第21話 毒親と書く理由
創作をしていると、親との関係について語られる場面──毒親、厳しい親、理解のない親、はたまた「宇宙人かよ」ってくらい価値観が違う親、あるいは宇宙人の親──をよく目にする。
いや、さすがに宇宙人の親はいないだろ、多分ね(乗りツッコミ)?
ともあれ、そのたびに自分も考えさせられる。
最近、特に心に引っかかっていることが2つある。
親との関係、そして、自分はなぜ書くのか。
「なぜ書くのか」というのは、よく話す相互フォロワーさんに聞かれたのだけど、意外とこれも難しい。
まるで「カレーは辛え」って言われたときの「いや、甘え」レベルの哲学的問い。いくらでも答えが出てくるけど、ちょっと気になってるから掘り下げてみる。これはやや私小説っぽい話になるが、お許しいただきたい。
僕は小さい頃、自分の親は「毒親」だと思っていた。少し分別がつくようになると、「いや、むしろ僕の方が悪かったのかも」と思うようになり、最近では「いや、どっちも悪くはなかったのかもしれない」という地点にたどり着いている。
「毒親」について語る人の中には、後から冷静に再評価してみるとそうでもなかったという人もいるし、実際に深刻な虐待や支配があった人も一定数いると思う。後者のケースを否定するつもりは全くないし、むしろそういう場合には全力で縁を切るなりして、自分を守る方がいいとすら思う。
僕の場合は、おそらく前者だった。
子供の頃の僕は、いや、今も片鱗はあるけれど、コミュ障だった。知らない相手には挨拶すらままならず、言いたいことも伝えられなかった。一方で、ある程度慣れた相手にはめちゃくちゃおしゃべりだった。
どうやら自分はADHD気質だったようだ。最近になって「発達障害」という言葉が出てきたことで、自分の特性が整理しやすくなったけれど、当時はそこまで浸透していなかったから、ただ「だらしない」「不注意」「不器用」と言われ続けていた気がする。未だに電車はしょっちゅう乗り間違える。
父は、今でこそ優しいが、当時は厳しかった。よくわからないまま頬を張られたことも何度かあった。だから怖くて、言いたいことも言えなかった。
母は学級委員タイプだった。前日に次の日の支度をする(え、当たり前?)。結婚式のお札が少しでもよれていたら、銀行で取り替える。正直、今でもそういうところは苦手だ。僕は過剰なフォーマルやルールが苦手だ。もちろん、それが大切なことなのは理解している。でも、しんどいのだ。
自分が「無意味」と思うことには、心が「はい、スリープモード突入!」って感じで動かない。
きちんとさせたい母と、きちんとすることには興味がなくて避けたい僕。正直、母と僕は最悪の相性だったと思う。
さらに、我が家にはテレビもなかった。だから流行の話題についていけず、学校でも浮いていた。しかもコミュ障だ。
家にも、学校にも、居場所がなかった。
だから僕は、本ばかり読んでいた。休日は、気がつけば本の中にいた。
幸いなことに、本を読んでいたおかげか、学校の成績は悪くなかった。それで高学年で塾に通うことになったのだけれど、それがまた苦痛だった。
勉強したくはなかった。モチベーションがなかった。父は「いい大学に行かないとガソリンスタンドで働くことになる」と言うような人で、そういう発言も苦手だった。
今思えば、小学校時代は結構、うつ状態だったのかもしれない。
社会性に乏しいまま、受験にはなんとか成功して、中学、高校、大学と進んだ。就職し、失敗しつつも、だんだんと社会性を身につけていった。当時、関わってくれた友人たち、上司や同僚たちには、今考えると感謝しかない。
やがて、自分の過去を振り返るようになった。すると今度は、自分が悪かったのだとひたすら自責するようになった。自責のうつ状態。あれもなかなかしんどかった数年間だった。
しかし、その後、自分の特性(ADHD傾向)を理解し、コーチングやカウンセリング、心理学を一通り学ぶことで、もう一度再評価できるようになった。
その中で、「いや、どっちも悪くないのかもしれない」という視点にたどり着いた。ありがたいことに、今では親との関係もとても良好で、日常的に笑って話せる関係を築けている。
今では、こうも思う。──当時の親も、今の自分と同じくらいの年齢だったのだ。若くして、仕事に追われ、家事や子育てに悩み、不安も抱えていたのだろう。完璧な大人などいなかったのだ。そう考えると、親もまた、不器用なりに一生懸命だったのだと思えてくる。
心理学でいうところの、認知行動療法──事実と認識を分けるという考え方は非常に有効だった。
また、ビジネスの現場で、コミュニケーションやプレゼン、ファシリテーション、コーチングなどのソフトスキルを学ぶようになったことも、自分の特性を論理的に捉えるのに役立った。これらは学校ではほとんど教えてくれないが、実際には社会で生きていくうえで非常に重要だと実感している。むしろ義務教育のカリキュラムに組み込んでほしいと思うほどだ。
今、自分のメンタルはかなり安定している。
そして気がつけば、あの頃の読書と「闇の日々」が、創作の糧になっている。
もちろん、闇が深い作品は一般ウケしないこともある。けれど、書けることそのものが、自分にとっての癒しなのだと思う。
過去の経験がないけれど順風満帆で、書けない人生。
過去の経験があったからこそ、書ける人生。
いまの僕は、後者を選べるぐらいには、自分の過去と折り合いがつけられている。
──そして、僕は書く。
あの闇を、結晶化するように。
誰かにとっての娯楽になれば嬉しいし、誰かの心に少しでも残るなら、それはもう奇跡のようなことだ。
でもまずは、自分のために。
かつてどこにも居場所がなかった子どもだった僕に、居場所を与えるように。
そして願わくば──
あの頃の僕が、本のページをめくる手を止められなかったような。
現実から少しでも心を連れ出してくれるような。
そんな物語を、今の僕が書けたらいいなと思う。
当時の僕のように家や学校で居場所を見つけられずに苦しんでいる人が、少しでも抜け出せるきっかけをつかめるといい。そのためにはまず、安全に立てる足場を見つけることが大切だと思う。小さな居場所が一歩目になる。
書く理由は色々あるけれど、多分、それが僕にとって一つの大きな理由だったりするのだ。
もちろん、大ヒットして映画化されて、鬼滅以上のメガトン級ヒットになってほしい──そんな欲も、やっぱりどこかにある。子どもの頃の闇をキラキラに結晶化した物語が、IMAXの巨大スクリーンで輝き、観客がポップコーンを抱えて「うおお、感動!」と泣きじゃくる。
その横で、僕の銀行口座が静かにカチリと鳴る──そしてその未来のインタビューで、今みたいなことを照れながら語ってみたい。
……どうやら妄想癖は、子どもの頃と変わっていないらしい。
***
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