第2話

 俺たちは冒険者ギルドに到着した。


 ミラによれば、異世界では冒険を始める前に登録とやらが必要らしい。


「新規登録ですね。ではこちらに名前と職業を書いてください」


 そう受付嬢が紙とペンを差し出してきた。


 俺は素直に自分の名前と元いた世界の職業をそのまま書いた。


「……株式会社ヤーバイゼ幹部ですか? 前例はありませんが、登録は可能です。初級者ランクでの認定となります」


 と銅色のギルドカードを渡された。名刺のようなものか。


「この俺が初級者だと? 全く舐められたものだ」


「し、仕方ないですよ。誰でもみんな初心者なんですから」


「ふん。しかしミラよ、お前のカードは銀色をしているようだが?」


「わ、私は一応これでも中級者なので」


 手下の分際で俺よりもランクが上とは、笑えない冗談だ。


 俺はギルドカードを受付カウンターに投げ捨てた。


「おい女。俺がこいつよりも下とはどういうことだ。今すぐこのカードを上級に変えろ」


「こ、困りますよお客様!」


「ちょ、ちょっとザークさん! ここで騒ぎを起こしたらマズいですよ!」


 もめていると、奇怪な格好をした女が現れた。


「そこの魔族! 乱暴はやめなさい!」


 肌面積の少ない水着のような鎧、手には剣と盾。


 戦いをなめているとしか思えない服装だ。


 これでは防御力も何もあったものではない。


「なんだこの痴女は?」


「マズいですよザークさん、あの方は王国の騎士です。このままじゃ逮捕されちゃいますぅ!」


 またミラがべそをかき始めた。相変わらず頼りにならん。


「それで、王国の騎士がこんな下町のギルドに何の用だ」


「怪しい魔族がいると通報があったの。あなたのその青い肌、白い尖った髪、そしてその格好……。どう見ても怪しすぎるわ!」


 ふむ。やたらと指摘されるが俺の格好は黒の軍服だ。


 別に奇抜でもなんでもない。


 少なくとも、ビキニアーマーに比べればよほど常識的だろう。


「ふん。怪しければどうするつもりだ」


「現行犯として処罰します」


 女は右手に剣、左手に盾の片手剣スタイルで構えた。


 その一挙手一動ごとにブルンブルン揺れる胸が、実に見ていて滑稽である。


「いいだろう。退屈しのぎに遊んでやる。こい」


「やあああ!」


 速い。さっきの4人組よりはできるようだが、しょせんは人間。


 魔法少女の重たい一撃と比べれば、この程度造作もない。


 俺は受付に転がっていたペンをつかみ、剣筋を完全に見切って防いだ。


「なっ、私の剣が止められた⁉」


「その程度か。つまらん」


 俺は女の無防備な腹に蹴りを叩き込んだ。


 盾を構える暇もなく女は壁に吹き飛ばされ、そのまま気絶。


 まったく軽装のくせに盾とは。重さで機動力を殺してどうする。


 ちぐはぐすぎてまるで戦術として成り立っていない。


「マズいですよザークさん! 王国の騎士なんて倒したら絶対増援が来ます!」


「どうでもいい。この程度何人来ようと問題ない。それよりカードだ」


「いやもうダメですって! あ、受付さんが逃げていくぅ!」


 受付嬢は血相を変えて奥へ逃げ、他の客たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。


「やばいやばい、本当に逮捕されちゃいますって!」


「人間の法律など知ったことか。それより俺のランクを――」


「いいから逃げましょう! 私、前科持ちなんて絶対イヤですぅぅぅ!」


 あまりにしつこくミラが懇願するので仕方なくギルドを後にする。

 その背後で。


「ザーク……あなたは、一体何者なの……」


 倒れた女騎士が、顔を上げて呟いた。








「な、何とか逃げ切れましたぁ」


 俺たちは町はずれの森に逃げ込んだ。


 野生動物やモンスターの気配はあるが、俺の気配に恐れをなしてか誰も近寄ってこない。


「ふん。軟弱者め。逃げるなどせず堂々としていればよかったのだ」


「わ、私はザークさんほど強くないんですよぅ」


「そんなことは知っている。だが俺の手下になる以上、その程度では先が思いやられるな」


「うぅ。いつのまにか手下になってる……。もうおうちに帰りたいよう」


 ミラは涙目になってグスグスと半べそをかいている。


