第5話 自由発表

「…言い分を聞かせてもらおうか?」


思いの外早く終わった朝の時間、先生は他の難しい概要を語るだけ語り、一つ目の授業時間を半分ほど費やすと、「あとは自習にしろ」と指示を出した。

学校祭などというエサをばら撒かれた学生がまともに勉強などするはずもなく、教室はすぐさまうるさくなった。

他のクラスの様子を見るに同様の説明を受けているようだが、やはりリーダーを決めるのに手こずっているように感じられる。

その証拠に、他のクラスから喧騒が聞こえるそぶりはない。

そうしてさまざまな会話が飛び交う中で、俺はアイカに近づいて声をかけた。


「思ったことを口にしただけですよ?ユタカ君はリーダーに向いています」


「俺のどこにリーダー適正があるんですかねぇ?」


そう言うとアイカはさらに笑みを浮かべて、人差し指を立てた。


「別に、ユタカ君にリーダー適正があるといっているわけではありません。少なくともこのクラスの中ではの話です」


「つまり、俺がリーダーに向いているわけではなく、他がリーダーに向いてなかった、ってことか?」


「そうなりますね」


絶対アイカの方がリーダーシップあるだろう、とは思う。

なんだかんだ言って俺を過大評価してるようにも感じるし、何か別の意図があるようにも感じられて怖い。

突飛な発言が目立つから、偏愛、いわゆるメンヘラやヤンデレのような愛の重いタイプの人間かと思ってもいたのだが…

ここまでくるとただの変人なのではないか?

そう訝しんでいるのも気にせずに、アイカは俺の瞳を覗き込む。


「それに」


立てた人差し指を揺らして、あくまで揶揄うように。


「嫌いじゃないでしょう?」


「…」


こればかりはおしだまる他なかった。

リーダーという役柄に興味がないわけではない。

だが。


「責任は嫌いな方だぞ?」


子供がヒーローに憧れるように、それは単なる興味や、承認欲求、自己顕示欲の表れでしかない。

誰しもが持っていて当然のものであり、それこそ責任や小さな問題を背負う必要がなければ、大抵の人間は手を伸ばしてしまうように感じられる。

苦笑気味に声を放つも、心根は見抜かれているようであり…


「責任感があって立派な人ですね♡」


「…そりゃどうも」


手玉に取られる感覚は慣れない。

明らかに揶揄っているな?

言葉に詰まるが、平静は保つように、笑顔をキープし波に乗る。


「あの!」


と、そのタイミングで声がかかり、振り向くとそこにはナツがいた。

まぁ、俺にかけられた声ではないだろう。


「実はね、有志の自由発表で俺、ダンスやろうと思ってるんだ!それで、アイカも一緒に…」


「お断りします」


「えぇ?!」


毎度毎度、ナツはよくやっている方だ。

女子や男子ともに人気があるし、こうやって他人に喋りかけることに躊躇がない。

それ以上に、アイカがお堅いだけ。

アイカも他者とコミュニケーションをとっているのだが、積極的に話に行くというよりは、相手から来ることが多い。

それに対し適度な距離感をキープし続けていることで、現在では高嶺の花のように感じられるのだ。


「実は、すでに自由発表の申し込みをしようとしているグループがあって」


なるほど、話をつけるのが一足遅かったということか。

…え、もう?自由発表について先輩や先生などに先に聞いていたのだろうか。

とりあえす、ナツやアイカ然り、カリスマ性の高いもの同士の話の早さは異次元の存在である、ということを再確認できる事象であった。

アイカは、笑顔で言い放つ。


「火車さんと、ユタカ君と一緒に歌でも歌おうかな、って」


もうレンと話をつけたのか…と驚くのも束の間。

ユタカ、ユタカね。

うん。

…はぁ。

俺?

