第3話:砂の入り江と太陽教会
エルフの女将と別れを告げ、砂の入り江を後にした空亡は、エルフの女将に紹介された太陽教会に向かっていた。
まだ日は登っている為、民宿回りは太陽祭り目当ての人たちの姿は少ない。ここら一帯は閑散としているように見えるが、宿泊客たちは祭りの中心地へと行っているのだろう。つまり、夜になると宿泊客でごった返すことになる。
事実、飲食店らしき店を見かけるたびに、閉まっているというのに料理のいい香りが漂ってきている。
道中傭兵向けの保存食専門店で買ったレモン汁のかかった干し肉を齧りながら、まばらながらも祭りの中心部へと向かう人たちの流れに逆らい進む。
そしてしばらく歩いていると、教会らしき建物を発見した。
「っと、ここかな」
太陽のものと思わしきシンボルが掲げられた、この街には珍しい白煉瓦で建築された教会。
何十人も暮らせそうなほどデカい。が、それに比べて人の気配が、祭りの時期だというのを差し引いてもあまりにも無い。
年季を感じさせる作りとはいえ欠損しているような箇所も少なく、人に手入れがされている雰囲気はあるが……昨日今日とこの教会を出ていった可能性もある。
人がいるのか少々不安になるが、廃墟であればそれはそれで勝手に泊まらせてもらうだけの話である。太陽の光と風を防げるのであれば、それ以上の贅沢は言わない。
扉にかけられた簡素な輪だけのドアノッカーで扉を叩く。
……が、反応はない。
「すみませーん。あー……宿にあぶれた旅人ですけどー、ちょっと泊めてもらえませんかー?」
今度は声をかけてみる。
乾燥しがちなこの世界にやってきてからというもの、大声を出すのはあまり得意ではないのだが、砂漠の夜を外で過ごすハメになることを考えたら多少の喉の痛みは仕方ない。
……しかし、これも反応が無い。となると既に無人なのかと考えると、扉に手をかけてみたがしっかりと鍵がかかっている。
帰ってくるのかこないのかは不明だが、教会の家主は今外出中のようだ。
とはいえ夜になって再度尋ねるのも、事前に安全確認ができないというのであまりやりたくはない。視界が確保されている昼間のうちに、建物内部の構造を把握しておきたい。
どうしたものかと壁にもたれ考えていると、どさりと何か物を落とした音が聞こえた。
「……ん?」
「太陽……?」
年老いた声が震え、空亡は振り返る。
修道服を着た、ここの管理人らしき女性。彼女は買ってきた品物の入った籠を落としたというのに、なぜか茫然としていた。
「あらら……落ちてますよ? 拾うの手伝いますね」
何故か空亡の顔を見つめて茫然としている。どこかで会ったことあるだろうか、と首をかしげるも、彼女の声に記憶はない。
空亡はひとまず暫定無害な人物と仮定し、相手に警戒されない為に柔和な表情を作る。
そして彼女が落とした果物や、巨大な葉っぱに包まれているパンを拾い集めた。
最後に籠に全て納め渡すと、女性は少しためらいがちにそれを受け取る。何か警戒されるような動きでもしてしまっただろうか、と空亡は勘ぐるが、表に出さないよう努める。
「あっ、ああ……悪いね。ちょいとぼうっとしてて」
「いえいえどういたしまして。お婆さん、ここに住んでる人?」
背筋こそ下手な若者よりピシッと真っすぐしているが、顔のしわや頭巾から覗く白髪からしてかなりご高齢なシスターだ。
シスターは空亡の質問に、頷いて答えた。
「ちょっと泊まる宿がなくてね、宿を貸してくれると嬉しいんだけど……」
にっこりと、柔和に、警戒されないよう笑みを浮かべて泊めてくれるか打診を計る。
元の世界で活かしたスキル。だがそれを見て婆さんはさらに狼狽えたように見えた。
「……あっ、ああ。構わないよ」
が少し視線を逸らしながらも、婆さんは空亡のお願いに頷いてくれた。
修道女の婆さんは鍵を取り出し、扉を開いた。空亡も続けて教会の中へと入る。
かなり大きな、それこそ避難所として活用できそうなほど広い教会。ゴミ一つ砂粒一つ落ちておらず、清掃は行き届いている。だが随分と閑散としており、空亡としてはありがたい話だが、人間の気配がない。
「婆さん一人だけで住んでるの?」
「ちょっと前までは孤児やそれを世話するシスターもいたさ……まっ、それも三百年くらい前の話で、そっからはずっとここで一人暮らしさね」
「相変わらず、ちょっと前の規模がデカいねえこの世界は」
太陽と、剣を掲げた少年を模したステンドグラスを見上げながら空亡は、教会と彼女の歴史に思いをはせた。
この世界に来てからというものの、己の常識が通用しないことばかりだ。元の世界の常識が通用せず、未知とのふれあいばかりが起こる。
だから空亡はこの世界を好いていた。
婆さんは日用品の入った籠を一旦適当な椅子に置いて、通路の方を指さす。
「寝室は右手側、一番奥の部屋はアタシの部屋だから入らないように。それ以外ならどこも空いているから好きに使って構わないよ」
「了解、ありがとねーお婆さん」
「それと食事についてだが──」
