三章

 「ようこそ、観測エリア B-17 へ」

 テレビ画面に浮かび上がったその文字は、私の脳内に直接響いてきたように感じた。


 私は手を伸ばしてテレビの画面に触れた。

 熱を感じない。けれど、手が沈んだ。まるでゼリーのように、画面が歪んだ。


 そこから、見知らぬ声がした。


 >「被験体カノウ・ユウスケ、あなたは“観測世界”の境界に到達しました。選択してください。観測を継続しますか?それとも、転送を希望しますか?」


 「……転送?」


 >「はい。裂け目の向こう、本来の世界への移行です。ただし、あなたは“観測者”ではありません。帰還の保証はありません」


 私は理解できないまま、思考の底で確信していた。

 この街は壊れている。時間が崩れ、空間が歪み、人々の言葉がだんだん“偽物”になってきている。

 私の記憶さえも削られていっている。


 ならば、進むしかない。

 この裂け目の向こうへ。


 私は「転送」を選んだ。


 次の瞬間、視界が反転した。


 耳がひしゃげるような高周波の中、私は黒と白の空間に飲み込まれた。

 身体がほどけ、声にならない声で何かが叫んでいる。

 ――私自身かもしれないし、別の“私”かもしれなかった。


 ふと、静寂。


 目を開けると、私は病室のベッドにいた。

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