3-2
魔法で大きくなったジジの声が、夜のアルクスにこだまする。
「今シーズン、熱戦を繰り広げてきた16人の選手たちが、一斉にマギ専の空を飛ぶ!最速最強の
ジジの声を待っていたように、箒をあやつった魔法使いたちが、次々と降りてくる。観客たちは、誰かが箒から降りるたびに、わっと歓声を上げ、
15人の選手たちが降りてくると、観客たちは、一斉に静まり返った。最後の一人がやってくるのを、だれもが待っていたからだ。
だれかが、空を指さした。マギ専の向こうに、赤い光がまたたいた。
「――さあ!年に4度しかない“
赤い光は、一瞬で観客たちの頭の上に飛んできた。
観客たちの上空に現れたのは、もちろん、鉄箒に乗ったリナリィだった。炎のように赤い光を噴き出しながら、ゆっくりと地面へと足を着けた。
ナタリアの周りにいた観客が、爆発のような歓声を上げた。
「ド派手な登場だーッ!!今シーズン29連勝中の絶対王者!空中の覇者、リナリィ・エンデ!!先のレースで常勝の箒が破損してしまったと聞いていましたが、新たな箒を引っさげて、“魔法使いの
リナリィは、鉄箒を地面に突き立てると、じっと自分の足元をながめていた。
「リナリィの様子が変ですわ」
ナタリアの声で、クロエははっと我に返った。
「ごめん、気が付かなかった。どのへんが?」
「あのリナリィが、これだけの歓声を受けているのに、大人しすぎると思いませんか?」
言われて初めて、クロエは気が付いた。
「知ってのとおり、今夜は、“
いつものリナリィなら、観客席に向かって笑顔を浮かべ、スタートのギリギリまで手を振るはずだ。それなのに、いまは何も言わず、無表情のままスタート地点に突っ立っていた。
「まさに最速最強の
「もしかして、緊張してるとか?」
「相手はあのリナリィです。レースで緊張するなんてありえませんわ。それに、あれが見えませんか?」
ナタリアは、クロエに見えるように、リナリィを指さした。
「リナリィは、今まで箒の穂を地面につけたことがありません。飛び方に影響が出るからと、箒に関しては、だれよりもていねいに扱うはずなのに」
クロエは、ナタリアの言葉にうなずいた。
「本当だ。あいつ、箒の扱いは激しいけど、乱暴に扱ったことは一回もないのに」
「スタート、20秒前!各選手が箒にまたがって、スタート準備に入ります!!」
「あれ、本当にリナリィか?」
「行きましょう。近くで確かめなくては……!」
ナタリアは、人をかき分けてリナリィの元へ走る。その後ろをクロエが続いた。
観客の波を抜けて、リナリィに駆け寄ろうとしたとき、
「うっ!」
「痛ッ!!」
ナタリアとクロエは、なにもないところで、鼻を思い切りぶつけた。
鼻の奥が熱くなるのを感じながら、ナタリアは、ぶつかった“何か”を手で探った。
「ドラゴミロフ。それに、オーダー。ここで何をしているんですか」
ナタリアは、声のした方を振り返った。
「コールマン先生!なぜ、ここに……それに、これは?」
「私の
「先生、通してください!緊急事態なんです」
ナタリアの目の前で、選手達が次々と浮き上がり、スタートラインの前へと並んだ。
「今はとにかく、リナリィを止めないと!」
「エンデを……?」
いぶかしげな顔をして、コールマン先生がリナリィを見たときだった。
リナリィが鉄箒にまたがった。柄を握りしめて、魔力を込めているように見える。
そのとき、
「おーっと、リナリィ選手の新しい箒が、レース前からすさまじい魔力を放っている!コレは大いに期待ができそうだ!」
リナリィは、両足を地面につけたまま、前を見続けた。その間にも、
「な、なんですの、あの箒の、魔力の強さは。……クロエ!」
「知らない……。私が作っていたとき、あんな力は出なかった」
ナタリアは、息を呑んだ。
「まさか、あれが”魔法使いの
「そして、いま、全員がいっせいにスタート!……おや、リナリィ選手がスタートしていません!!地面に足がついたまま飛び立てず、箒のトラブルかー!?」
観客たちが、どよめきを上げる。
そのとき、鉄箒が、カッ!と稲光のような光を放った。
だれもが目をつぶった。
ドンッ!!と、鼓膜を揺さぶる衝撃音がする。人々が目を開けると、リナリィを乗せた鉄箒は、赤い閃光を残してはるか上空へと飛び出していた。
「な……なんという速さだ、リナリィ選手!!新しい箒の急加速で、一気に遅れを取り戻しにかかる!」
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