末短くよろしくお願いします

スープで腹が満たされると、ようやくまともに思考が働くようになってきた。


(ふぅ……。生き返ったわい。まさか、この妾が一杯のスープごときでこうも……いや、待て)




クーネルは焚き火の向こうで黙々と自分の分のスープをすすっている青年――ラクレスと名乗った青年を、改めてじっくりと観察した。


さっきまでは陰気なだけの小僧にしか見えなかったが、こうして落ち着いて見てみると、色々と気づくことがある。




まず、あのゴブリンどもを瞬殺した剣技。


無駄がなく、洗練されている。才能は感じられんが、相当な修練を積んでおる証拠じゃ。




次に、この絶品のスープを作る料理の腕。


こんな粗末な材料で、これほどの味を引き出すとは並大抵のことではない。魔王城の料理長ですら引けを取らぬ。




「……あの」




不意に、ラクレスが口を開いた。


どうやら食事を終えたらしい。




「これから、どうするんだ? 行くあてとか……あるのか?」




小さくて、なにを言っているのかわからない声。


あてといわれても当然ない。


クーネルは首を横に振った。




「なら一度、近くの村に行こう。そこで保護してもらって――」




クーネルは眉をひそめていた。


それはラクレスを怪しんでいたわけではない。


目にしていたのは彼の装備だった。




(……あの鎧)




ラクレスが脱ぎ、焚き火の傍らに無造作に置かれている、一領の鎧。


それは夜の闇の中ですら、神々しいまでの輝きを放っていた。


デザインは古いが、その隅々にまで施された精緻な装飾と、素材そのものから溢れ出す尋常ならざる魔力。


クーネルの、元四天王としての知識と鑑定眼が、警鐘をガンガンと鳴らしている。




(間違いない……あれは伝説級のアーティファクト……! だが、この魔力……この輝き……どこかで見覚えが……)




彼女は記憶の奥底を探る。


かつて、魔王軍にいた頃、城に出入りしていたドワーフの超一流の職人がいた。


奴はクーネルの抜け殻(脱皮した鱗)を勝手に持ち出しては何やらゴソゴソと武具を作っていた。


あの職人が、「黄金の蛇の鱗は最高の魔力を宿す究極の素材だ!」などと、涎を垂らしながら語っていたのを思い出す。




(……まさか、あの時の……!? 妾の鱗から作った鎧か!?)




そうに違いない!


この鎧から感じる魔力は紛れもなく自分自身のものだ。


ならば、話は早い。




(これじゃ! これさえあれば、呪いで失った力も少しは取り戻せるやもしれん! これさえあれば、あの三匹の裏切り者に、最大級の復讐を――!)




クーネルの頭の中で、バラバラだった情報が、一つの完璧な計画へと結実した。


カチリ、と、錆びついていた女王の脳味噌が、完璧に噛み合う音がした。




(フフッ……フハハハハ! 魔王様はこの妾を見捨ててはおらんかったわ!)




まずはこの小僧を騙くらかして、この鎧を手に入れる!


こやつ、あんな無造作に脱ぎおって。この鎧の真の価値を全く理解しておらんようじゃ。こんな陰キャに持たせておくには宝の持ち腐れというもの!


そして、鎧の力で奴らに復讐を遂げた暁には……そうじゃな、ついでにこの小僧を専属の料理番にしてやるのも悪くない。うむ、悪くないぞ!




結論が出た。


この小僧は使える!


いや、利用し尽くす!


彼女の輝かしい再起と復讐のための、最高の踏み台じゃ!




(よし、決まった! ならば、まずは……そうじゃな、か弱く、そしてどこか神聖な身の上を演じきるのが定石じゃな!)




方針が決まれば、行動は早い。


クーネルは三百年の長きに渡って培ってきた演技力の全てを総動員する準備を始めた。




「…よし!」




クーネルはすうっと息を吸い込むと、潤んだ瞳でラクレスを見上げた。


声のトーンを三段階ほど上げ、か細く、儚く、そして守ってやりたくなるような雰囲気を全身から醸し出す。


これが、元四天王の『守られヒロイン』モードじゃ!




「あ、あの……わ、妾は……」




言葉を詰まらせ、不安げに視線を彷徨わせる。


そして、瞳に涙をうっすらと溜め、上目遣いで、ラクレスの良心に直接訴えかけるように、こう告げた。




「……妾はクーネルという。神々の遺品を管理するヴェスペリア正教会の聖堂から参った。勇者と呼ばれる方を、お助けするようにと遣わされたが……その、道に迷ってしまい……ゴブリンに襲われて、今に至るわけで……」




完璧。


我ながら、完璧な嘘じゃ。


「教会」「勇者」といった、それらしい単語を散りばめることで、信憑性は格段に増す。


これにはいかなる朴念仁とて、ただの少女ではないと信じ、無下にはできまい!


さあ、どうする、この陰キャ小僧! この神聖にして可憐な少女を見捨てることなぞ、できまい!




「…………」




ラクレスは黙り込んだ。


長い前髪のせいで、その表情は窺えない。


やがて、深々と、今日一番の大きなため息をつくと、面倒くさそうに頭をガシガシと掻いた。




「……はぁ……。教会から……。勇者を助ける……。……分かった。分かったから……そんな顔、するな」




彼はぽつりとそう呟くと、仕方なさそうに立ち上がった。




「……俺はラクレス、ギルドの依頼でここにきている。とりあえず……俺が保護する。君が言う勇者が見つかるように協力しよう……。それで、いいか?」




(――チョロい!)




クーネルは内心で勝利のガッツポーズを決めた。


かくして、元魔王軍四天王の女王は陰キャ勇者に寄生するという、最もプライドの欠片もない方法で、再起への第一歩を踏み出すのだった。

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