死闘!アイドルコーデ対決!

アイドル対決当日。


タヴロッサの野外ステージは昨日以上の熱気に包まれていた。


「トップアイドル『ルル』に挑む、謎の新人アイドル『シスター・クーネル』!」という、いかにも胡散臭い触れ込みはゴシップ好きの民衆の心をがっちりと掴み、広場は黒山の人だかりで埋め尽くされている。




そのステージ裏の楽屋。


クーネルは鏡の前に座り、深々とため息をついていた。




「人間どもを恐怖に貶める魔界一の知将派(自称)ともいわれこの妾が、よもや人間の尼にまで落ちるとはのう」




彼女の隣ではなぜか、やる気満々のメロが目をキラキラさせながら、化粧道具を手にあれこれと指示を飛ばしている。


あれほど昨夜は反対していたというのに、いざ主が舞台に立つと決まれば、全力でサポートするのが彼女なりの忠誠心の示し方らしい。


まあ、単に面白そうだから、という理由の方が大きいのだろうが。




「まあまあ、クーネル様、そう仰らずに。どうせやるなら、あの鼻持ちならないピンク頭をぎゃふんと言わせてやりましょう」


「……おぬし、いつの間にルルのアンチになったのじゃ」


「わたくし、ああいう、男の前でだけ声がワントーン高くなる女が昔から嫌いなのです!」




メロは私怨丸出しで、きっぱりと言い放った。




最初の対決は「コーディネート対決」。


テーマは「聖なる夜のデート服」。


この日のために昨夜、プロデューサーを自称するラクレスが徹夜で用意したという、特注の衣装箱が部屋の隅に置かれている。




「それにしてもあの飯炊き係……もとい、マネージャー殿はどこへ行ったのです? 肝心な時に姿が見えませぬが」


「さあな。あの小僧、『近くでルルちゃんをみたら死ねる、でも俺は今君のマネージャーを努めなければならない』などと、訳の分からんことを言って、どこかへ消えたわ」




クーネルは心底どうでもよさそうに答える。


ラクレスは彼の歪んだ騎士道精神(と、極度のコミュ障)に基づき、楽屋への立ち入りを固く、自らに禁じているのである。




「さあ、クーネル様! ぐずぐずしてないで、例の衣装とやらにお着替えを!」


「……はぁ。面倒じゃのう」




クーネルは重い腰を上げると、のろのろと、その衣装箱へと近づいた。


ラクレスがどんな、頓珍漢な衣装を用意したのか。


想像するだけで、頭が痛くなる。


彼女は覚悟を決めて、箱の蓋を開けた。




そして――。




「…………」




絶句した。


箱の中にあったのは純白の清廉潔白なシスター服。


……だったものの無残な残骸であった。


生地はまるで獣に引き裂かれたかのようにズタズタに切り裂かれ、ところどころ、肌が覗くほど、大胆なスリットが入れられている。


もはや、それはシスター服というよりは布切れに近い代物だった。




「こ、これは……!?」




メロが息を呑む。


明らかに誰かの手による、悪意に満ちた妨害工作だ。




「ひ、酷い……! 誰がこんなことを……!」




憤るメロの横で、クーネルは静かにその布切れを手に取った。


そして、くんくん、と、その匂いを嗅ぐ。




「……この匂い」




鼻腔をくすぐるのは甘ったるい、高級な香水の香り。


クーネルの嗅覚は人の比ではない。


こんな香水をつけていれば、近寄っただけで思い出せる。


そしてそれは昨日、ルルの楽屋で嗅いだ匂いと、全く同じだった。




「……あのピンク頭の仕業か」




クーネルは即座に犯人を特定した。


その時、楽屋の扉がコンコン、とノックされる。




「クーネルさーん? そろそろ、お時間ですぅ♡」




扉の向こうから聞こえてきたのは猫なで声。


ルル、その人であった。


彼女はひょこりと楽屋に顔を出すと、ズタズタの衣装を見て、わざとらしく目を見開いた。




「まあ、大変! そのお衣装、どうなさったんですかぁ? まるで、猛獣に襲われたみたいですわぁ♡」




その口元は心配そうな形をしているが瞳の奥は愉悦の色で、歪んでいる。


クーネルはそんなルルをじっと、見つめ返した。




「……ほう。貴様がこれを?」


「あら、人聞きの悪いことですぅ♡ わたくしがそんな、ひどいこと、するはずないじゃありませんかぁ。言いがかりはやめていただきたいですわぁ♡」




しらばっくれるルル。


そのあまりにも見え透いた嘘にメロは、わなわなと震えている。


だがクーネルの反応は全く、予想外のものだった。




「ふむ」




彼女はそのズタズタの衣装をまじまじと眺めると、なぜか感心したように深く頷いた。




「なるほどのう。これがトップアイドルのセンスというものか」


「……へ?」




今度はルルがぽかんとする番だった。




「あの飯炊き係が用意した、ただの野暮ったい修道服とはわけが違うわ。この絶妙な切り込み。計算され尽くした肌の見せ方。そして何より、この既存の概念を破壊するという、強い意志。うむ、見事じゃ…」




