ツーリング日和29
Yosyan
出発
新神戸トンネルを抜け、呑吐ダムの湖畔を走り抜け御坂神社のところの交差点に。ここを左に曲がって志染小学校のとこの交差点を今度は右折する。そのまま走って行くと谷口の交差点になるから、ここを左折して豊地の交差点へ。
豊地の交差点を右折し、なんたら教会の先にある桃坂の交差点を左に曲がり、すたこらと走って行くとひまわりの丘公園の北側で国道一七五号バイパスに入る。そこから北上になり中国道を潜ったところで、
「千草、今日はコメダにするで」
こうエラそうにインカムで話して来るのは夫にしてやったコータローだ。十八年ぶりに開かれた中学の同窓会で再会し、そこで千草はコータローに何故か目を付けられ、交際、同棲、結婚になってしまってる。
夫にしてやったコータローだが数々の欠陥がある。まずは年下だ。千草には断じて年下趣味は無いんだよ。
「お前な年下言うけど、生まれ年の話だけやないか」
千草が十二月二十八日生まれで、コータローが一月八日生まれ。十日ほどの差なのは認めるが、それでも生まれ年なら一年違う。つまりは姉さん女房になる。
「素直に同級生結婚って言えんか」
そうとも言う。年齢のことはその程度の差なので許容範囲と認めてやってあげてる。次はとにかくケチなこと。とくに身だしなみは悲惨とか、無残レベルで貧乏コーデと言うより、洗濯されてる服を着ているホームレス並みだ。
コータローの口説き文句の一つにファッションへのアドバイスもあったぐらいだもの。千草のお蔭で随分はマシにはなっているけど、それでも油断すればすぐに貧乏コーデになりやがる。まったく手がかかり過ぎる。
そこまでケチなのに浪費家でもある。これも食通気取りで高い店に行ったり、ブランド品を買い漁ったりはではない。ましてや、キャバクラ通いをするとか、推しのアイドルに入れ揚げるなんてのもない。
とにかくケチだから服以外の日常品だって千草と結婚するまで百均愛用者であり、無駄なものが部屋に無さ過ぎて殺風景だったもの。そういうありきたりの贅沢とか無駄遣いは鬼のように嫌うからね。
何に浪費するかと言えば千草だ。あれだけ金庫のように固い財布なのに、千草の事になるとユルユル全開になっちゃうんだよ。それも千草が欲しがるから買い与えるレベルじゃない。千草が欲しい気配を察しただけですぐに買って来てしまう。
だから千草は何かを欲しがる気配をコータローに悟られないようにするのが大変なんだよ。ちょっとでも油断して気配を悟られてしまうと、真夜中でも買いに行こうとするからね。そんな浪費は夫婦生活の敵だから、どれだけ苦労を重ねてることか。
そんな些細な欠陥より、致命的とも言えるのが女の趣味の悪さ、いやあれは歪みでねじ切れそうなになるぐらいの代物だ。千草はね、筋金入りのブサイクなんだよ。とにかく本当の恋人すら出来たことが無い。
そんなブサイクなのにコータローはその変態性欲を滾らせまくりやがるんだ。そのせいで無垢に近かった千草の体はコータローにまさに蹂躙され尽くした。お蔭でコータローと付き合う前の清純さは完全に失われてしまったもの。
「オレは卵ペーストにするけど、千草はどうする」
茹で卵と少し迷ったけど卵ペーストにした。小倉はちょっとなんだ。単なる好みだよ。コータローの歪んだ女を見る目は千草に途轍もない幸せをもたらしてくれた。千草はね、あのまま行かず後家になるのが確定だったもの。
そんな千草をコータローは拾い上げてくれて、これでもかの愛を注ぎ続けてくれてる。まさに人生の一発逆転劇で、あまりの幸せに溺れ死ぬんじゃないかと思うぐらいなんだ。そんな二人を結び付けてくれたものの一つにバイクがある。
千草もコータローもバイク乗りで、なおかつモンキー乗り。共通の趣味としてツーリングがあり、夫婦になってからも楽しんでる。今日だって待ちに待ったツーリングだ。ところでここまでの道は走り慣れた道だけど、
「今日はそのまま北上するで」
小型バイクであってもツーリングは出来るよ。小型バイクどころか五〇CCのカブで北海道一周してる人の動画だって見たことはあるもの。でも中型以上に較べると、どうしたって制約がある。
代表的なのは高速とか、自動車専用道が走れないこと。ツーリングの本道は下道だといくら粋がっても、高速や自動車専用道が走れないと一日の走行距離の制約が出てくる。
「それと、これはモンキーだけやないけど」
ああ、それもある。これは大型でも例外にならないものだ。ツーリングの仇敵は市街地走行になる。ツーリングの醍醐味は快走だから、誰があんなクルマだらけの、信号だらけの道が好きなものか。
