第6話:糞船
「なんなんだあいつ! どこかの世間知らずのクソガキと思ってたのによぉ!!」
「畜生、治療する金もねぇってのに……あのガキ俺の腕を折りやがった!!」
「まだ頭がいてぇ……」
夕日が差したスラム街の一角、空亡を襲い返り討ちにあった人間とゴブリン、エルフの三人は、空亡への逆恨み的な愚痴を吐き合いながら、粗雑な密造酒を傷口にかけて消毒をしていた。
衛生基準も安全基準もない、メチルアルコールの混ざった粗悪酒。こんなものでも、スラム街では上等な消毒液となる。
「つうかよ、オメェ石のコントロールミスんなよな。せめて頭以外に当てろよせめてよぉ」
「投げる直前にナイフぶっ刺されたんだから仕方ねぇだろ!? 俺だってオメェに当てたくて当てた訳じゃねえよ!!」
「クソッ、絶対許さねぇぞあのクソガキ……」
返り討ち、それも途轍もなくて加減をされたという侮辱を味わう羽目となった。
自業自得でこそあるが、かといってそれではいそうですかと納得できる程人間はできていない。
胸の内にあるのは、怪我をさせておまけに恥をかかせた空亡への恨みだ。
下手に殺しをすれば、スラムの住人の身内から反感を買い復讐されるかもしれない。
そういった懸念で生かして逃がした空亡であったが、結局こうして当人に復讐心を芽生えさせた結果で終わってしまった。当人がこの三人を見れば、なんとも無駄な努力であったとため息をつくだろう。
「元軍属の俺をコケにするだけじゃ飽き足らず、ドワーフ一族の命とも言える手を折りやがっって……ぶち殺してやる」
「つってもよぉ、どうやって殺すんだ? 寝込みを襲うにも、どこで寝起きしてるかなんざ知らねぇし」
殺意に満ちた復讐に意気込むドワーフに、エルフが冷ややかに言う。とはいえドワーフの殺意を否定せ
ず、殺すことに否定は無い。
「んなもん決まってるだろ? 幸い、ゴブリンのオメェは怪我したの肩だけだ。手じゃねえ。入り込む砂みてぇに鍵開けて家を漁りゃあいい。ひたすら開けまくればいずれは見つかるだろ? ついでに勝ち組の住人や観光客から、ちょいと分け前を貰いながら探せば金と水脈を掘り当てるってもんだ」
「なるほど……確かに俺たちはスラム街で苦労して生きてきてる。食う寝るに困らない奴らの富を再分配されても、神様は文句を言わねえだろう」
ドワーフの提案にエルフが頷く。
仮に見つかれば憎い相手を殺した上に観光客たちから大金をせしめられる。見つからなくても、生活と治療に使う金は得られる。お尋ね者になる可能性は高いが、そういったリスクはすっかり頭から抜け落ちていた。
スラム街まで逃げればなんとかなるだろう、という楽観的な思考だ。
ゴブリンがその提案に不満げに口をとがらせる。
「……オメェら、もしかして肩怪我した奴に無茶しろって言ってやがるか?」
「手じゃねえんだからいけるだろ?」
「肩も重要なんだよ鍵開けにゃあよ!!」
くつくつと笑うドワーフの提案を、ゴブリンが冷ややかに否定する。
とはいえその口ぶりは、肩の怪我さえなければ提案に乗り気であるように思えるものであった。
彼とて空亡に恥をかかされた身。殺せる機会があるのならば殺すに越したことはない。
そんなろくでもない、スラムのゴロツキとしては一般的とも言えるやり取りをしている三人に、一人の影が差す。
「あんま街ん中を荒らすんじゃねえよ、仕事がしづらくなっちまうだろうが」
「んだ、オメェ……は……!?」
「ラグナ……さん……!?」
ポンチョを羽織り、鍔の長い帽子を被った一人のドワーフ。荒くれ強盗集団ラグナ一味のボス、ラグナ。その姿に三人はたじろぐ。
スラム街じゃ知らぬものなし、栄えている中心街の方でも悪評高く知らぬ者はそんなにいない裏社会、スラム街の大物。
本来であればこんな場末もいいところな場所に、顔を見せるような大物ではない。
「おう、どうしたぁその怪我は」
「えっ、いやあこれはですね……ちょいとばかし金を持ってそうな、恵まれてそうなお人からお恵みを貰おうとしたらですね、神の教えに逆らうように拒否されちまってですね」