クーネルは本気で、そう思っていた。


彼女にとって、ラクレスのセンスは「きしょい」の一言で切り捨てられる対象だがルルは現役のトップアイドルだ。


その彼女がわざわざ手を加えたのだ。きっと、これこそが最先端のファッションに違いない、と。




「プロの仕事はやはり、違うものじゃな。感謝するぞ、ルルちゃんとやら」


「え……あ、ははあ……」




礼まで言われ、ルルは完全に毒気を抜かれていた。


そのわけのわからない展開にメロだけが頭を抱えている。




「……違う! 絶対違います、クーネル様! それはただの嫌がらせです! 悪意100%です!」


「ばかもの、ルルちゃんがこういうておるではないか」




だがそんなメロの心の叫びは主には届かない。


クーネルはその破れた布切れを体に当てると、くるりとその場で一回転してみせた。




「よし。妾はこれを着て、舞台に立つ」




その言葉通り、クーネルはステージへと向かった。


彼女が舞台袖から姿を現した瞬間、会場がどっと、どよめいた。




純白のシスター服。しかし、その肩、胸元、腰、太ももは大胆に切り裂かれ、褐色の滑らかな肌が惜しげもなく、晒されている。


相反する二つの要素が奇跡的なバランスで融合した、その姿。




それはもはや、新しいジャンルの創造であった。


一部のコアなファンたちがその禁断のビジュアルに熱狂的な雄叫びを上げる。




「うおおおおお! なんだ、あのシスターは!」




純白のシスター服。それは神に仕える者の清らかさの象徴。


しかしその服はまるで、神への冒涜とでも言うようにズタズタに切り裂かれている。


大胆に開いた胸元からは豊かな胸の谷間が、惜しげもなく覗いている。


肩は大きく露出し、褐色の滑らかな肌がスポットライトを浴びて、艶めかしく光っていた。


スカートに入れられた、無数のスリットからはすらりとした健康的な太ももが、ちらり、ちらりと、顔を覗かせる。


歩くたびにその裂け目がひらひらと揺れ、観る者と倒錯的な背徳感へと誘うのだ。




「せ、セクシーすぎる……! だが、それがいい!」


「聖女様! 俺と導いてくれえええええ!」


「不謹慎だと、分かっている! 分かっているが、俺の魂が彼女を求めているんだ!」




一部のコアなファンたちが、熱に浮かされたように叫び声を上げる。


清純と、セクシー。


聖と、俗。


その禁断のマリアージュ。


それは男たちの心の奥底に眠っていた、最も原始的な、欲望と容赦なく、掻き立てた。




司会者もこの異常事態に、どう対応していいか分からない。




「え、えー……。こ、こちらが、本日の特別ゲスト! シスター・クーネルさんです! な、なんとも斬新な、コーディネートで登場されましたが……!」




司会者がしどろもどろに、マイクを向ける。


クーネルはそのマイクとふんと、鼻で笑い、奪い取った。


そして会場とぐるり、と見渡す。


その爬虫類のような、金色の瞳が観客たちと射抜いた。




「ふん。騒々しい、人間どもじゃな。このクーネル様の美しさに、ひれ伏すがよい!」




尊大。


あまりにも尊大。


新人アイドルとは思えぬ、その女王様のような態度。


だがそのふてぶてしさすら、今の彼女が纏う、危うい魅力の一部となっていた。




「くぅ〜! たまんねえ! あの見下したような、目が!」


「もっと、罵ってくれええええ!」




会場のボルテージはもはや、制御不能。


