異世界転生したので念願の魔法使いになるぞ! けれど現実は……甘くなかった。いや、こうじゃないだろう……

踊りまんぼう

第一話:異世界魔法免許センターにて



「……何度見ても、どう見てもアレだよなぁ……」


 心の声が口をついて零れる。


 思ったよりも中世的でない、むしろ近世かな? と思えるような異世界に転生した私、加古川一孝。

 今世の名前はカズですが……ようやく念願かなって魔法使いに……なのですが。

 目の前の光景に少々困惑してた。


「あ、受付はこちらでお願いいたします。今日のお申し込みでしたら、最速で第一回講習は明日からです」


 魔法はあるけれど、何というか、数多く読んでいた異世界物語のようなロマンは見受けられない。

 ファンタジー小説で描かれるような荘厳な魔術師ギルドの建物がどーん、とかではない。

 確かに、魔法実践場が併設されていて敷地全体は広大で、塀も含めて頑丈な雰囲気を出しているのだが……。

 肝心の本部は、壮大さとはかけ離れた事務的な……まるで役所のような建物だった。


『朝の鐘より午前の受験試験。昼の鐘より午後の受験試験。時間厳守。鐘の音に間に合わなければ受験できません。午前試験なら午後試験への変更できます。午後試験の場合後日受験してください』との張り紙がベタッと貼られていた。

 わいわいと受験生たちの雑談をよそに私は受付へと進んだ。


 せっかく異世界に、しかも魔法の存在する世界に転生したのだ……この世界を堪能するならやはり魔法使いだろう。

 剣や弓も良いが、やはりロマンとして魔法は外せない。

 杖を持ち呪文を詠唱し、ファイヤーボールなりを放ったりして前世ではありえない術を使う、そこにしびれる、あこがれるっ! だろう。


 前世のネット小説で読み漁ったようなシチュエーションを夢見ていた。


 たとえば、人里離れた所に隠居しているような、気難しい師匠と出会って、面倒を見たり見られたりしながらも不肖の弟子として認められて少しずつ魔法使いとしての才能を開花させて、やがて英雄の一端として世界へ羽ばたいていく、とか。


 その途中に勇者や聖女たちと出会ったり、時にはロマンスも……。


 ええ、そんなことを夢見ていた時期もありました。


 あの時までは……。

 転生してから色々あったけれど、あの時のがっかり感は今でも覚えている。


 それは少年の日の何気ない遣り取りから始まった。




「ねえ、カズの将来の夢ってどんなんだっけ?」


 ふと、幼馴染の少年が尋ねてくる。

 前世の記憶を持つ自分から見ても、その幼馴染、アークシアは随分と大人びた印象があった。

 けれど、それでいて何処か悪戯げな……子供ゆえの無邪気というよりも、知っていてわざと他人の反応を見てくる底意地の悪さを感じていた。


 そんな彼の何気ない質問。

 これは真面目に返すべきか、考える。

 これはいつものくだらない遣り取りだろうと誤魔化す。


「真面目に答えて、カズ」


 彼は極めて真剣な表情だった。


 きらきらと日の光を受けて輝く金色の髪の間から、アクアマリンの輝きのような……まるで海洋に星々のきらめきを散らしたような碧い瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。


「あ、ああ……解ったよ」


 それに圧倒されるように、素直に魔法使いになりたいと答える私。


「へえ、魔法使いかぁ」

「な、何だよ可笑しいか?」


「いや、可笑しくないけど……魔法使いになりたいなら、まずは免許を取りにいかないといけないね」


「は? 免許? 魔法使いにも免許ってあるのか?」


 アークシアの言葉にぽかんと口を開けて驚く。

 それを見て、けたけたと実に楽しそうに彼は笑った。ああ、この反応を待っていたのだといわんばかりに。


「うん。魔法は危険だから、ちゃんと資格を持っている人しか使っちゃ駄目なんだって。だから、しっかりとお金貯めて免許を取りにいかないとね、カズ」


 言いたいことはわかる。

 けれど、何だろうこのモヤモヤ感は。

 ……幼馴染のにやにやとした顔が、それが真実だと告げていた。


 グッバイ、私の心の中に居た、まだ出会えてない魔法の師匠。アナタのことは決して忘れないよ……出会ってもないけど。


「免許センターに行って、しっかりと講習を受けないと魔法使いになれないからね。もちろん、費用も結構掛かるから、魔法使いを目指すなら今から資金を貯めとくべきだと思うよ」


 アークシアは見識はとてつもなく広い。おそらく間違いないのだろうと思う。

 そういうアドバイスは非常に助かるのだが……夢がない。

 わかっているけれど彼は堅実な現実を突きつけてくれているのだ。

 ちょっと私の驚きと悶えに、にやにやしていて反応を面白がっているものの、助言自体は多分間違いない。

 間違いないと解っているだけに、夢がなく、あこがれだった魔法使いになるということが、良くも悪くも身近に感じられすぎた。


 いやまあ、感謝はしている。

 あの時のアドバイスのおかげで、しっかりと資金を貯めて、何とか今この王都に設置された聖王国騎士団直属魔法使い免許センターに、魔法使い免許講習を受けに来れるようにまでなったのだから。




 高さはないが重厚な石造りの建物。対魔法コーティングをしているであろう立派な塀に囲まれて広々とした敷地。

 奥の方からはけたたましい爆発音や、焦げ付いた硫黄のような独特の匂いが風に乗って漂ってくる。


 それが本当に練習なのか解らないが、思わず耳を覆ってしまうほど大きな音が届く。


 外からでも敷地内が少し見えるのだが、魔法を使った跡だろうか、黒焦げになった巨大な標的の残骸や、分厚い土壁にひびが入り穴が空いているのやらが散見された。


 民間でも、仮免許までは習得できるらしいが、一応、国家公認とはいえ、質に関してはピンきりで当てになったりならなかったりと幼馴染の少年は言っていた。

 そのため国家直属のここ聖王国騎士団直属魔法使い免許センターに通うことにしたのだ。


 直属とあって授業内容は厳しいが、そのまま仮を越えて正免許まで受験することが出来るので、地方でどうしてもまとまった時間が取れないような人でなければ、こちらの方が良いらしい。

 何より、民間と違って間違いない。


 ……これも幼馴染の少年……アークシアのアドバイスである。


 講習受ける間の宿代とかもあるけど、それも含めて貯めとこうねとまで言われてしっかりと貯金した。


 まあ正直なところ、同い年くらいのしかも片田舎の少年である彼が、どうしてそこまでの知識を持っているのかと不思議でしょうがないのだが……幼馴染として散々思い知らされただけにアークシアだからな、で処理するようになっていた。


 それに何というか、こちらに転生してくる直前に対面したこの世界の神様にどこか雰囲気が似ている気がして、もしかしたらそういう神様の眷属か、あるいは一柱なのかもしれないな、と考えている。


 免許試験会場はこちらという案内板の前には複数人の受験生たちが集まっていた。

 おそらく自分と同じような田舎で、各地にある魔法使い免許学校で仮免許まで受かった人たちなのだろう。


 何やら話しているのが聞こえてくる。

 さて、魔法使いの卵たちの雰囲気はどんなものなのだろうかと、私は耳を傾けた。



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