俺は小さなため息を吐いた。

…間違いはない。

彼女はナツの誘いを断りたがっているのだ。

これに「間違いだ」なんて指摘を下してしまうと、アイカの逃げ道を塞ぐことになる。

そして同時に、是が非でも俺と自由発表をするつもりだな、コイツは。

確かにカリスマ性の高いもの同士は異次元の存在ではあったが、アイカの方が一枚上手のようだ。

そして俺の善意を利用したツケは、後でどうにか払わせてやる。

そう心に固く誓って、俺は黙秘を貫いた。


「…ユタカ」


「うん?どうした?」


「いや、先にグループができてるんなら仕方ないよな。邪魔してごめん」


ナツは小さく俺の名前を呼び、笑って謝った。

不思議と空気感が悪く感じられないのは、持ち前の爽やかさのおかげであろうか。

とはいえ、ここだけ静かであるのは確かだ。


「ユタカ君って、優しいですよね」


してやったりといった様子でこちらに問いかけるものだから。

俺は復讐を固く誓った。

チラリ、と横に視線をおくと、あちらはずいぶんと盛り上がっていた。


「ねーねー!火車って、あのなんか色々やってる会社でしょ?海外進出とかなんとかして、最近めっちゃトレンドみたいな?」


「スッゲー!やっぱ家でかいん?俺たちの家のサイズで犬小屋扱いだったりして?!」


「てかこの時期に転校?まだ学校始まってちょっとだけど?」


「えっと…あの…」


先生が転校とは言っていたが、入学が遅れただけのことを、説明めんどいから省いたなあの先生…

レンが質問攻めにあっており、こことは真反対の空気感だ。

…そういえばコイツ、しれっと自由発表に混ざってるってことはアイカとグルだよな。

まあ、仕方がないことではあるが。

少し迷ったが、しどろもどろになっている少女を助けようと俺は声をかける。

レンが困っているだろ!と笑うように。


「おーい!レンが…」


「そんなに一気に話しかけても、火車さん困るでしょ?」


…ナツが、声をかけた。

カツカツと軽快に床を鳴らして、レンの前に立つ。


「ね、火車さん。レンって呼んでいい?」


太陽のように、彼は微笑む。


「あ、えっと…はい」


しかし彼を前にしても、彼女の態度は変わらない。

…小学生の頃を見ているようだ。

消極的で、受け答えすらまともにできない。

しかし、アイカに対してしっかりと話すことができていたし、もう高校生だ。

少しは話せるようになったと思っていたのだが、やはりままならないようである。


「初めてでわからないことも多いだろうし、まだ始まって数ヶ月だけど、わかることならなんでも教えるから、困ったことがあったら聞いてね」


「…ありがとう」


いや、むしろよくやってる方か。

苦手意識がある中でも、こうやって平静をとり繕えてはいるのだから。

一方、ナツもまたいつも通りだ。

初めての相手でも臆せず、笑顔で声をかける。


「クールだ…!」


「クールビューティだ…まさに孤高の薔薇!」


「謎多き少女…萌え…」


彼女は目を合わせられないから、窓かどこかを眺めているのだが。

俺にはしどろもどろに感じるような間が空いている喋りが、クールキャラだと思われたようで、割となんとかなっていた。

…いやいやこいつらの目は節穴かよ。

やっぱ美女を前にはどいつもこいつもバカになるのか?


「…ユタカ」


冷めた視線を男子に送っていると、小声でレンに名を呼ばれる。

ナツとは違ってこっそりとそちらに近づき、冷や汗の流れているその頬に耳を寄せた。


「学校見て回りたいから、放課後、一緒に来てくれない?」


…それこそ、ナツを頼るべきじゃないか?

俺の方が気を緩められる存在とはいえ、一緒に回って欲しいというお願いは人と繋がれるチャンスだ。

そう思ってしまったが、俺はどこかそれが当たり前かのようにすぐに返事をしてしまった。


「…仕方ないな」


積もる話もある。

何より、話さなければならないことが今増えたからな。

同時に、彼女のように身分も、またその見た目もレベルが高いものが、俺1人だけに頼るという状況が心を刺激した。

どこか捨てられた子猫を見ているような気分で、どうしても甘くなってしまってることが自分でも自覚できた。


「あ、そういえば…」


「?」


素知らぬ様子でレンが俺に問いかける。


「自由発表するって私初めて聞いたんだけど…アイカと2人で話してたの?」


「…」


グルじゃなかったのかよ…!

どうやらコイツも、アイカの被害者だったらしい。

目の前にいるナツに聞かれたらどうするんだ、と俺は急いで口を塞いだ。


「んむ…!」


「空気読め空気」


「…2人とも、仲がいいんだね!」


問題のナツは笑顔でそう言ったので、何も聞こえていない、はずである。

ぜっっったいどこかでやり返す…と拳を握る。


「アイツ…なんでそんなに女子と…!」


俺は再びそう誓いながらも、レンの口を塞いでる状況を他の男子に恨めしそうな目で見られていることに、今、気づくのであった。

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