7

 ジジの教えた店は、アルクスの大通りから、横道に入った角に立っていた。

「ここで合ってるのかな?」

「ジジさんのメモでは、ここで間違いありません。ですが、これは……と、とても、落ち着いた雰囲気ですね」

 ナタリアは、土のかたまりを飲み込んだような顔をした。

 颯香堂そうかどうと描かれた看板の下がったその店は、どうやら薬草を使った薬茶くすりちゃを出す喫茶店のようだ。入口には立て札があり、今日出す茶の薬効やっこうが並んでいる。

 だが、

陰気いんき臭い」

 そのとなりで、クロエがむすっとした顔を浮かべた。

「ああ、言わないようにしましたのに……」

 ナタリアは、顔をおおって、前の店から目をそらした。

 颯香堂そうかどうは、アルクスに並ぶほかの建物と同じ、白壁でできていたはずだ。しかし、その壁一面にびっしりとツタが伸びて、もとの壁の色が分からないくらいに覆われていた。

「おじゃましまーす」

 リナリィがどっしりした木の扉を開けると、カロンカロンとベルの音がした。

「うわ、なんか思ってたより音低くない?」

「思った。ってか、中も暗いな」

 リナリィに続いて、二人も店の中を見渡した。

 店内は、外観に違わずひっそりとしていた。

「だれもいらっしゃらないようですが、お留守なのでしょうか……?」

「すいませーん!!だれかいませんかー!?」

 リナリィは声を張り上げたが、返ってくる声はなかった。

「ふうん。薬草は良いものを集めてんじゃん」

 クロエは、壁にずらりと並んだビンをながめ始めた。

「しかも自家栽培じゃないこれ?レベルたか……」

 クロエがビンに書かれたラベルを読んでいると、奥から20歳くらいの女の人がでてきた。

「す、すみません、たいへんお待たせしましたー……いらっしゃいませ」

 女の人は、エミル・コナーと名乗った。

「ん、コナー?」

「はあ……合点がてんがいきましたわ」

「あんた、まさかジョルジュ・コナーの知り合い?」

 クロエが言うと、エミルは体を小さくして、不安そうな目で3人を見た。

「ジョルジュは私の妹ですが……妹が、なにかご迷惑でも……?」

「あたし達、ジジからこのお店のこと聞いてきたんです!あたし達、どうしても自由に使える部屋がほしいんです。そしたらジジが、お姉さんが困ってるから、助けてあげたら部屋貸してくれるかもって!」

 エミルは、3人の顔を順番に見ると、ああ、うなずきました。

「みなさんが、あの子のお友達でしたか……」

「ちがいます」

 クロエが、すぐさま反応した。

「みなさんの話は、妹から聞きました……私も、マギ専の生徒のみなさんにお願いしたいことがあったので、お力を貸していただけたら嬉しいです……」

 クロエは、ケッと毒づいた。

「ねえ、帰ろうよ。あいつのもくろみ・・・・に付き合うことなんかないよ」

「クロエ、もう少しエミルさんのお話を伺いましょう。それに、あなた・・・の工房探しですのよ?」

 ナタリアは、クロエの顔をじっとのぞきこんだ。

 クロエはしかめっ面をしていたが、ゆっくりとうなずいた。

「で、では……お茶をお出ししてからお話しますので、どうぞお好きな席におかけください……」

 エミルは、店の奥に引っ込むと、お盆にティーポットとカップを3つずつ乗せて現れた。それから壁の棚からビンをいくつか取り出して、少しずつティーポットに茶葉を入れる。

 その間、3人はめいめいに店の中を見ていた。

「薬草を使ったお茶と、焼き菓子を出していらっしゃるのですか?」

「は、はい……お菓子にも薬効のある香草を使っていて、奥でひとつずつ焼いているんです」

 エミルは今度は、湯気の立つやかんをもって現れる。ティーポットにお湯を注ぐ音がして、店の中に花と茶葉の香りが一気に広がった。

「うわ、めっちゃいい匂い!おいしそー」

「ふふ、ありがとうございます……茶葉の組み合わせは毎日変えていて、お客様が気に入ってくれそうなお茶を作っているんですよ……」

 クロエは、カウンターに肘をついて、目の前に置かれティーポットを見た。

「……さっきから店の奥に行ったり来たりしてるけど、調理とか、お湯を沸かすとか、その辺は奥にしかないの?」

「あ、はい……ここは古いお店を買ったんですが、そのときに付いてた道具をそのまま使ってるんです……」

 エミルは、ティーポットにふたをすると、杖を取り出した。

「それじゃあ、仕上げをしていきますね……」

 エミルがティーポットの胴体を杖で軽く叩くと、ティーポットがぱっと輝いた。

「どうぞ、お待たせしました」

 3人の前に、ティーポットとカップ、温められた焼き菓子が乗った皿が置かれた。

 リナリィは、カップに茶を注ぎながら、鼻をひくつかせた。

「わ……!」

「すばらしい香りですわね……とても力強い、というよりも香りの輪郭りんかくがはっきりしていると言ったほうがいいですわね」

「……ん、うまい」

 3人は、しばらくの間、無言になってカップの中身を飲み干すと、ティーポットから2杯めを注いだ。

「あ、ありがとうございます……茶葉は私が育てたもので、市場で売っているものより香りが強いと思います……」

「先ほど、杖でティーポットを叩いていらっしゃいましたが、あれは?」

 ナタリアが言うと、エミルは笑顔を浮かべて言った。

「わ、私の固有魔法オリジンです……薬草の効能を増やす力があって、茶葉としても香りが良くなるんです……」

 ナタリアは、息を呑んだ。

固有魔法オリジン……!そのような使い方もあるのですね」

「ま、まあ……マギ専にいたとき、得意なのは魔法薬学くらいでしたから……好きなことを伸ばそうとしたら、自然に……」

 エミルのことばを、ナタリアはじっと聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る