第5話 ありふれた物語
侑里がアートフェスティバルをすっぽかしてまで何を描きたかったのかは、あいつが舞森を出て行ってからようやく判明した。
第一志望の栄美に合格した俺が、荷造りをしていたある日の夜のことだ。
侑里のお母さんが「これ、侑里から渡すように頼まれていたの」と言って、梱包されたキャンバスを持って俺の家までやって来た。
自室で梱包を解いた俺は、なんだかもう笑うしかなかった。
そこに描かれていたのは――デフォルメで描かれた俺と詩子の絵だったのだ。
キャンバス上の俺たちはタキシードとウエディングドレスを着て笑っていて、これがいわゆるウエディングボードだということが一目でわかった。
「……あいつ、こんな絵も描けるのかよ……!」
誰に見せても俺と詩子だってわかるくらい俺たちの特徴をよく掴んでいて、それでいて温かみがあって、絵の中のふたりはこの先の未来もずっと幸せに生きていくのだろうなと見る者の想像を掻き立てるすごい絵だ。
天才ってやつは、これだから参ってしまう。
だけど、こんな天才にウエディングボードを描いてもらうことができるのは、きっとこの世界に俺と詩子しかいない。
まあ詩子は、侑里が描いた絵だったら一筆書きだろうが左手で描こうが「上手だね、うれしいね」と笑って喜びそうだけど。
そう、詩子にとって。侑里はいつだって星みたいな存在で、憧れ続けてきた友達だ。
だけど俺にとって。詩子だってただ一つの、出会ったときからかけがえのない恒星だった。
俺たち一人ひとりは無数の星のなかの一つだとしても、ふたりいれば線が繋がる。三人いれば星座ができる。
どこにでもありふれた俺たちの
だけど、絵画は違う。
時が流れて、時代が変わっても、人の心に強烈な印象を与えた絵画はずっと残るのだ。
侑里の顔が、脳裏に浮かぶ。
あいつの世界を構成する青い輪郭に触れたそのとき、俺は一体何を思うのだろう?
……まあ、今考えたって仕方がないか。
年齢を重ねても、場所が変わっても、俺は――絵筆を振るい続けるだけだ。
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