第3話 風の少年
「アスタ様ー! アスタ様、どちらですかーっ!」
庭を駆け回る執事の声が、やけに必死だ。
そのすぐ後を、リゼが小走りでついてくる。
「ったく……稽古の時間にいないなんて、絶対また変なことしてるんだわ」
そのころ当のアスタは、庭の隅でしゃがみ込んでいた。
頬に風を浴びながら、手をぱたぱたと振っている。
「おーい、風の精霊ー! こっち来いー!」
ひらひらと舞い上がる花びらに向かって、アスタは声を張り上げた。
「もっと強く吹いてー! 空まで飛ばしてくれーっ!」
リゼが見つけたのは、ちょうどその瞬間だった。
「お兄ちゃん! 何やってるのよ!」
「風とお話してるんだ!」
「……稽古は?」
「だって風が今日は剣じゃないって言ったんだもん!」
「そんなわけないでしょーっ!」
そこへ執事が息を切らして駆け寄る。
「アスタ様! 剣の稽古のお時間です!」
「えー……だって風が……」
「風は稽古に口出ししません!」
アスタは、ぶうっと頬をふくらませた。
「つまんないんだもん、木を切るだけだし!」
リゼは両手を腰に当て、半分呆れ顔で言った。
「お兄ちゃんは剣の才能あるのに、サボってばっかり……」
そこへ、低い声が飛んできた。
「――剣をつまらぬなどと言うな。」
庭の石畳を踏みしめて、ダンフリース公爵が姿を現す。
陽光を背に受けたその影は、大きく、厳しかった。
「父上っ……」
ダンフリースは息子をじっと見下ろす。
「お前には、いずれ背負うものがある。剣も、それを支える力のひとつだ。」
「……だって、風が――」
「風も剣も、国を守る力だ。」
アスタは言い返そうとして、口を閉じた。
ダンフリースは深く息を吐き、小さく呟いた。
「やはり、王城を見せねばなるまいな。」
アスタはぱちくりと瞬きをした。
「……王城?」
「お前は、いずれこの国を支える立場になる。その偉大さを目で見て、知るべきだ。」
セレスティアが、少し心配そうに夫を見た。
「まだ早いんじゃなくて?」
「早いと思っているから、連れて行くのだ。」
ダンフリースは少し目を細めた。
「それに、王城には私の昔の部下がおる。久しぶりに顔を見ておきたい。」
リゼが目を丸くする。
「お父様の部下って……あの剣の人たち?」
セレスティアがくすりと笑った。
「そうよ。あなたのお父様、若い頃は“剣聖ダンフリース”って呼ばれてたのよ。」
アスタは小さく首をかしげた。
「ねえ、剣聖ってなに?」
セレスティアはやわらかく微笑む。
「剣の道を極めた者につけられる名誉の呼び名よ。あなたのお父様は昔、たくさんの戦場で王国を守ったの。」
アスタは目を丸くして、父を見上げた。
「すごい! ……じゃあ父上は本当に強いの?」
ダンフリースは少しだけ照れたように視線をそらした。
「……少しはな。」
リゼがため息をつく。
「お兄ちゃん、やっぱり王城でも風と話して終わりそうだね。」
アスタはむくれて言い返した。
「そんなことないもん! ちゃんと見るもん! ……美味しい食べ物、あるかな?」
ダンフリースはまた深いため息をついた。
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