。そして誰かに電話をかけた。その三十分後に理事長がやってきた。クリスを抱えて車に乗せた後、また戻ってきて俺に頭を深々と下げる。

「すまない よく説教しておきますから」

 俺は理事長の言葉に俯く。俺的になんて答えればいいのか分からない、ただ怖かった。男なのに力の差があるってことは…と掌を見つめる。今も恐怖で震えている。爺さんが俺の様子を見た後、冷めた口ぶりで理事長に放った。

「血は争えないな」

「はい 申し訳ありません」

 理事長が更に深く頭を下げた後、辛そうな顔で爺さんを見つめる。そして俺と爺さんに会釈し店を後にした。

 静まり返った店で気を使ってなのか、爺さんがぼそりと告げる。

「風呂沸いてるから入るといい」

 俺はその言葉に肯いた。今日は本当に精神的に疲れた、深く息を吸い込み吐き脱衣所へと、足を向けた。

 あんなことがあった日からクリスがいなくなり一ヶ月が経つだろうか。気になりながらも穏やかな日々を送っていた。学校でも相変わらず瑠河るか意外とは関わることはなかった。お昼になり学食スペースで昼食をいただくために瑠河と訪れる。瑠河はまめで弁当を作って持ってきている。俺は一番安い日替わりランチを頼み、席へと戻ってきた。席に着いた俺は、先に席に座っている瑠河と手を合わせて『いただきます』と心で呟き、食べ始めた。

 俺はずっと考えていたことがあった。またクリスが家に戻ってきた時に、前と同じように接することができるのか、分からないことだ。箸を止め璢河るかにある疑問を問いかけてみる。

「なっ…警戒していない相手にいきなり強く抱きしめられたら瑠河るかならどうする?」

「えっ…何?」

 俺の質問に璢河が不思議そうにしている。『俺 変なこと聞いてるよな』と思いなおし、質問を取り消そうと、

「あっごめん変なこと聞いて忘れてくれ…」

「抱きつかれたことはないけど 抱きついたことはあるよ 相手に殴られたけど へへ」

「…」【聞く相手を間違えたな】

 俺は呆れながら瑠河を見つめる。

「いやなら逃げればいいし 最悪殴ればいいと思うよ」

 瑠河るかが俺を真っすぐ見つめて答える。『相手に押さえ込まれたらどうすんだろう…』瑠河の言葉を聞きながら更に考え込む。

「完全に仕留めるなら急所狙うことだね」

 深く考えすぎと言わんばかりに瑠河があっさりと告げた。俺は渇いた喉を潤すために、水の入ったグラスを手に取り飲み込む。

「何?いきなり襲われたの?」

 ブゥー

 瑠河るかのつっこみに、口に含んだ水を思わず飛ばしてしまった。

 ゲホッゲホッゲホゲホッ

 そしてむせ込んだ。俺は涙目になりながら瑠河を見つめると、瑠河が手を合わせて告げる。

「ごめーん 図星だったみたいで」


 謝罪しているのかもしれないが、可愛らしく笑う仕草がどう見ても、からかっているようにしか見えなかった。『俺の深刻さなど微塵も感じ取っていないか…』俺は深くため息をつく。そんな俺に瑠河がご馳走様をして席をたった。去り際に璢河が俺に一言。

「まぁ深く考えなことだよ 恋人なんだからちゃんと話せば理解してもらえるじゃないの じゃお先に」

「…」【クリスとのことだってばれてる…その前に恋人じゃないのだが…】

 璢河の言葉に否定しながら残りのごはんをすすめた。

 今日は五時間授業のために帰宅したのが午後十六時ごろだ。

「ただいま…」

 お店にはいつも爺さんがいるのだがいない。家の中から声が聞こえる。誰か客人が来たのだろうかと、疑問に思いながら中へと入った。そこにはクリスと理事長と爺さんが居て話し合いをしていた。

 理事長が相変わらすクリスに、能弁を垂れているところだ。

「クリス お前が暴走するからいらない処置をしなければならなくなる いい加減大人になれ」

「愛というものは肌と肌のぬくもりが必要なのだ」

「クリスお前は勘違いをしているそれは相思相愛の話だ」

「最初は誰だってそうだ密着が全てを解決してくれるものだ」

 クリスと理事長の話がまとまることがなく解決にはいたらない。そのことにだんだん腹立たしくなっていった爺さんが二人に叫んだ。

「自分ら国家の物の言いようで決めるなっ 浩介こうすけは未成年だ」

「…」

 俺は三人の話を聞きながら呆然とした。居間の手前の柱を背に俺に気付いた三人が沈黙する。

 クリスが一番最初にその沈黙を破った。

「すまなかった われは即行動に移さないと気が済まないのだ」

 クリスが土下座しながら俺に謝っている。俺は異様な光景に後ずさりしてしまう。あの傲慢でプライドの高いクリスが土下座って…。

「…」【土下座謝罪の意味分かっているかは不明だが…】

 土下座するクリスを確認した爺さんが、クリスに冷めた口調で問いかける。

「でまた屋根の下一緒に暮らすつもりなのか」

 爺さんの問いにクリスが上半身を起こし俺を見つめて手を伸ばす。

「コースケ…」

「…」

 俺はその手にビクつき、更に後ずさりした。あの時の情景が思い出される。

「ごめん…今は…」

 その場を後にし、二階へ一気に駆け上がった。

 理事長がその様子に深くため息をつく。

「交渉は決裂だな 帰るぞクリス」

 理事長の言葉にクリスは力なく立ち、一緒に帰っていった。

 爺さんも俺に気を使ってなのか、あれ以来、クリスのことは口にしない。俺の中で整理がつかないのは確かだ。


 そして半年後、そんなことがあったことも忘れていたある日、いつもと変わらない下校時だったのに、正門で立っている人がいることに気づく『あっ理事長だ』この人と会うってことは、また何かあるということだなぁと優鬱になった。早速正門を抜けようとした時、案の定、理事長が俺に話しかける。

