第5話 城門にて

白い巨壁が、空を裂くようにそそり立っていた。


領都の城壁も立派だったはずなのに、王都の王城はその何倍も高く、真新しい白さを放っている。


陽の光を浴びた銀の紋章がまぶしくきらめき、石畳に反射する光は、まるで地面に星が散ったようだった。


馬車は城門の前で止まっていた。

衛兵たちが槍を携えて並び、その白い鎧の胸には王家の紋章が刻まれている。

ただそこに立っているだけで、辺りに張りつめた空気が漂っていた。


リゼが、そっとアスタの袖をつかんだ。


「お兄ちゃん……ここ、なんか息が詰まる……」


声はかすかに震えていた。

きらきらした瞳の奥に、不安が揺れているのがわかる。


アスタは驚いて妹を見下ろした。


(リゼが、こわがってる……)


いつもは、何でも知っていて、自分よりずっとしっかりしているリゼが。

今は、真っ白な門の前で、小さく見えた。


リゼは門を見上げたまま、唇をかすかに噛んだ。


「王様にすぐ会うのかな……」


アスタは首を横に振った。


「父上が言ってたじゃん。今日は王様に会うんじゃなくて、父上の部下に会いに来たんだよ。」


「でも……こんな大きいとこ入るの、やっぱりこわいよ……」


その声が、さっきよりもかすかに震えているのを聞いて、アスタの胸の奥がじわっと熱くなった。

(……守らなきゃ。)


自分でも、どうしてそう思うのかうまく説明できない。

けれど今は、自分がしっかりしなくちゃいけないような気がした。


アスタは小さく息を吸い込んで、リゼの手をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫だよ。父上の部下だって、きっといい人だよ。

だって父上と一緒に戦ったんだもん。」


リゼがぱちぱちと瞬きをした。


「お兄ちゃん、知ってるの?」


「知らないけど……でも父上が一緒に戦った人なんだもん。絶対強いし、悪い人じゃないよ!」


言い終わると、リゼがほんの少しだけ笑った。


「……でも、やっぱり少しこわい。」


「大丈夫! もし怖いことがあったら、風で吹き飛ばしてやるから!」


リゼはくすりと笑った。


「……お兄ちゃん、ばか。」


その声は、さっきよりずっと軽くなっていた。


そのとき、ダンフリースが馬車を降りると、門前に並ぶ衛兵たちの空気が一変した。


「……っ!」


一瞬、誰も息をするのを忘れたように静まり返る。

何人かの兵が慌てて背筋を伸ばし、兜の下で目を大きく見開いた。


若い騎士が、思わず小声でつぶやいた。


「剣聖ダンフリース公爵……本当に……」


別の騎士も、興奮したように仲間に囁いた。


「若い頃の戦の話、書物で読んだんだ。まさか本物を見られるなんて……!」


目が一斉にダンフリースに集まった。

それは、畏れと尊敬が入り混じった視線だった。


アスタは父を見上げて、息を呑んだ。


(父上って……やっぱり、すごい人なんだ……

戦った仲間って、どんな人なんだろう。)


ダンフリースは衛兵たちの視線を気にも留めず、淡々と言った。


「今日は陛下に呼ばれたわけではない。

私の古い部下が、今は王城で仕えている。

王都を見せるついでに、少し顔を出すだけだ。」


門番がダンフリースに近づき、深く頭を下げた。


「ダンフリース公爵様、ご来訪。どうぞお通りください。」


衛兵たちが一斉に道を開け、槍を揃えて胸元で叩く音が、澄んだ空気の中に響き渡る。


白い門が、音もなく左右に開いていく。

まばゆい光が門の内側から差し込み、そこには高い天井の白い回廊がどこまでも続いていた。

外の賑わいが、嘘のように遠ざかっていく。


アスタはリゼの手をしっかり握りしめたまま、胸を張って一歩を踏み出した――。

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