「そうだぜ! それにあいつ、得物も抜かず嘗めた態度で俺たちに恥かかせやがったんだ!! こんなの許せる訳ねぇよ!!」
「ああ、このまま街を出させる訳にゃいかねえ!! こんな目に遭わせたツケは払わせねぇとよぉ!!」
ラグナの一つの問いに、一つも同情できない戯言を並べ立てる三人組。
お恵みを貰うも、恥をかかせるも、ツケも、ラグナの目から見ても全て自業自得としか思えないものばかり。
とはいえ、ラグナは彼らの証言に興味を持ち始めた。
「……テメェ等をそんな目に遭わせたってのは……あー……なんだ、赤いひらひらしたもんを着た奴か?」
ラグナは、先日列車強盗が失敗した原因の特長を上げ、三人に尋ねる。
それに三人は、ラグナが代わりに復讐をしてくれると勘違いしたのか、親鳥から餌をねだる雛のように次々と口を開く。
「そうです! 赤いひらひらしたもんを着た、女みてぇな顔をした奴でさあ!」
「娼婦みてぇにどぎつい色の服だったが、ありゃ体つき見るに男だったよな。なんであんなもん着てやがったんだ?」
「さあな。で、ラグナさん! 特徴を聞いてきたってこたぁ、俺達の敵を討ってくれるってことですよね!? 頼んます、俺達のこの無念、晴らしてくだせぇよ!!」
ぴーちくぱーちく、自分勝手にわめきまくる三人。
この三人の言葉から、彼らを負傷させて生かしたのが、ラグナが脳裏に思い浮かべていたあれと一致した。
とはいえ、解せない。
遠目から見ただけの印象ではあるが、ラグナの評価では、あれは生かして返すような甘い真似はしなかった筈だ。部下を生かして返したのは、効率よく処理できる手段を取ったが故の副産物にすぎない筈。もし列車の屋根に上っていたら、迷いなく斬り捨てていただろうという確信がある。
少なくとも、態々敵の命を助けるような、そういうお人よしの甘ちゃんの目をしていなかった。
殺しに殺してきた目だ。そんな奴らが、場末のチンピラに襲われたというのに生かして返す……突然博愛主義の非殺主義者にでもなったというのだろうか。
理解できない。が、ある程度実力は分かった。 素人に毛が生えたような連中とはいえ数は三人、それを相手に得物を抜かずに返り討ちにする腕。
正面から相手してもここまでやるとは。生かして返すとは。やはり見立て通り、凄腕だったとラグナはくつくつと、面白そうに笑う。
「ああ、なるほど。やっぱりあいつか」
「ラグナさん、あいつのこと知ってんですね!? だったら俺達の敵討ちを、あいつをぶち殺してくれますよね!?」
「まっ、そうだな」
無様に縋ってくるドワーフ。
命とも言える手を使用不能に折ってきた種族としての恨み、命を奪いに行ったというのに情けをかけて屈辱に生かされた戦士としての恨み。その二つが合わさったのであれば、その恨みは途方もないのだろう。
同じドワーフであり、同じ軍に所属していたラグナとしても、その感覚はなんとなく理解はできる。
だがラグナは、その言葉に銃声で答えた。
ドワーフの腹に穴が開き、血が流れ出る。突然の出来事に理解が及ばず、ドワーフが撃たれた箇所を押さえ、べっとりと血の付いた手を見つめ、震える声を絞り出す。
「えっ、ラグナ……さん……?」
「金を乞食するのは構わねぇ。この街で認められている稼ぎ方の一つだし、それもまた強かな生き方の一つだ」
「ひっ、ひぃっ!!」
信じられない、とでもいいたげに目を見開いたドワーフを蹴り飛ばし、淡々と語りながら引き金に指をかける。
咄嗟に、仲間のドワーフを助けようと動く二人。だがその前にラグナの銃が火を噴き、人間は膝を、ゴブリンは肩を撃ち抜かれた。
「強盗するのは構わねぇ。街じゃ認められねぇ生き方だし
「なっ、なんですかいラグナさん……? なら、なんで、俺達を撃って……?」
ラグナは語りながら銃を懐に仕舞い、手斧へと持ち帰る。武骨な鉄製の斧が夕日を受けて輝き、三人の顔から血の気が引いた。