「すまないが少し付き合ってもらってもいいかね?」

 俺は仕方なく理事長の言葉に肯いた。

 いつも一緒に帰っていた瑠河るかには事情を話し正門で別れた。俺は理事長の後に続き、裏で待機していた車に乗り込むと、理事長が早速内情を話し出す。

「クリスの容体が良くないんだ」

「病気ですか?」

「まぁ呪いをかけられていることは初めに会った時から気づいていた 術特有の匂いを発していたからな」

 理事長が言うには呪いは魔女だけが使える術式なのだという。悪魔と契約した者だけが得られる領域、その変わりに一生悪魔の下僕として生きなければならない。人が関わりを持ってはいけない領域だと。そうまでして魔女と契約をした群衆等はクリスのわがまま気あまりない豪楽な行いを許せなかったということだと考え込む。そして俺はクリスが言っていたことを思い起こし理事長に質問する。

「呪いは願いを叶えることで解放されるっていうのは本当ですか?」

「…どうだろうか」

 理事長が俺の質問に考え込んでいる。俺が更に聞き返す。

「どうゆうことですか?」

「…叶えられた話を聞いたことがない 私が知っていることは呪いを解除できた者はいないということだけだ」

 俺の中で不穏が広がっていく。

「どちらにしろ死ぬだけだな」

 理事長が冷めた感じで呟く。

「あなたの兄弟なのにひどい言いようですね」

「私にはどうすることもできないことだ だいいち魔女に呪いをかけられるなど貴族として恥だ 群衆にどれだけ恨まれているかがわかる」

 冷静に話しているようだけど、理事長からは怒りさえも感じる。

「君が言う願いが叶えられたとしてだが それは君だけが助けられることなのでは」

「っ!」『はっ⁈ 俺はクリスのことを恋愛対象としてないんだ その時点で助けられないだろう』

「この国にはある伝承があると思うがそれを試してみてはどうなのだろう」

「伝承ですか?」【なんだそれ】

「死んだ姫に接吻をすれば生き還るという素晴らしい伝承がっ!」

「それは伝承じゃなくて御伽話ですよ」【白雪姫のことかなぁ?すごい人なのか 抜けている人なのか意味が分からない…】引きつりながら、から笑いした。

「まぁ何にせよ 君次第ということだ」

「…」【これって絶対煽ってるよな】

 俺は理事長の手の平で踊らされていることを実感する。そして目的地に到着する、建物は見る限り病院のようだ、俺は理事長の後に続いて病院へと入った。エレベーターで四階へと上がり、到着した階で救命治療室へと入る。クリスがベッドに横になっていると、理事長が「クリスの手を握ってくれるとありがたい」と呟く。俺はそのお願いに肯き、クリスの手を握った。よく見るとクリスは少し半透明だった。理事長がそんな俺を見つめて悲しげにぼやいた。

「もしかしたらだが…今日持ち堪えられるか分からない…」

 そう言い残して救命治療室を出て行った。

 俺は一人ここに残されて消えゆくクリスを見守っている。眠っているクリスの顔を見つめ、思っていることを語りかけてみた。

「俺はお前に対して今だに恋愛を持てたのか分からない でも助けたい気持ちはある いろいろあったけど…意外と楽しかった だから…」【おとぎ話って聞くのかなぁ?】

 俺はベッドで横になって消えかかっているクルスを見つめながら唾を飲む。そして深呼吸した。緊張しながらそっとクリスの唇に触れる。行動にしてみて、かなり恥ずかしいことをしていることに、気がつき全身が熱くなった。俺は病室を出ようと扉付近で激しい鼓動音を懸命に整えていた。そんな俺の後ろで大きなものが追い重なり、はっとする。

「っ!?」

われの強引な行動がコースケを傷つけたこと本当にすまなかったと思っている 謝っても許してもらえないこと覚悟のうえだった でもこうしてわれが危機の時に駆けつけてくれたこと感謝する…》

『あっクリスだ』俺の後ろでか細い声で告げた。そして優しく抱きしめる。いつもと違う…とても心地がいい…それにとても暖かいと感じた。俺は無意識にその心地よさに酔いしれクリスの手に触れていた。

《ありがとう…コースケ…》

 クリスのか細い声が途切れていき、触れていた手も感覚がなくなっていき、粒子となった。そして空気中に跡形もなく消えた。俺は暫く放心状態でいる、正気に戻った時だ。

「クっ…クリスっ」

 俺は堪えきれず泣きながら大声でクリスの名を叫んでいた。

 

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