この市街地走行だけど、神戸を起点とすると東にはとにかく走りにくい。だってだぞ、東に走ると芦屋、西宮、尼崎、大阪じゃないか。奈良に行きたいと思ったら、それらの市街地を乗り越えないと行けないもの。
「和歌山なんかもっとや」
大阪から堺、後は忘れたけど延々たる市街地走行が待ってるもの。クルマだってそうなのだけど、高速とか自動車専用道があるだけだいぶマシのはず。
「西かってまともに走ったら・・・」
明石、加古川、高砂、姫路だものね。そういうデメリットに不満があるバイク乗りは中型からさらに大型にサイズアップするのも珍しくない。実際にツーリングに行っても、
「あんだけの大型バイクがどこから湧いて出たかと思うもんな」
逆に小型はホントに少ないから肩身が狭い感じがする時もあるものね。けどね、千草にはモンキー乗りの誇りがある。中型やましてや大型には走りでは負けるけど、
「負けるなんてレベルやないで」
うるさい。走行能力で劣る部分はあっても、そこをモンキーで走るのもまたツーリングの醍醐味と思ってる。
「それがトコトコ教の本願や」
おいおい、本願って今度は浄土真宗まで混ぜ込む気かよ。そうそうトコトコ教なんてものは実在しないよ。あんなものコータローが勝手に作ってる邪教に過ぎないもの。あるのはトコトコ派だ。
トコトコ派と言ってもたいしたものじゃなくて、ツーリングの楽しみ方の一つぐらいのものなんだ。そうだな、ゆったり走って、目に映る風景を楽しみながらするツーリングのやり方ぐらいの理解で良いと思う。
ちなみにトコトコ派の対偶がぶっ飛ばして走るかな。ぶっ飛ばし派の究極みたいなのが暴走族みたいにもなるところはあるけど、
「暴走族はツーリングをやらんやろ」
あいつらはツーリングじゃなくて暴走だものね。ぶっ飛ばすとは、そうだな、峠道のワインディングを爽快に走り抜けて行くぐらいかな。バイクにスピードを求めるのはバイク乗りの本能みたいなところでもあるものね。
「モンキーはトコトコの神から授かりしバイクや」
違うよ。ホンダが売ってるバイクだ。もっともコータローの意見も正しいところがあって、トコトコ派のツーリングしか出来ないバイクであるのは確かだ。それぐらいトコトコ派にフィットした走行性能だものね。
「素直に非力と言わんかい」
まあ非力だ。十馬力、これも正確にはカタログスペックで九・四馬力しかないから四捨五入したら九馬力しかないもの。車体だって百七十センチぐらいかない。バイクの長さもあれこれあるけど、いわゆるフルサイズとされるのは二メートルだからね。
「見た目は小さいけど、それでも案外大きいで」
千草も納車の時になんて小さくて可愛いと思ったけど、跨ろうとすると思っていたよりシートが高いのよね。そのせいか、あんなに小さなバイクなのに足つき問題があれこれレビューで指摘されるぐらい。足つきに連動するシートの幅の問題も定番だ。
車幅も案外あるのよね。バイクの車幅ってイコールでハンドル幅なんだけど、これが七五五ミリ。だからどうしたぐらいではあるけど、
「青函フェリーに乗れへんかったもんな」
そうなのよ。なぜか七五〇ミリ以下って制限があって、モンキーはオーバーする事になってしまったもの。もっとも振動はある。
「そんなに気になるか?」
慣れちゃったのもあるけど、あれって大型に較べたらなんだろうな。そんなもの同等だったら逆にビックリするよ。
「いかにもバイクで走ってる感じがするものな」
そこまで酷くないぞ。とにかく千草のお気に入りだ。乗り換える気は微塵もない。コメダを出て加古川を渡り西脇に入るとバイパスは終わりみたいだ。実はこの先を走るのは初めてなんだ。
この初めての道を走るのがツーリング最大の醍醐味だと思うんだよ。日本のへそ公園ってこの辺になるのか。でもって黒田庄町だ。
「今は西脇やで」
ここには日時計の丘公園があるのは知ってるけど、あそこって、
「オートキャンプ場やな」
ならパスだ。二人ともバイク乗りではあるけど、その手のアウトドア趣味はあんまりないんだ。
「バイクやしな」
バイクでもキャンプが好きな人はいるけど、モンキーなんかでやろうものなら、
「モンキーのうても荷物テンコモリ状態になるやんか」
あれだったら旅館やビジホに泊まる方が良いよ。走るだけでも大変そうじゃない。
「家に置いとかんとあかんしな」
そうなのよ。テントとかのキャンプ道具一式を、そろえたらそろえたで捨てるわけにはいかないし、とは言え家で使えるものじゃない。普段は邪魔にしかならないじゃない。好きな人は勝手にやってくれ。
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