第5話
「さて、名残惜しいが帰るか」
魯粛が笑う。
「おい。そんなに飲んでないだろう。
まあ天女のごときお二人の奥方にもてなされて、心が酔う気持ちは分からんでもないが」
呂蒙はふらふらと向こうの方へ数歩、歩いて行くと壁にぶつかって止まった。
「なんだ、本当に酔ってダメか?」
心配した魯粛が取ろうとしていた手綱から手を放し、呂蒙の方へ寄って来る。
「
魯粛は気づいた。
壁に額を預けた姿で、呂蒙が声もなく号泣していた。
一瞬呆気にとられた顔を見せた魯粛だが、今は呂蒙を笑うようなことは無かった。
彼も想うことは、たくさんあったからだ。
胸に抱いた、
温かさを。
あれを、周瑜も感じたかっただろうと思ったのだ。
ましてや呉軍の武将は、周瑜と
だがあの二人はその大戦より前にも、いくらでも
もういいではないか、と呂蒙は思う。
もう命を懸けることはない。
あの二人は長く不在にした家に戻り、
あの美しくも可愛らしい妻と、子供たちと幸せになってもいいと思っていた。
その二人が死んで、自分たちが生き残っている。
戦いは続き、未来は見通せない。
周循に優しく指を掴まれた時、堪えられなくなった。
生きている限り、辛いことも苦悩もある。
でも優しいことや温かいことも、生きていればこそ感じられる。
きっと孫策や周瑜もまだ生きたかったはずだ、と彼は信じた。
(だから戦うんだ)
戦は無情なもの。
だから誰かが背負い、引き受け、終わらせなければならない。
戦おう、と呂蒙は今夜その気持ちを実感出来た。
来て良かったのだ。涙は止まらなかったが。
魯粛の大きな手が、呂蒙の頭をくしゃくしゃと子供みたいに撫でて来た。
「お前という奴は。泣かんというから連れて来てやったのに。
あんな可憐なご婦人二人が泣いていないのになんだ」
うん、と呂蒙は頷く。
本当にそうだ。
本当に小喬と大喬は幸せそうだった。
夫が死んだというのに妻が偲んでも、ああやって姉妹で明るく暮らしてくれるのは本当に有り難い。
それは安堵した。
「まあ、お二人の前で泣き出さなかったのは偉いがな……」
魯粛は笑いながら、去っていく。
馬の嘶きが聞こえ、魯粛は先に発って行く。
今少し自分を一人にしてくれた彼に、呂蒙は深く感謝した。
その日は思い切り泣けた。
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