 魔法少女にはこういうやつもいるとはいえ、少々臆病が過ぎる。


 俺が鍛え直してやらねばなるまい。


「さて、まずはお前の魔法の腕前を見せてもらう。使える魔法は?」


「えっと防御と回復、それと光系の魔法が少し……」


「支援型か。だが光系は悪くない。魔法少女に必要な素質だ」


「そ、そうですか……?」


 魔法少女は大体光属性。光が強いほど影もまた濃くなる。


 つまり、闇への適性もあるということだ。


「よし、まずはそこにいるスライムに魔法を打ってみろ」


「は、はい! イルミネイト!」


 ミラの杖から光の弾が放たれ、スライムに直撃。


 ぷしゅっと弾け、泡のように飛び散った。


「ほう。意外とやるではないか」


「えへへ。これでも中級なので」


「だがこの程度ではまだ足らんな。魔弾とはこう打つものだ」


 俺は天に魔力を放った。弾は空に向かって上昇し雲を貫く。


 そして無数の光の矢となって降り注ぎ、森にいたモンスターたちを一掃した。


「ひ、ひえぇ」


「分かったか。魔法とはこう打つのだ。やってみろ」


「で、できませんよぅ」


「やれやれ。やる前からあきらめるとは、そんなことでは立派な魔法少女になれないぞ」


 そう言って、俺は懐からギルドで持ってきた手配書を取り出す。


「それって、無断で……?」


「ああ。しかし全て倒したのだから問題あるまい」


「クエストは受注してなきゃ、報酬もらえませんよ!」


「なにっ!? そうなのか! ……それを先に言え」


 俺は紙切れとなった手配書をビリビリと破り捨てた。


 まったく人間どもは手続きばかりで面倒が多すぎる。


 悪の組織であれば俺が判断すれば即座に実行できるというのに。


 そんな時、茂みの向こうから声がした。


「見つけた……!」


 姿を現したのは、さっき見たビキニアーマーの女だった。


「ん? 貴様はさっきの。また俺と戦いに来たのか?」


「……あなたとの実力差は理解したわ。だけどなぜ私を殺さなかったの?」


「殺す価値もなかったというだけのことだ。それより、服を着た方がいいぞ」


「余計なお世話よ! 一体何が目的なの? さっきも森のモンスターを倒していたみたいだし、話し合いで決着できるならそうしたいのだけど」


 まじめで堅物、正義感の強い学級委員長タイプ。


 ああ、いたな。元の世界の魔法少女にも。


「目的か。当面はこの手下Aを魔法少女に仕立て上げることだが」


「魔法少女? そんな職業、聞いたことないけど」


「まあ、貴様には関係のないこと……いや待てよ」


 もしかしたらこの女、魔法少女としての素質があるかもしれん。


 ククク、いいことを思いついた。


「おいお前、力が欲しいか」


「は? 何よいきなり」


「見たところお前は人間の中では実力がある。だが所詮、組織の一兵卒。俺の手下になれば、自由に力を使い正義を貫くことができるぞ?」


「あ、あなたの口車になんか乗らない!」


 口ではそう言っているが興味津々な目だ。


 よほど鬱憤がたまっていたのだろう、バレバレである。


「俺の手下になれば好きなだけ悪を成敗できるぞ?」


「正義を自由に?」


「そうだ。俺は嘘はつかん(本当に嘘はついてない)」


「それで、どうすれば?」


「まずはこれを着ろ」


 俺は青の魔法少女服を出した。


 真面目タイプには青が似合う。これは常識だ。


 だが女は顔を真っ赤にして叫んだ。


「な、何よその恥ずかしい服は! 私を辱める気⁉」


「いや、お前の今の格好の方がよっぽど恥ずかしいが……」


 価値観が分からん。


 こいつのビキニ鎧と魔法少女のフリフリ服、どっちもどっちだろう。


「着ない! 絶対着ない! ……でもどうしてもって言うなら、その。ごにょごにょ……」


「着たいのか来たくないのかはっきりしろ」


 結局、女は顔をそむけながら言った。


「わ、分かったわよ! 着る! で、そのあと何をすればいいのよ!」


「知りたいか? ククク……」


 ミラと女が、ごくりと息を呑む。


 俺は満を持して、宣言した。


「貴様らには……、歌とダンスを覚えてもらう!」


「「……は?」」

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