司会者はなんとか、場と収めようと、必死に進行と試みる。




「ははは……。こ、個性的な、ご挨拶、ありがとうございます! さて、クーネルさん! 本日のコーディネートのポイントはどこでしょうか!?」




クーネルは顎に手をやった。


そして真顔で答える。




「ポイント? そんなものはない。妾はただ、ルルちゃんとやらが用意した、この最新の流行の服と着ただけじゃ」


「……へ?」




司会者が固まる。


会場がざわついた。


ステージ袖で聞いていたルルは顔面蒼白である。




「な、何と言い出すのよ、この子……!?」




クーネルは続ける。




「さすがはトップアイドル。凡百のデザイナーなぞ、足元にも及ばぬ、素晴らしいセンスじゃ。この大胆なカッティング。常識にとらわれぬ発想。見事としか言いようがない。妾も勉強になったわ」




本気で感心している。


そのあまりにも純粋な瞳。


嘘とついているようには到底見えない。




観客たちはざわめきながら、自分たちなりにその言葉と解釈し始めた。




「……そういうことか! あれはルルちゃんが、デザインしたのか!」


「ライバルに、自分のデザインした服と着せるなんて……! なんて懐が深いんだ、ルルちゃん!」


「二人はライバルでありながら、互いの才能と認め合っているんだ……! 尊い……!」




勝手に美談が生まれていく。


ルルはもはや、否定するに否定できない状況に追い込まれていた。




「(ち、違う! 違うのよ! あれはただの嫌がらせで……!)」




だがそんな彼女の心の叫びは誰にも届かない。


司会者はなんとか、軌道修正を図ろうと次の質問と投げかけた。




「そ、そうですか! いやあ、素晴らしい、お話ですね! ではクーネルさん! アイドルを目指した、きっかけは何だったのですか!?」




クーネルはきょとん、とした。




「あいどる? なんじゃ、それは。妾はアイドルとやらと目指した覚えはないぞ」


「……ええっ!?」




会場が再び、どよめく。




「妾はただ、ルルちゃんが持っておるティアラを食いに来た。それだけじゃ」




正直。


あまりにも正直。


そのとんちんかんな答えに、司会者は頭を抱えた。


だが、観客たちの反応はまたもや斜め上だった。




「……ティアラを食いに来た……?」


「……なるほど! つまり、『トップの座と喰ってやる』っていう、比喩表現か!」


「なんてハングリー精神なんだ……!」


「俺、この子、推すわ……!」




クーネルの支離滅裂な言動はなぜか、全てカリスマ的な、アイドルの宣戦布告としてポジティブに変換されていく。


もはやこの空間は、クーネルという名のカオスに完全に支配されていた。




結果、コーディネート対決は言うまでもなく、クーネルの勝利。


会場は割れんばかりの「クーネル」コールに包まれた。


ステージ袖で、呆然と立ち尽くすルル。


そして客席の後方で、一人腕を組み、静かに頷く不審な男がいた。




「……いいですね。今、キテますよ、クーネル……」




ラクレスである。


彼は自分の用意した衣装が、あんな惨状になっていることなど露知らず、ただ熱狂するファンを見て、自分のプロデュースが成功したのだと、固く信じ込んでいるのであった。

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