「ぶちのめされたから復讐するのも構わねぇ。やられたらやり返す、こっちからやったとしてもぶちのめされたらやり返す。受けた屈辱は返す。そういったやる気ってのは、生きるのに大切なもんだ。自業自得だろうとな。自分の心が折れねぇように保つ、モチベーションってぇやつだ。俺はそれを否定しねぇ」
「だっ、だったら! なんで俺達を撃つんだよ! あっ、ああっあんた、イカれてんじゃねえか!?」
地面を這って逃げようとする三人。あふれ出た血が砂に線を描く。
当然、這う這うの体で逃げられる筈もなく、手斧を揺らしながら迫るラグナから距離を離すことができない。
死神が、砂の大地を踏みしめる。砂が圧迫され擦れる音が、徐々に近づいてくる。
「だがな──」
「ぎゃっ、がああああ!! 折れる! 折れちゃいますって!! 離せっ、離して、離してくださいっ!! ラグナさん!!」
ラグナの足が、スラム街のドワーフの足を踏みしめる。骨がきしみ、折れる音が響く。
「なんなんだよ、なんなんだよこいつ!! イカれてんじゃねえのか!?」
「い、いかっ、いかれてんじゃねえかあんた!? なっ、ななっ、ならなんで俺たちを、殺っ」
人間の悲鳴が、恐怖が、ラグナにぶつけられる。
ばきりっ、という音と共に足が糸の切れた人形のように折れ曲がる。ドワーフの顔が恐怖で歪む。涙も鼻水も、吐瀉物すら口の端から漏れ出ている。
なんとも無様な顔だ。それをラグナは無表情に、無価値に見下ろし、薪でも割るかのように手斧を構える。
「プライドを語りながら、プライドもへったくれもなく復讐を他人に任せるような奴は──気に入らねぇ」
「たす、助けっ、助けて命だけで──ぎゃあっ」
無勘定に斧を振り下ろし、ドワーフの頭を薪のようにかち割った。
「あっ、なっ、おっ、おえっ」
「なんで、だよ……なんでだよぉ。俺達が、俺達があんたに何したってんだ!?」
畜生のような悲鳴を最後に真っ二つに分かれる頭。血と砕けた骨、真っ二つに割れた脳みそが断面から零れ落ちた。
ラグナはそれに一瞥もせず、地面に落ちた脳みそを踏み潰し、手近にいたゴブリンの腹を踏みぬいた。
「自分でやるんならともかく、テメェ等よぉ、命奪いに来といてその口は無いんじゃねえか? 人に殺し頼んで、復讐してもらうってのは、筋が通らねぇよ……な!!」
ゴブリンを蹴り飛ばし、腹に斧を振り下ろす。胃を破ったのだろう、血の臭いに交じって吐瀉物臭さが鼻にかかった。
「わっ、悪かった! 俺達が悪かった!! 許してくれ!! 頼む。もうあんたに顔見せないし何も頼まねぇよ!! それに二人も殺したんだ、もう十分だろ!? なっ?」
最後に残った人間が、頭を地面にこすりつけ命を乞う。
もはや、反抗する気力も、復讐をねだる気力も見られない。完全に落ちぶれた負け犬の有様。
ラグナは最後に残った足を撃ち抜く。人間の男が蹴られた犬のような悲鳴を上げた。
「その両足は指導料だ。物乞いしやすくしてやったんだ、一から稼ぎ直しな」
激痛に悶える人間を横目に、ラグナは葉巻を取り出し、マッチで火を付ける。
他の二人はともかく、ラグナが最初に殺したドワーフ……あれは軍にいた頃、見かけたことのある顔をしていた。
少なくとも、多少腕が落ちていようがそこらの傭兵如きじゃ相手することができるような奴ではない。それも、殺さずのまま生かしてとなれば……。
可愛い部下に『勝ち目がないから』と止められていた、あの計画に現実味が帯びてきた。思わず笑みがこぼれる。
「……ついに向いてきやがったか」
長い事ずっと引きずっていた腐れ心残り、ずっと不可能だと思われていた計画。
あれを潰せるかもしれないとなれば、奴に賭けて命を張るのも悪くはない。否、今この時賭けねば、きっと死ぬまで後悔するだろう。
ラグナは街の向こう、違法建造された建物の影で隠れて見えない砂漠の向こうを睨みつける。
「待ってろよ糞船が」
半ばまで吸った葉巻を捨て、ラグナは忌々しい怨敵に吠えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます