「灰被り姫」には向かない職業
歌栗千遥 (かりつ ちはる)
アイ アム アヌーク
祖父は、師父で、わたしに生きる術を教えて、いなくなり、今日はわたしの18歳の誕生日だ。
デニムパンツと白シャツを着て、近くの停留所で待っていると、すぐに路面電車が来た。
午前9時は、通勤ラッシュも終わり、当たり前の顔をして遅刻中のセーラー服を着た女子高生の横には、髭を三つ編みにした小柄でがっしりしたドワーフの冒険者が、大きなリュックサックを膝に乗せている。
セーラー服の少女は、電車が止まると立ち上がり、電車を降りていった。
路面電車の車両には、わたしとドワーフの二人になった。
わたしは窓に目を移した。
昨日まで居座っていた低気圧が去り、青空が大きなビルのガラスに反射している。
「町田ダンジョン前、町田ダンジョン前、地下異界宮開発公社、町田支社はこちらです」
わたしと同じタイミングで向かいのドワーフが立った。
抱えていたリュックサックを背負うとブレーキがかかり、ドワーフがバランスを
崩した。
咄嗟に支えたわたしに振り向き、唇を歪めた。
「なんじゃ、エルフか。礼は言わぬぞ」
わたしは、口を開き、閉じて、頷き、肩をすくめた。
ドワーフは鼻を鳴らして、どかどかと電車を昇降口に向かった。
彼の後ろについて精算を待っていると、ほのかに土の匂いがした。
停留所に足を降ろすと乾いた風に目を細めた。
先ほどのドワーフや背の高い、フットボールのワールドカップのレギュラーを狙えそうな筋肉の上に革鎧をまとった男と連れのマントを翻したわたしより少し年上の黒衣の女など、丸の内で見かけるようなファッショナブルでカタギの集団にはいない人種のあとをついてゆき、電車の中で見たビルに入った。
ビルの中は、多くの人がいたが、ほとんどがそのまま金属製のゲートを潜り、その向こうの受付に並んだ。
わたしはそれを横目に総合受付の小さなブースにいる二人の女性に声をかけた。
「おはようございます。新規登録をしたいのですが」
「でしたら、左のブースの2から5番窓口になります。身分証明書はお持ちでしょうか?」
「ええ、自動車免許で大丈夫ですよね?」
「はい、十分ですよ。どうぞ」
「ありがとう」
わたしは受け答えしてくれた年配の方の女性に礼を言い、案内されたブースへと向かった。
「若すぎるんじゃないですか?」
「耳を見た?エルフは年齢がわからないわよ。」
受付の女性が、わたしの顔を見ているのはわかっていた。
もちろん、彼女がクォーターのわたしが、たくさんの人を一目で選別する、冒険者ギルドの門番の目を引くほど、美人ではないことを知っている。
彼女らと対抗できるのは、唯一わたしが若い女の子だってだけだ。
だが、祖父にして師父から、総合受付嬢を侮るなと言われていた。
彼女らは容姿はもちろんだが、それ以上に冒険者の中でも一際目利きだそうだ。
そして強いとも。
新規受付のブースでは、総合受付の年下の受付嬢よりも、若い受付が俯いて携帯画面を隠し見ていた。
「すみません」
「あっ、はい。新規登録ですか?」
「ええ」
「では、この書類に記入をお願いします」
彼女は複写になった紙を出してきた。
名前、アヌーク・エイミー・灰田。
年齢、18、なったばかっり
住所、東京都町田。
保証人、?
「保証人?」
「ええ、今年からの項目になります。地下異界宮での探索業務者に対して、公務中に死亡もしくは、行方不明になったときの連絡先になります。近年、装備していらっしゃる品物や保管庫の中身の引き渡し先が不明のために、地下異界宮探索公社の倉庫が、圧迫されてしまっているので、保証人が必要となりました」
途方に暮れて、ため息が漏れた。
祖父の教えの中にはない。
新しい事項だ。
「家族やご親戚でよろしいですよ」
「……いません」
「…… 」
「…… 」
コインを弾いて床に落ちる程度の沈黙が二人の間に流れた。
「外国にいる遠い親戚でもいいですか?」
「ええっと、確認してきます」
受付の彼女は席を離れ、奥に入った。
机をいくつか向かい合わせて島を作っている中で、縞のシャツの袖を捲っている中年男のところに向かい、声をかけている様子だった。
中で仕事をしている男性職員たちはスーツで、女性職員たちはビジネス向けのワンピースやツーピースを着ている。
ブースのこちら側では、動きやすいストレッチ素材のトレーニングウェアの上に、傷だらけの革や金属の胸当てをつけたもの、軍出身なのか、迷彩柄の戦闘服に大きな剣を担いだものたち。
ブースのカウンターの彼岸と此岸で大きな違いだ。
向こうはそれほど稼げないが、とりあえず家族を持って安定した生活を送ることができ、こちらは一攫千金だが、チップは金ではなく命だ。
「お待たせしました」
くだらないことを考える程度には待たされたが、とりあえず頷いておいた。
「いえ」
「確実に連絡が取れるなら、大丈夫だそうです」
確実かどうかはあやしいが、信頼なら公社職員たちにとって、きっとわたしより彼女が上だろう。
日本の人造ダンジョンと異名のついた横浜駅よりも、先にできた石造りの教会のあるスペインの地名と曽祖母の名前を書き、上の振り仮名に日本語で記すとくるりと紙を彼女に向けて渡した。
「えっ? あの? 」
「曽祖母よ。もう何年も会っていないけど、生きているのは彼女だけ」
うっすらと微笑むと、彼女は何故か罪悪感に満ちた笑顔で、黙って申請用紙を手元のカウンターの下に置いた。
「では、魔力の検査をいたします」
受付嬢は弾み、わたしは沈んだ。
アルコール消毒して、彼女が取り出した桃の様な柔らかい短い毛に覆われた半球体の上に手を乗せた。
「あれ?」
「ごめんなさいね。うちの家系で曽祖母だけが『特別』なの」
「あぁ、いいえ。よくある事ですから。」
彼女は手元に置いたわたしの申請書に何事か記入し、金属製のタグを取り出して、カウンターの上に置いた。
「これで申請は終了です。今日からあなたは『地下異界宮開発公社』の初級特別非常勤職員となります。こちらは身元を記した証明書になります。地下異界宮にゆかれる際の探知機を通る時に、これを所持していないとゲートは潜ることが出来ないので、必ず所持してください」
「はい」
「今日は武器などを所持して来ていますか?」
「いいえ、事前所持は違法と聞きました」
「はい。そうです。明日はいらっしゃいますか?」
「そのつもりです」
「では、その時にあちらの特別非常勤職員用のカウンターの五番で、武具の登録をしてください。そこで武具用のAIタグをつけます」
「わかりました」
「では、お疲れ様でした。明日よりお願いいたします」
「はい」
これで今日の仕事は終わりだ。
わたしは振り向き、ビルの出口に向かって歩いた。
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