「そっちは自分で準備するから必要ないよ」
「……そうかい。キッチンは、壇上のところを右側に行けばある。自由に使ってくれて構わないよ。……足りなくなったり買い忘れたりしたら食材は好きに使えばいい。ただ、火を使うんなら後処理もしておくれ」
太陽教会に宿泊する際のルールを軽く終え、空亡と老婆の間にしばし静寂が訪れる。
空亡は手持ち部沙汰に、教会のベンチに座った。
遠くから太鼓の音が鳴り響いてくる。
ふとその音を聞いたからか、老婆が今この街で起きている最新の話題を空亡に振った。
「……あんたは行かないのかい? この地が自然豊かだった時と比べたら、まあ店の質も見世物の質も落ちちまったが……それでも祭りだ、こんなババアと一緒に過ごすよりは楽しいだろうさ」
「生憎だけど、ボクが行ったら祭りの主役が変わっちゃうからねー。なにせボクってばめちゃくちゃ可愛いし!」
ニシシシ、と空亡は笑いながら答えた。
実際のところは、人混みは苦手なので目的もなく混ざりたくないのだ。
太陽祭り自体には少しばかりの興味はあるが、あの人込みの中で未知の祭りを楽しみたいかというと、混ざりたくない方に天秤が傾く。
盗み、刺殺、ひったくり、それらの危険性をどうしても勘定に入れて判断してしまう。元の世界に比べたら治安はマシとはいえ、依然としてそういうものは存在する。治安は良いとは言えない。
だから、余計なものに巻き込まれないようむやみに出歩かない、人と会わない。そう心がけている。空亡とはそういう性分の人間なのだ。そういう世界からやってきた人間なのだ。
「興味はあるけどどんなお祭りかは知らないしね」
老婆はその言葉を聞き、空亡と通路を挟んで反対側のベンチに座り、向き直る。
「……太陽祭り。今となっちゃ天の恵みをもたらしてくれた太陽に感謝し、そして干ばつという裁きが下されぬよう祈る祭りさね」
「へぇ……今となっては?」
老婆の言葉に、空亡は思わず聞き返す。
妙な話だ。あのような砂漠を埋め尽くさんばかりの人ごみに、いかにも歴史ありそうなシンボルのアクセサリー。砂の入り江でエルフの女将から聞いた曽々々々爺さんも「有難いお祭りだ」という証言。
少なくとも、平均年齢三百歳のエルフという種族が、曽々々々爺さんの代から続くと言っていた伝統のある祭りだ。
だというのに、この老婆の口ぶりは……まるで最初行われたものとは何か重大な物が変化したとでも言いたげに思えた。
空亡の疑問の言葉に、気付いたかとでも言わんばかりの笑みを浮かべる老婆。そっと頭巾に手をかけ、脱ぎ捨てた。
「元々崇めていたものは、太陽なんかじゃない。もっと悍ましいものさ。……砂の入り江の小娘が産まれる前、まだこの大地が緑で生い茂っていた頃の、数百年も昔の話だけどね」
空亡は婆さんの耳を見て目を丸くした。
頭巾の下に隠れていたのは、ぴんと尖がった耳。
それは本来、永久に老けないとされている種族にしか見られない特徴のものである。
「……驚いた。エルフも老いるんだね」
「エルフだって長生きすりゃ老いもするさ。他の連中が不健康にも、しわくちゃを迎える前に死ぬだけでね」
ケタケタと魔女のように笑いながら、エルフはおもむろに煙草を取り出し、指先から出した炎で火を付けた。
ゆっくりと煙草を吸って、紫煙を吐き出す。風に巻き取られた煙が虚空へと消える。
「……あんた、困ってる人がいたら助けるかい?」
おもむろに、唐突にエルフの老婆がそんなことを聞いてきた。
質問の意図が分からず、空亡は頭に疑問符を浮かべる。
なぜそんなことを聞くのか。先ほどの太陽と呼ばれたのと関係あるのだろうか。わからない、わからないが……別に嘘をつく理由もない為、正直に答える。
「報酬によるかなー、タダ働きはごめんだし」
「……なんだ、似ているのは顔だけかい」
ぼそりと煙と一緒に零した言葉、その意味が分からず空亡は首を傾げた。
とはいえ、考えても仕方ないと思考を断ち切る。
なにせただでさえ長寿なのに更にお婆ちゃんなエルフだ。自分の顔を見て戸惑っていたのも、おそらく他人の空似だったのだろう。
もうこの世には存在しない人物とそっくりな顔を見て、つい自分と重ねてしまっただけ。ならば考えるだけ無駄だ。空亡は彼女の過去も、彼女が見違えた人物の事も知らないのだから。
空亡は大きくあくびをした。外は未だに賑わっている声が聞こえるような時間帯ではあるが、そもそもの話、空亡はろくに眠れていない。
「んじゃ、ボクはそろそろ寝させてもらうよー。太陽祭りの起源ってのも気になるけど、今は眠気の方が強い……」
「あぁそうかい。よく眠りな、坊主」
「空亡だよ、お婆ちゃん。向こうじゃ結構有名なんだけどなあ……」
「ならアタシの事もルナと呼びな、坊主」
あくびで出た涙を拭いながら名乗ると、エルフの老婆、ルナは煙草の先を向けて笑いながら名乗った。
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