第29話 異世界の家

 報酬の回収も終わったようなので、俺は寮へと急いで戻った。部屋の扉を開けるなり、《タイムバンク》の通知を確認する。


 通知内容は、こうだった。


《貯時間が5000時間を超えたお客様向け:住宅ローンのご案内》


「……住宅ローン?」


 思わず声が漏れる。


 俺の知っている住宅ローンといえば、銀行から金を借りて家を買うための仕組みだ。だが、《タイムバンク》で借りられるのは金じゃない。時間だ。


 つまり、これは“時間を借りて家を買う”ということなのか?

 家って……誰がどうやって売るんだ?


 通知には、以前の投資信託のときと同じように、“興味がある方はこちらへ”という連絡番号が記されていた。


 数字を頭の中で思い浮かべて意識を集中すると、すぐに繋がった。


「すみません、住宅ローンのご案内をいただいたんですけど、その内容を教えてもらえますか?」


『ご連絡ありがとうございます。こちらは、“お家”をご購入の際に、一定の利率で時間をお貸しするサービスとなります』


「……家って、どこで買えるんですか?」


『こちらでお取り扱いしておりますので、ご希望に応じたお家をご紹介させていただきます』


「なるほど……。じゃあ、アスラン王国の物件ってありますか?できれば王都近郊が良いんですけど」


『お家につきましては、ご購入後に専用の“キー”をお渡しします。そのキーにより、ご自宅に出入りが可能となりますので、アスラン王国からアクセスしていただければ良いかと存じます』


 ……ん?どういうことだ?


「ちょっと待って、アスラン王国からアクセスって……どこか別次元みたいな場所に家があるってこと?」


『はい。こちらで管理している亜空間の一部をご購入いただく形となります。空間の安定性も保証されています』


 ……やっっっっっっば!


 異空間にマイホームって、ロマンしかないじゃん。


「それって、どこからでも出入りできたりします?」


『はい。お家のグレードによって異なりますが、高グレードの物件ですと、キーを使えばどこからでも出入り可能です』


「……無敵か」


 そこから先、俺はだいぶ真剣に質問を繰り返した。


 話をまとめると、こんなシステムらしい。


・購入するのは、亜空間上の“家”

・家にはグレードがあり、広さや設備が異なる

・出入口を固定するものと、どこからでも出入りできる自由型がある

・住宅は売却も可能

・住宅ローンは、貯時間の10倍まで融資可能

・利率は日歩0.2%、最大で一年ローン、返済は毎月


「えーと、じゃあ、例えば……5000時間の物件をローンで買った場合、返せなかったらどうなるんですか?」


『その場合、未返済分の時間を一括で差し押さえさせていただきます』


「“差し押さえ”って……俺の時間を強制的に引かれるってこと?」


『その通りです。たとえば、5000時間を一括返済される場合、その分の時間が一気に《タイムバンク》に収納されます』


 ……それ、つまり、俺の時間が約208日間止まるってことじゃん。


 ちなみに、ワンルームの最安物件は5000時間。もちろん、出入り口は固定型。


 どこでも出入り可能なタイプは……と聞いたら、ワンルームでもなんと50000時間だと言われた。文字通り桁が違う。


 他にも色んな家があるらしいが、貯時間が少なすぎて、あまり聞いても冷やかしになってしまうので、もっと時間を貯めてから聞くことにした。


「さすがに高すぎるな……」


 今の俺の収入は、毎月60時間+利子分程度。貯時間が大体5000時間だから、理論上の最大融資額は50000時間になる。ただ、元本だけでも、毎月約4000時間の返済が必要になる。


 無理だ。完全に無理。


 気付いたら50000時間、約2000日分時間を強制徴収されて、五年以上時が止まってましたとか、さすがにシャレにならない。


 てか、ローンの最終期限が一年って、あんまり“ローン”の意味ないじゃん。何年もかけて払うからローンじゃないの?


 とはいえ――家はほしい。絶対にほしい。


 異空間に家。隠れ家にもなるし、緊急脱出用にもなる。出入り自由なタイプなら、もはや転移魔法と言っても過言ではないほどの利便性だ。


「まずは……固定式の安い家からかな」


 それを買って、売った時間と貯めてた分を元手に次の家にステップアップする。そういうやり方なら、いつか手が届く気がする。


「そのためにも、もっと依頼を受けて稼がなきゃな……!」


 俺は拳を握り、やる気を新たにした。


 異世界でマイホームを持つ。

 俺のやりたいことリストが新たに増えた。


***


 住宅ローンのお知らせに興奮しきった俺は、風呂から上がるとベッドに寝転び、《通帳》を開いた。

 時間の残高は5012時間。最初は一桁しかなかったのに、頑張って貯めたもんだ。


 だが、なんとなく眺めているうちに、妙な記載に目が止まった。


《+21時間》


「……ん?」


 最初は見間違いかと思ったけど、しっかりと《+21時間》とある。


「……21時間って、何の時間だ?」


 貯時間が増える理由は限られている。毎晩サラと俺が一時間ずつ。それ以外は、誰かから“時間”を譲渡されたか、あるいは利息がついたときくらいだ。


 でも、これはそのどちらでもないはずだ。


 日付を確認する。


「……奴隷商人を捕まえた日か」


 その日は、《タイムバンク》を使って動き回り、三人の奴隷商人を捕らえた。時間が貯まるどころか、数時間使っている。


 人助けと何らかのリンクがある?

 いや、《タイムバンク》は、あくまでスキルだ。人道的に正しいことをしたからって、勝手に報酬をくれるような情緒的な存在じゃない。


「ギルドから報酬をもらったわけでもないし……」


 捕まえた奴隷商人たちから時間を奪うなんてこともしてないし、できない。


「父さんと母さんが時間を譲渡してくれたにしては、21時間は多すぎるし」


 そもそも、王都とかなり離れたレオンハルト領から勝手に時間を譲渡できるのかも分からない。


「うーん……分からん」


 考えても答えは出ない。


「原因が分からないのって、ちょっと気味悪いな」


 もちろん、貯時間が増えるのはありがたい。でも、“どうして増えたか分からない”というのは、使う側としては大問題だ。もしかしたら、同じような状況を再現できる可能性があるのに、条件が分からなければ意味がない。


 これは……今後、ちゃんと注意して見ないとダメだな。日付と出来事、増加した時間、その時にいた人物や場所。地味だけど、こういう積み重ねがいずれ大きな差になるかもしれない。


「……まあ、今日はもう寝るか」


 次の通知が何を知らせてくれるのか、少しだけ期待しながら――俺は目を閉じた。

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